10

「双葉ちゃんも有村も、早かったなー」

「そう、だな」


時は流れて放課後。

猫先輩との相談を終えて双葉と話をしようと思ったが、昼休みには二人揃って早退してしまっていた。


俺の、せいなのだろう。


胸が痛くなる。もっとちゃんとした断りかたをすれば傷つけずに済んだかもしれないと思ってしまう。


「しょげんなよ。仕方ないことだろう?」

「だが……」

「きっと、時間が必要なんだよ。お前も、双葉ちゃんもな」

「ああ。そうだな」


性急にことを進めてもいい方向には向かない。ゆっくりと時間をかけるとしよう。


明日がちゃんと来るのかも分からないけど……大切なことだもんな。


「んなわけで、今日はゲーセンな? お前も気分転換必要だろうし」

「付き合うよ」

「おっしゃ!!」


本当に嬉しそうにガッツポーズされると、照れ臭くなる。

俺が行ったところで、クレーンゲームの難易度が変わるわけではない。アームパワーが上がったり、配置が優しくなったりしたらビックリである。

それでも、一緒に楽しもうと誘ってくれる浩介の優しさには、救われることが多い。


あの事故の後も、そうだった……


救いたい人を救えなかった俺に厳しい言葉を投げながら、生きていてよかったと泣いてくれたのは、浩介だけだった。

昔からそうだな。熱くていい奴だ。


「早く行こうぜ! は・や・く」

「くっつくな」


背中に抱きつかれ、引き剥がす。

距離感が近くて暑苦しい。

本当に、いい奴なのに変なところで損してるよな。言動とか、行動が主だけど……


周りからも変な目で見られるし、なんかスケッチしている人も居るし、拝んでいる人も居る。

なんだろう。このカオス空間。


「キョロキョロしてどうしたよ?」

「…………何でもない」


浩介が気にしないのであれば引っ張りだす必要もないか。

ちょっと触れたくない部類の人たちに見えるし……


気を取り直してゲーセンへと向かう。

一歩の距離を置いて馬鹿話しながら向かえば、あっという間にたどり着く。


「よっしゃ肩慣らし、肩慣らし~」


浩介はゲーセンに突撃するなり、景品がリングで吊るされた筐体へと向かう。

左右に揺らしてリングをずらしていくタイプのやつだ。コツさえ掴めれば難度は低く。やりこんでいる人ならば、数手で取ってしまうタイプ。

浩介も、その例に違わず五百円一枚入れて鼻歌混じりに動かしていく。


「絶好調だな」


一プレイ百円で五百円入れると六回出来る料金設定で、四回で取れてしまった。

動きが大きかったこともあるが、ミスすることがなかったためだろう。最善手で取れるってことは、本当に調子は良さそうだ。

店員を呼んで新しく入れてもらうと、それも難なく取ってしまう。

得意気な笑みを浮かべながら、手にいれた一抱えあるぬいぐるみを俺へと手渡す。


「荷物持ちか?」

「ちげぇよ。それは、双葉ちゃんとお前の分だ。俺は本命にしか興味が無いからな」


スキップしながら移動し近くにあった大きな袋を開けて差し出してくる。

全くお金を出していないので心苦しいが、好意は受けとることにした。

むしろ、返しても受け取らないし……


「さてと、本命は……これだ!!」

「フィギュア。ペラ輪か……」

「そう。なかなかの難敵だぜ。腕がなる」


昨日敗北している相手を前にごくりと喉を鳴らしている。

ペラ輪。箱につけられたペラペラした輪にアームを差し込んで移動させるゲームセンターによくあるタイプの筐体。

落とす穴が近く。簡単に取れそうに見えるが……そう簡単なものじゃない。


「いくぜぇ!!」


気合いを入れて五百円を投入。

新作のためか、料金設定がさっきのよりも高い。二百円で一回で五百円で三回。

アームを動かし、箱の付いているペラ輪を狙う。


「上手いな」


昨日で完全にスペックを把握したのか、一発でペラ輪の中に入る。

しかし……


「あああああ」


アームは何も動かすことなくペラ輪から放れていく。

浩介の絶望に満ちた声が響く。


これは……辛い。


アームの力が弱すぎるのか箱が重すぎるのか完全に撫でるだけ。

ピクリとも動かない姿は諦めろと強く主張している気がする。


「マジで、これをやるのか?」

「当たり前だろ。ここで止められるかよ!!」

「いや……無理だろ?」


動かない物を動かす方法があるとは思えない。

だとしたら、何か策があるのだろうか?


