16

近くの喫茶店に場所を変え、浩介が逃げられないようにボックス席の奥へと押し込み、対面には有村さんが座る。

聞きたいことがいくつかあるのだ。

とは言え、未だに頬を膨らませて不機嫌な様子の浩介をケアしないと話は進みそうにない。予想よりも大きな爆弾を投下させてしまったのだ。少しくらいは間を取り持たないと今後に関わる。


「悪かったな。浩介」

「べっつにぃ。兎ちゃんのせいじゃないしぃー」

「浩介……あの、その……」

「有村はちょっと待っててな?」

「うっうん」


浩介の頭を下げさせ小声にシフトして、下で話す。


「いや、マジであんなことになるとは思わなかったんだよ」

「兎ちゃんしか居ないと思ったからあんなこと言ったのにさぁ。居るなら居るって教えてくれてもいいじゃんか!!」

「口止めされてたんだよ」

「でもさぁ。それとなーく伝えることだって出来たろ? あるいは、会話の内容を変えるとかさ。なんで、ピンポイントでヤバイ内容振るかなぁ?」


会話の流れを変えたかったからではあるが、確かにあのタイミングで聞いた俺も悪いところはある。

あんなに話すとは思わなかったってところもあるけれど、話してしまった。聞かれてしまったことには変わりない。

取り消せないのなら、これからで決めるしかない。

ピンチはチャンスになり得る。


「浩介に彼女が出来るチャンス、か」

「いやいや。有村だぞ? 俺が好きだ好きだ言ったところで、冷たい視線しか返ってこねぇだろ!?」

「えー」


普段の反応を考えれば分からないでもないが、実際はただの照れ隠しに見える。さっきも顔を真っ赤にさせてたし、脈はありそうなんだけど?


「兎ちゃんは有村のことを何にも分かってないんだよ」

「ただの照れ隠しだろ?」

「違うね。あれは本心だ。俺には、分かる!!」


傍目から見ている分には十分に勝算があるように見えるが、当人からしたらそうでもないのだろう。

見え方は人それぞれか。


「だから、俺は帰る。帰って枕を涙で濡らす。兎ちゃんのせいだからな。フラれたの!?」

「まだフラれてはいないだろ」


完全に負け戦と考えている浩介は、今にも逃げよう。逃げようと俺の体を必死に押してくる。

机の下から逃げ出そうとしたりもしているが、有村の足が視界に入るのか、懸命に顔を逸らしている。

これ、予想よりも惚れてる。下手に幼なじみ関係が長かったせいか、普段の行いのせいか、全然素直になれないようだ。


「とりあえず、話をしろよ。逃げても何にもならない」

「兎ちゃんだって双葉ちゃんとまともに話してないくせに!!」

「だから、こうして残ってもらったんだよ。双葉のことは有村が知ってると思うし」

「よーし。なら、まずは双葉ちゃんのことからな!! 俺の話はその後だ!」

「はいはい」


ようやく顔を上げて有村に視線を向ければ、明らかにムスッとしていた。

話を聞かれていたのだろう。小さい声で話していたとは言え、所々で浩介が語彙を強めたし、喫茶店自体が静かなので耳を澄ませば聞こえる可能性が高い。


トイレで話せばよかったのかもしれない。でも、長々と占拠するのは店側にも悪いしな……まあ、手遅れだけど。


「なっなぁ、兎ちゃん?」

「頑張れ」

「ここで突き放すのやめてくれよぉ!!」


涙目の浩介の肩に手を乗せて正面を向かせる。

二人の関係にはあまり干渉しないほうがいいだろう。予定通り、俺の質問からさせてもらうべきだな。


「有村。聞いていいかな?」

「どうぞ」


うわー不機嫌な声音。

申し訳ないとは思うけど、そこまで嫌悪するのか……


「双葉。今何してるの?」

「あっそうだった。その話で来たの!!」

「へっ?」


バンッと机を大きく叩き、身を乗り出した。


どういうことだ? 双葉は、有村さんと一緒に居るんじゃないのか?


「双葉。昨日出ていってから帰ってこないの。電話にも出ないし……どうしたら……」

「ちょっと待って、ちょっと待って!! 一緒じゃなかったの!?」

「兎が電話した時までは一緒だったけど……うーん。言っていいのかな?」

「教えて、何があったの!?」

「えっとね、頼まれたのよ双葉に。今日学校を休んで、アリバイ作りをするように、ね。調べものがあるからって」

「へぇそうだったんだな。だから二人とも休んだのか」

「そう。だけど、電話しても出ないし、連絡つかないと流石に不安になってきて……兎なら何か知ってるかもって……ちょっとしたイタズラ心から爆撃食らったけどね」


ジトっとした目で浩介を睨んでいる。

最初から声をかけてくれればあんな爆撃を食らわずに済んだのにな……


でも、本当に双葉は何をしているんだ? 心配になってきた。

でも……


「俺に、心配する資格が、あるのかな……」

「あるに決まってるでしょ!! そもそも、全部あなたのせいでしょ!!」

「うぐっ」


告白を断ったことが起因している。あれさえなければ……双葉が一人になることはなかっただろう。

今になって、後悔してきた。


「兎が過去に囚われていることは知ってる。でもね、未来にも目を向けないと駄目なの」

「浩介と有村みたいに?」

「うぐっ」

「ごほっがほっ」


お返しとばかりに反論してみれば、二人揃ってむせてしまった。

二人が未来に目を向けるなら、一歩前に進んで欲しいとは思う。そうしたら、俺も前に進める気がするのだ。


「兎ちゃん!!」

「兎」

「二人揃って凄まないでよ」

「もう、俺は帰る。ここにいても意味ないからな!!」

「逃げないの!!」

「ああ。もう……」


ほんの小さな小突きでこれである。

爆撃の直後だからだろう。二人の関係改善が難しい。


「はぁ分かった。双葉に関しては、俺のせいだから。何とかするよ。電話通じないけど、探してみせる」

「それでいいのよ」

「だから、二人はここでちゃんと話して明日からのことを決めてくれ」

「はっ?」

「えっ?」


ポカンとする二人。

財布から自分の頼んだ分のお金を出し、飲み物を飲み干し立ち上がる。


「んじゃ後は頑張って」


手を振り、喫茶店を後にする。

後ろで何か叫んでいるような気配はあるが、耳を塞いで移動開始。

双葉の行きそうな場所に行かなければ……


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