18

「兎ちゃん。兎ちゃん」

「んっ……」


空に、赤い星と黒い太陽が見える。

揺すられる肩に小さな感触。

視線を向ければ、にぱっと笑う少女の姿。


「アイ。か……」

「アイ? 誰なのそれ。わたしはわたしよ?」

「先輩と話して付けた名前だ。嫌か?」


膝をついているためか、視線がちょうど合った。丸くする目が歓喜に変わり……


「いいわ。いいわ。凄くいいわ。アイ。わたしは、アイよ。ふふふ。嬉しい。嬉しいわ」


くるくると踊り出す。

名前があることを凄く喜んでいるようであった。喜びを体全体で表す姿に、少しだけ救われた。

名前を付けたのは猫先輩だが、こんなに喜んでもらえるなら、自分で考えればよかったかもしれない。


………………変な名前になりそうなので、猫先輩に任せてよかったか。


「ねぇねぇ兎ちゃん!! 今日も鬼ごっこするのかしら!?」

「したくないなぁー」

「そうなの。残念ね。残念だわ。じゃあ、今日は何をして遊ぶのかしら!?」


遊ぶ気はない。

立ち上がり、アイの頭を撫でる。


「この世界の、終わらせ方を知りたい。教えてくれ」

「んー無理よ。無理だわ。諦めて兎ちゃん」


人差し指を口に当てて少し考えてから首を横に振る。


「なっなんでだよ?」

「それを決めるのはわたしじゃないもの。もう、選択肢は渡してるの。だから無理。無理なの」

「誰に渡してるんだ?」

「んーこの世界を作った人よ」

「っ!?」


ニコニコと笑いながら俺の周りを走りだすアイ。けれど、俺はそんなアイを見るよりも考えるべきことがあった。

この世界を作った人が居る。それも、アイと会ったことのある人物。

猫先輩は、アイのことを知らなかった。つまり、この世界で戦っている大多数がアイについて知らないと言うことになるだろう。

じゃあ、誰が知っている?

誰に預けた?


知らないと、いけない。


「教えてくれ。誰が作ったんだ。この世界を!!」

「駄目よ。駄目だわ。ルール違反よ。わたしが言えることじゃないわ。かくれんぼをしてるのに、答えられないもの」

「かくれんぼ……つまり、作った人はその事を内緒にしている。ってことか?」

「そうね。そうだわ。その通りよ。その人を見つけたら、きっと答えが分かるわ」


パチパチと拍手がくる。

そうとなれば、猫先輩に聞かなければならない。俺の知るなかでは、あの人が一番長いのだ。チャチャ猫でもいい。

俺の白兎は、言葉を話せないのだから……


「あっ。猫さんよ。猫さんが来るわ!!」


とてとてと歩きだすアイ。何かを察知したような動きに、白兎の仮面を着けて追いかける。

周囲の警戒を怠れない。


「わーい。猫さん。猫さん」

「猫先輩……」


空から降り立ったのは、考えていた猫先輩だ。

にやりと口角を上げて、アイの頭を撫でた。


『にしし。久しぶりじゃねぇか。お嬢ちゃん。元気にしてたのかよ』

「元気よ。元気だわ。会えなくて寂しかったのよ!!」

『そうかよ。だけど、こっちも忙しいからよ。用事だけ済ませるぜ』


仮面が外れ、猫先輩が顔を出す。


「まさか、あの猫の知り合いとはな」

「猫先輩……」

「ああ。初めましてだな。お嬢さん。アイと呼んでもいいだろうか?」

「いいわ! いいわよ! あなたもアイと呼んでくれるのね!! 嬉しいわ。嬉しいわ」

「なるほど。こういう子か」

「はい。それで、さっき聞いたんですが……」


先ほどのアイとの会話をそのまま猫先輩へと流した。

目を見開き、驚いた表情をしながら、アイを見つめる。


「そうか……世界をどうするかが、誰かに託されているのか……」

「そうよ。そうだわ。今は居ないけど、きっと答えを出してくれるわ!!」

「今は、居ない。だと……」

「拒絶出来るのか?」

「出来るわ。当然よ。だって、作った本人ですもの。入る時間を調整出来るわ!」

「そう、なのか……」


今までになかったであろう知識に、困惑している様子だ。

長くないからそこまで衝撃を受けないけれど、長く過ごしていたら驚くものなのだろう。


「もしかしたら、もうすぐこの世界は閉じるかもしれないわ。残念ね。残念だわ」

「残念そうには見えないな」


物凄くいい笑顔で踊りながら残念残念言われてもその気持ちが一ミリも理解出来ない。

クスクスと笑いながら俺の腕に抱きついてくる。


「わたしはね、わたしはね! どっちでもいいのよ。楽しければそれでいいの。寂しくなければそれでいいの。だから、たくさん遊びましょう!!」

「だっそうだ。では、アイは任せよう。やることが出来た」


返事も聞かずにチャシャ猫の仮面を取り出し被る。


『にしし。まあ、楽しくやんなよ。最高のパーティーになるぜ』

「猫さん。猫さん。楽しんでね! 楽しいのは嬉しいわ!!」


手を振るアイ。去っていく猫先輩。

ドードー鳥の気配は近くにない。昨日のおいかけっこが嘘のように……


「今日も楽しいわね!!」

「特に、何もしてないぞ?」


楽しそうにくるくる回るアイは本当に楽しそうに見える。

ただ一緒に居るだけ。それだけを喜んでいるようだ。


「嬉しいの。嬉しいのよ。わたしは一人にならないで済むもの」

「そう、なのか?」

「そうなのよ!!」


ピョンと飛び、抱きついてくる。

眼前に迫る顔。人形のように整ったその顔が息のかかる距離にまで迫って少し心臓がドキドキする。

後少しでキスすら出来そうで、このままこうしていたら逮捕されるのではと思ってしまう。

何せ見た目は小学生くらい。豪華な服装はここには似合わず、どこかのお嬢様と呼んでも差し支えないくらい。

見目麗しく。天真爛漫な姿はきっと人の目を惹き付ける。

なんで、こんなになつかれているのか分からないほどだ。

そんな彼女が、不意に空を見上げた。


「残念だけど、もう終わりね。今日は早いわ。時間が無いのね」

「本当に早いな」

「ふふふ。大丈夫よ。大丈夫だわ。兎ちゃんが居れば寂しくないもの。寂しくないわ」

「俺は、ここから居なくなるのに、か?」

「そうね。そうよ。でも、兎ちゃんのそばにずっと居るわ。ずっとずっとそばに居るもの。どんな選択をしても、それは変わらないわ」


アイが、ずっとそばに居る?


その意味が分からない。


考えようとすると、グラリと体が揺れた。

パッと俺から離れ、一瞬の隙に距離が置かれた。


「女王様によろしくね。楽しみだわ」


踵を返すと、荒廃した街を駆けていく。必死に手を伸ばすが、届くことはない。


女王様。双葉のこと……


アイ。お前は何を知っているんだ?


パリンとガラスの割れる音。世界は、色を取り戻して動き出す。

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