「行ける行けるぅ!」

「どこから来る自信だよ。作戦は?」

「ねぇよ。んなもん!」


ノープランか……

お金だけが吹き飛ぶ危険な作戦を選択するなんて珍しい。

いつもならもう少し考えてからやるはずなのに、今回のは相当欲しいってことなのか?


「とりあえずやってみるから何か分かったら教えてくれよ?」

「ああ。分かった」


昨日も試したであろう他方向からのアプローチ。やっている本人は熱くなってるから分からないことも、端から見たら分かる場合もある。

それに賭けるってことか。


「おりゃ!」


気合いを入れて動かすが、さっきとまるで同じ位置につけ、まるで動くことなく元の位置へ。


「うりゃ!」


リプレイを見るように同じ動きしかしないままに三回が終了した。

学生にとって貴重な五百円か一分もかからずに消費されたのだ。


「どうだ?」

「えっなにが?」

「見てなかったのかよぉ」

「見てたからこそ、なにが? って反応なんだが?」

「マジかよ! 何も分からなかったのか!?」

「全部同じ位置とは思わなかったからな」

「仕方ねぇだろ。移動制限で、あそこじゃないと箱にすら届かねぇんだからよ」


移動制限があったのか。

となると、攻略なんて無理じゃないか。傾く程度にでも動くならまだしも、鉛でも入っているのでは、と疑うほどに微動だにしない。

金を投入するだけ無駄な気がする。

その道のプロにお願いするか、フリーマーケットに出ている物を買ったほうが絶対に安上がりだ。


「さぁ教えてくれ! この、攻略法を!!」

「諦める」

「何でだよ!!」


一番確実な攻略法を口にしたにも関わらず、浩介は不満そうだ。

すでに八方塞がりならば、一度諦めるのは最善のはずだ。

別の筐体に入ったらあっさりと取れる可能性だってあるし、別の店に行けば違う可能性があるはずだ。

そのことを浩介に言うが、耳を塞いでそっぽを向いてしまう。

聞く耳を持たないようだ。


「なぁここじゃなきゃ駄目なのか?」

「そういうわけじゃないんだけどさぁ。何か悔しくないか?」

「悔しい?」

「そっ目の前に欲しいのがあって、絶対に取れないなーんて言われたらさ。逆に取ってやるぜってならないか?」

「俺は、無いかな?」

「欲がねぇな。そんなんだから、双葉ちゃんの告白を断るんだな」


人の忠告も聞かず、再び五百円を投入してアームを動かし始めた。

そんな浩介を眺めながら、欲が無くて双葉の告白を断ったなんて思われてたのかと考えてしまう。

別に、双葉が嫌いな訳ではない。好きは好きだ。しかし、それがloveではなくlikeだと言うだけの話。

兄妹として過ごす時間は楽しくて、居心地がいい。

その先に一歩踏み出すことに、抵抗がある。


理由は、あの光景だ。


助けられなかったあの日を思い出すと、胸が痛くなってしまう。

双葉と付き合えば、確かに楽しいだろう。だけど、後ろめたさがついてくる。

誰も居ないはずなのに、後ろで焼けたアリスが手を伸ばしている幻覚すら見えてしまいそうだ。

幸いにも、そんなものは見たことがない。

でも、自分が幸せになれば、あるいは……と、小さな恐怖心があった。


「ああ。くそっ!!」

「まるで動かないんだから諦めろよ」

「いや、まだ残弾はある。大丈夫だ!!」

「その残弾で他の店狙えば?」

「ちくしょー!! 正論が胸に響くぜ」


胸を押さえ、涙を流しながら景品を睨み付け……ため息を吐いて筐体を離れた。


「わーたよ。今は諦める。、だ。次は絶対に取ってやるからな!!」

「それでいいんじゃないのか」

「ちくしょー!!」


ゲームセンターの賑やかな音楽にも負けないほどの遠吠えを吐くと背を向けて外へと向かう。

悔しさが滲み出ている。

でも、この悔しさをバネに次は取ろうと奮起するだろう。下手に弾を打たなかったので、挑戦権は今日よりも多く見積もれる。


「次も付き合うから、頑張ろう」

「おうさ」


振り返った浩介の顔は晴れやかだ。

今だけは、未練を無くしているのだろう。

共にゲームセンターの扉を潜る。


パリン。


ガラスの割れるような音が、耳元でしっとりと響いた。

世界がガラリと、色を変える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る