裏 3
絶望のワンダーランド。
崩れたビルの一番高いところに彼女は立っていた。
荒廃した世界を見下ろし、赤い星と黒い太陽を見上げ、小さく息を吐いた。
『にしし。やっと見つけたぜ。力使えば見つかるもんだな』
声が空から降ってくる。
ゆっくりと視線を向ければ、イタズラっぽい笑みを浮かべる猫の仮面を着けた青年。高円寺 隼人がそこに居た。
「今入ったばかりなのに、よく分かりましたね」
「特異能力を連続で使っただけの話だ。それだけの力が、チャシャ猫にはあった」
仮面を外し、隼人は双葉を睨み付ける。
その鋭い視線に対して、意味不明とばかりに首を傾げた双葉。
「怖い顔をして、どうかしたのですか?」
「この茶番を終わらせよう。その決定権が、キミにはあるはずだ。行使してはもらえないだろうか?」
「ダメです。そうしたら、出てきてしまいます」
「なにが、かな?」
「教えられません」
静かに首を横に振る。
悩ませている最大の理由。白兎にすら隠している真実を睨みを効かせる隼人に対してだろうと口にはしない。
「では、どうするつもりだ? 傍観者であるつもりなのか?」
「そう、ですね……それが無理であることも知っています」
「どうしてかな?」
「傍観者で居れば、この世界は砕けてしまいます。そうしたら、ドードー鳥などが、溢れだします。絶望は、外へと広がるでしょう」
「そんなことにはならないだろう。外ならば、近代兵器がある。自衛隊や警察など、守れる人は多い。すぐに鎮圧されておしまいだ」
「…………そう、だといいですね」
「なにか、言いたそうだな?」
儚げに笑い視線を反らした。その表情に、疑問を抱き、一歩前に足を出す。
「動かないでください。そこから先は、私の特異能力を発動することが出来ます」
「仮面を着けずに、かな?」
「はい」
力強い瞳で頷かれ、ブラフの可能性があるとしても隼人はその言葉を信じるしかなかった。
双葉は女王の仮面を持っている。今まで現れることのなかった特別な仮面にどのような力があるのか計り知れない。
枠にとらわれない能力があっても不思議ではないと判断したのだ。
「いいだろう。では、ここで話をさせてもらう」
「お願いします」
「それで、先程何を思ったのか……聞いてもいいだろうか?」
「たいしたことではありません。ただ、この世界の生き物に近代兵器が通じるのか、疑問に思っただけです」
「なる、ほど……」
険しい顔をする隼人の脳裏には、今までに出会い、戦った記憶が甦る。
そのどれもが命懸けであり、仮面の特異能力と身体強化があってようやく立ち向かえるレベル。普通の人間が襲われたなら数秒も持つことはないだろう。
地獄絵図が広がることは確かだ。
「では、やはり壊すしかないはずだ。なぜ、それをしない。この世界以上に危険なものが隠れているとでも言うのか?」
「私にとっては、そうです」
「なら、人が死んでいくのを大人しく見ていろとでも言うのか!!」
小さく息を吐き、首を横に振る。
隼人を見つめ、口元だけ笑みを浮かべる。
「分かっています。ですから、この世界を維持することを、私は選びます。ずっと、考えて。それしかないと確信しました」
「だが、壊れるのだろう?」
「一つだけ。方法があります」
「その、方法とは?」
「これです」
パチンと、指を鳴らす。
その音に呼応するかのように、ドードー鳥がどこからともなく現れ、隼人にその嘴と蹄を向けた。
「なっ、これは……がっ」
仮面を出そうとしていた腕がもがれた。痛む腕を庇いながら、正面からやってくる二体のドードー鳥からバックステップで距離を取る。
「光義妹!! これは……」
