12
頭を抱えようにも、少女を抱き締めているために出来ない。
必死に走ってはいるが、物陰からドードー鳥がどんどん出て来て追い詰められている印象が強くなる。
「また鳴き声よ」
「なんで聞こえないだよ!?」
街中での追いかけっこ。
優れた聴覚でも聞こえない鳴き声は仲間を呼んでいるのだろう。密度がだんだんと厚くなっていることから、連携も取れ始めている。
壁を乗り越え、勝手に家を通り抜け、店の中にあるものを薙ぎ倒しながらドードー鳥の追跡をかわしていく。
疲労感はない。どこまででも走れそうなくらいに体は元気だ。しかし、精神は別だった。
死の恐怖が、四方八方から迫ってくるのが見えるような気がした。
大きく体を使って突撃してくるドードー鳥を見ていると、体ではなく心が強張る。
「くっ」
反応速度に、乱れが生じ始めてきた。
奥歯を噛み締めながら、
少女を強く抱き締めながら、
頭を必死に動かしながら、
恐怖と戦う。
動き続け、逃げ続け、走り続け、ドクンドクンと高鳴る心臓を鎮めようとしているが、どうにもならない。
「はぁはぁ」
「兎ちゃん疲れちゃったの?」
「悪い。な」
「お休み。する?」
それが出来れば苦労はしない。
薄く笑い、首を横に振ると、高く跳んだ。
左右から飛び出してきたドードー鳥が、互いの首元に嘴をぶつけあい、グチァと鈍い音を出しながら倒れる。どす黒い血が流れだし、ピクリとも動かない体を別の方向からやってきたドードー鳥が踏みつけ、さらにぐちゃぐちゃにしていく。
叫ぶように嘴をパクパクさせて羽をばたつかせる。
その一部始終を少女に見せないように頭を肩に押し付けて走り去る。
「なんだよ。あいつら……」
「鳥さん。怒ってるわ。怒ってたわよ?」
「知ってる」
勝手に自滅しといてこっちに怒るなって話である。
空からも相変わらず降ってきている。
逃げ場もどんどん失われていく。
早く何とかしないといけないのに、その方法がまるで浮かんでこない。
「くそっ」
「ねぇねぇ。兎さん」
「なんだ!?」
「あそこ。おっきい鳥さんよ。凄いわ。凄いわ!!」
「あそこ?」
指差す先。
確かに存在するのは、二階建ての家とほぼ変わらないサイズのドードー鳥だ。
ずんぐりとした体型で、家に擬態するようにちょこんと腰を落としている。
「なっ!!」
「可愛いわね。可愛いわね!!」
「可愛いくねぇ!!」
きゃっきゃっと騒ぐ少女とうらはらに、俺の顔から血の気が引いていく。
小さいドードー鳥ですら同士討ちを狙ってようやく倒せるレベルなのにあんな巨大なドードー鳥相手にどう立ち回ればいいんだよ!!
動いていないからまだいいけれど、あの巨体が動き出したら本当にヤバい。食べられて終わりの可能性が高すぎる。
「兎ちゃん。兎ちゃん」
「今度はなんだよ!?」
「凄いわ! 凄いわよ!!」
ペシペシ肩を叩くので指差す方に視線を送る。
先程から居る巨大ドードー鳥の方だ。
「はっはぁ!?」
そこには、大きく口を開けている姿があった。その口の中から、ぴょこぴょことドードー鳥が出て来て地面に向かって翼を広げ羽ばたく。
どんどん出てきて、その数十体。
屋根に着陸すると、敬礼するように翼を動かした、各地に散らばる。
「凄いわ。凄いわ! 産まれる瞬間よ」
「最悪だよ!!」
つまり、あのデカブツをどうにかしないとドードー鳥は永遠に産まれ続けるってことになる。
統率が取れれば、戦いになんてならない。
死が、そこまで迫っていた。
「どっどうすれば……」
「楽しいわ。楽しいわ。本当に楽しかったわ」
「うわっおっと……」
腕の中で暴れるので、仕方なく下ろした。
周囲に居る気配がある。飛び込んでこないが、いつ出てくるのか分からない。出来ることなら、早めに離れるべきだ。
「兎ちゃん。今日は、お別れね」
「はっ?」
「楽しかったわ。でも、空が割れてきたから今日は終わり。さよならね」
「空?」
上を向く。
割れてきたの意味が分からない。来たときとまるで変わらない紫の雲があるだけだ。
「どういう……あれ!?」
視線を戻せば、そこに少女は居なくなっている。慌ててキョロキョロと辺りを見回し、耳を澄ますが、まるで気配がない。
「なんだったんだ? 俺は、夢でも見てたのか?」
ドードー鳥の気配も離れていく。
助かった。
それだけは確かなのに、釈然としない気持ちが胸に溢れる。
パリンと、再びガラスの割れるような音。
戻れることは分かった。だけど、それを喜ぶことが出来ない。それ以上の謎が、俺の頭の中を支配していたからだ。
「あの子は、一体……」
視界が白く染まる。
命を賭けた絶望の世界から、元に戻るのだ。
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