8
結局、眠ることは出来なかった……
眠い目を擦りながらバスに揺られる。
いつもは隣に居るはずの双葉は、すでに学校へ向かっていて居ない。
起きるときは一緒だったのだが、用事があると言って先に出てしまったのだ。
一本早いバスに乗るためにいつもより早く行動したみたいだが、ほとんどボーッとしていたために置いていかれた。
「眠い」
「珍しいな。兎ちゃんが眠そうなんて。深夜アニメか?」
「違う」
隣に居るのはおどけた調子の浩介だ。いつも通りに待ち構えていた浩介は少しだけ沈んでいるように見えたが、話している間に元気になったようだ。
「ちぇーせっかく昨日の神回話が出来ると思ったのによ~」
「お前の口から神回以外の話を聞かないけどな」
「んなことないぜー鬱展開とかされると、流石にダウナーになるしな。まあ、必要な展開なら受け入れるが、テコ入れのために無理矢理なら怒りで学校休むね!!」
「そんな理由で休むなよ」
少しだけ眠気が落ち着く。
明るく振る舞ってくれる浩介に感謝だな。
そう言えば……
「昨日のは、取れたのか?」
「ああ。遊びのは取れたんだが、狙いのがな~そのせいで活動に身が入らなかったぜ」
遊びは、有村と一緒の時に取っていたやつだろう。本命がなんだったのかまでは分からないが、相当難しかったようだ。
数日したら何事もなく取っている気もするけど、今手の中にないことを悔やんでいるようなので、深く突っ込まないようにしよう。
「慰めてくれよー」
「はいはい」
投げやりに頭を撫でてやる。
犬の真似をしているのか頭を擦り付けてくるので若干ウザさがあるのだが、こんなことで機嫌が取れるのであればいくらでもしてやろう。
浩介が居ることに感謝していることは確かなのだ。
「しっかし、双葉ちゃんが先行くなんてなー」
「そんなに変か?」
「変だね。今まで無かったことが起こるってことは、なんかしらの状況が動き出す!! ゲームでも、イベントが入るとこだぜ!」
「現実とゲームは違うんだぞ?」
「いやいや。ゲームも以外と馬鹿に出来ないぜ。なんせ俺はゲームで人付き合いを学んだからな!」
決めポーズを取りながら歯をキランと光らせる。
ゲームで学んだ結果がこのウザい現状なのだとしたら、そのお手本は大失敗としか言いようがない。
少し距離を置くことも考えていたほうがいいな。
「なんで引いてんだYO!」
「いや、ちょっと、な?」
「酷い! 酷いわ!」
「身をくねらせるな。気持ち悪い」
「ひどーい!!」
顔を見合せ、笑う。
ふざけてじゃれる。こんな時間が、とても貴重なものだと知れたことは、幸運なのかもしれない。
いつもと違うことが起きる。その結果何が起きるのか分からないが、やはりいつも通りの変わらない日常も大事だ。
笑いながら、今を噛み締める。
☆
バスを降り、学校までの道のり。
校門に人は集まって居らず、今日は服装検査をしていないようだ。
しかし、遠目に見ると何人か立っているのが分かるので、挨拶運動をしていると考えられた。
他愛のない話をしながら校門を抜けた。
風紀委員長である猫先輩の姿が見えないことが疑問ではあったが、挨拶だけはちゃんとして校舎へと入っていく。
靴を履き替え、廊下を歩き、教室に入れば、何人かのクラスメイトから挨拶される。それに返事をしながら自分の席へと向かえば、ポンッと何かが置かれていた。
「兎ちゃん。それなんだよ?」
「兎ちゃんは止めろ。それはそれとして、手紙。じゃないか?」
封筒に入ったそれに宛先は無い。
だが、俺の机の上にあったのだから俺宛なのだろう。
疑問に思いながら封筒に手をかけ……
「おはようございます」
「おっはよ」
双葉と有村が教室に入ってきて、真っ先に声をかけてくる。
その手にはカバンを持っていないので、すでに到着してどこかに行っていたのだと分かる。
「おはよう」
「おはーす」
挨拶を返せば、二人の視線が俺の手元で止まったことに気がついた。
「兄さん。それは、なんですか?」
「朝来た時はなかったはずなんだけど?」
「分からん。今見つけてな」
二人が来たタイミングと俺たちが到着する直前に置かれたであろう手紙。みんなの前で開封してもいいのだろうか? とも考えたが、三人は興味津々であり公開しないと変な勘繰りを受けかねないので、封筒を開いて中をそのまま出した。
『ああ。わたしのしろうさぎ。
あいしてる。あいしてる。あいしてるわ!!