「生け贄です。捧げることで、この世界は生き永らえるのです。最近は、死ぬ人が居なくて、崩壊寸前になってしまいましたので、猫先輩になってもらおうかと」
「馬鹿な!!」
血が滴る右腕を左手で抑えながら、奥歯を噛みしめ双葉に向かって駆け出した。
その瞳には怒りが満ち溢れ、痛みすらも凌駕していた。
「ふざけたことを言うな!!」
振り上げた左腕。
勢いよく振るわれたその腕は……双葉に当たるよりも先に消え失せた。
振るわれた腕から飛び出た血が、双葉の全身を赤く染め、隼人に絶望を叩きつける。
ゆっくりと振り向く先にはドードー鳥。その嘴には、己の腕があった。
ペッと吐き出された腕が、地面にぶつかり血の華を咲かせる。だが、隼人はそれを見ることが出来なかった。
「あっああ……」
迫るドードー鳥の顔。後ろにも、同様の気配を感じた。
一蹴りで、足が無くなった。痛みを感じる暇もないほどに鮮やかな動きを目を見開くことしか出来ない。
その瞳の片方も、ただの一突きで奪われる。
胴体を突っつかれ、内臓がボロリと外に顔を出した。
倒れ行く隼人は、残った片方の瞳で双葉を見つめ……
「さようならです。兄さんを誘惑するあなたが悪いのです」
口元を隠し、妖艶に笑う姿に愕然とした。
「光義、いもーー」
光を無くした瞳。言葉を発することのない口。だが、突っつかれるたびにビクンビクンと体が跳ねる。
双葉は、そんな隼人の姿から目を離し、唐突に現れるジャバウォックに視線を移した。
「お願いします」
ぱっくりと、大きく口を開いたジャバウォック。その口に、死んだはずの隼人が取り込まれていく。
飲み込んだジャバウォックは姿を消し、世界にヒビが入り始めた。
「さて、そろそろ家に帰りましょう。兄さんも心配しているでしょうし……きゃ」
くるりと回転すると、お腹と胸に衝撃を受けて倒れこんだ。
すでにドードー鳥は居なくなっている。隼人の死体以外にないこの場所で双葉に抱きついたのは、
「嬉しいわ。嬉しいわ。嬉しいわ!! やっぱり女王様はこの選択をしたのね!!」
アイであった。
胸に顔を埋め、尻尾を振るワンコのように全身で喜びを表している。
「あなたは……何で?」
「選択したから来たのよ?」
無垢な瞳に、双葉は言葉を詰まらせる。そんな様子に気づいていないアイは立ち上がり、くるんくるんと回転し大きく腕を上げた。
「本当は兎ちゃんに選んで欲しかったわ。 兎ちゃんの答えが知りたいもの。でも、これは、これでいいわ!! ずっとずっと、たくさん遊びましょう!!」
「遊ばないです。私は……兄さんさえ居てくれれば、それでいいんです」
「何を犠牲にしても? どんな代償を払っても? 危険なことに手を出しても?」
「はい」
即答する。
迷いは何もなかった。それは、すでに大きすぎる代償を払った後だからでもあった。
「兄さんを奪うものは、誰であっても許しません。例え、あなたであろうとも」
「いいわ。いいわ。凄くいいわ!! 楽しい。楽しい。楽しいわ!! パーティーが終わったのに、まだまだ続くなんて素敵よ!!」
キラキラと瞳を輝かせ、再び双葉に抱きつき胸に頭を挟んだ。
「気持ちいいわ。柔らかくて、ママみたいよ」
「私は、あなたのママじゃない」
「知ってるわ。知ってるもの。あなたはママから受け取っただけだもの。ママとは違うわ。でも、懐かしいの。懐かしいわ」
「そう……」
アイの頭を撫で、息を吐いた。
ワンダーランドが崩れていく。元の世界へと戻るのだ。
「兄さん」
恍惚とした表情を浮かべ、アイを強く抱き締める。
双葉の頭の中には、もはや白兎しか残っていない。白兎だけが双葉の全てだった。
そのことを、白兎は……知らない。
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