だから、はやくわたしをみつけて、はやくいっしょになりましょう!!
たのしいこと。きもちいいこと。なんでもしたいわ!
あのせかいで、わたしのことつかまえて。
あなたの○○○より』
真っ赤な血のようなもので書かれたひらがなばかりの手紙に、全員が息を飲んだ。
差出人の名前が書いてあったであろう場所は、血がぶちまけられたのか三文字であること以外分からない状態。
手紙をなぞってみるが手につくことはなく。臭いもない。
「これ、血糊……かなあ?」
「多分、ね。でも、それでも……悪趣味。気持ち悪くなるわ」
「ああ」
本物の血であるにしろ無いにしろ趣味がいいとは思えない。
俺宛であることは、最初のしろうさぎで分かる。あの世界と書いてあるのは、きっとワンダーランドのことだろう。
だとしたら、これはワンダーランドからの手紙だ。
「双葉」
「ぶぅ」
なぜか頬を膨らませて不機嫌な様子。視線は何度も手紙を往復している。
この手紙の差出人に心当たりがあるとしか思えない。
「双葉。何か知ってるのか?」
「知りません!!」
「何を怒ってるんだよ」
「怒ってはいません」
顔を背け、ツンツンしている。これで怒ってないと言われても困る。
途方に暮れて有村に視線を送れば、仕方ないと言うように首を横に振り、双葉を連れて教室の角へと移動していった。
なんなんだろうか?
「なあ、浩介には分かるか?」
「どれのことだよ?」
「手紙もそうだが、双葉のことも」
「両方共分からねぇって言いたいが、手紙に関して言えば、重すぎるラブレターだなって印象があるな」
「まあ、な」
愛が重すぎる。
相手が誰なのか不明ではあるが、ワンダーランドを知っている以上は、深入りが危険な相手かもしれない。
それに、ワンダーランドで見つけて。となると、猫先輩が知りたい案件に関わってくる。
休み時間にでも、相談に行くべきか。
「双葉ちゃんは、まあ……気が気でないんだろうな」
「なんでだ?」
「重すぎるライバル出現だからなぁ」
「?」
ライバルとはなんぞや?
妹の席争奪戦とかなら止めてくれ。双葉で間に合ってるから。
「兄さん!」
「戻ってきたか」
「えい」
何故か胸の中にダイブしてきた双葉。
咄嗟に受け止めはしたが、その意味が分からずに目を白黒とさせてしまう。
身長差で見下ろす形になった双葉。双葉からは俺を見上げている。
お腹辺りにある柔らかな感触から目を反らしながら、何が起こっているのかを出来る限り冷静に判断しよう。
「おおう。高校生ばなれした豊満な胸のダイレクトアタックに上目遣いコンボ。なかなかやるな。有村の助言か?」
「ええ。これくらいは最低条件かなって」
「確かにそうだな。武器は装備しても使わなきゃ意味ないもんなぁ」
「そうそう。勿体ないのよね」
「自分の胸元と比べたら泣けてくるぞ?」
「あんたが言うな!!」
外野は平然と盛り上がっている。
出来ればそっちがいい……いや、双葉が知らない誰かにこんなことしているのを外野で見ていたらそれはそれで気分がモヤモヤするな。
なんなんだろうか。この気持ちは?
「兄さん。やっぱり必要だと思うんです」
「なっなにがだ?」
「私と付き合ってください」
「接続詞間違って、ないか? 私と じゃなくて、私にじゃないのか?」
「合ってます。あそこを見て、この手紙を読んで、私は決心したんです!」
意味が……分からない。
何が双葉をここまで駆り立てたのか、不明だ。
だが、言えることは一つだけ。
双葉の告白に対する答えは、決まっていた。
「俺は、付き合えない」
双葉の肩を押さえ、引き剥がす。
ピシリと、空気が固まった。
涙目の双葉が、目の前に居る。
「っ!!」
涙を散らしながら、踵を返して走り出す双葉を、俺は追いかけることが出来ない。
「有村」
「はいはい」
「任せてーー」
「分かってる。結果は見えてたしね」
ため息混じりに双葉を追いかける有村。
何かを言いたそうにしていた浩介だが、結局何も言わずに席に着いた。
聞き耳を立てていたクラスメイトも、沈黙している。
手紙を折り曲げ、ポケットに入れてから窓の外を見つめた。
「今日は、暑くなるかもな……」
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