7
(助けて)
目を閉じれば、そんな叫びが耳に届く。
目を開けば、全てを飲み込む火の海。
助けられなかった記憶は、夢であることを強く印象付ける。
忘れるなと、心に刻み込むかのように見る夢は、いつもの悪夢だ。
(助けて。私の白兎)
そう言ったのは、誰だっただろうか?
私の白兎。今は、そう呼ばれることはない。呼んでいた彼女は、この世に居ないのだから……
目を覆えば、涙が溢れている。
夢の中なのに、涙を流していることが分かる。肌に触れる手の震えを感じる。
記憶だ。
覚えている。忘れるわけがない。あの時もこうして、不条理に嘆き、悔しさに心が震えた。
傷が消えない。痛みがジクジクと胸と心を抉る。
「ーーーーーー!」
なんて呼んだだろうか?
時が、自分の叫びを忘れさせていた。
手を伸ばそうとも届かない想いは、夢の中だけの幻想。
ふわりと上昇する気持ちは、哀しみを色濃く出していた。
☆
もぞもぞと何かが動く気配に体が反応した。
目を薄く開けば、暗闇が広がっている。
朝……にしては暗い気がして体を起こした。
「気のせい、か?」
もぞもぞと何かが動いた気配は確かにあった。眠りが浅かったのか、寝ていたはずなのに感じ取れた。
首を傾げながら、水でも飲んで落ち着こうと布団を剥いだ。
「えっ?」
そこには、居るはずのない何かが居た。丸くなって小さくなろうとしているそれは、手らしきものを伸ばした姿勢で固まっている。
「双葉、か?」
「はい。兄さん……」
むくりと起き上がったのがシルエットで分かる。真っ暗闇のせいでほとんど見えていないが、この家に居るのは俺と双葉だけなので、入り込むのは双葉しか居ないのだ。
「どうしたんだ?」
いつもはしない行動に胸がドキドキと大きく鳴っていた。幼い頃ならまだしも、高校生となった今ではこんなことはなかった。
二人暮らしだからこそ、節度を持って過ごしていた。親しき仲にも礼儀あり。である。
「少し、怖い夢を……見まして……」
「あっああ」
そうか、夕方に変な出来事が起きたばかりだ。おかしな夢を見ても不思議ではない。
俺が見た夢はいつもの悪夢だったから特に気にはならなかったが、いつも見ることの無い夢を見たら誰かに頼りたくもなるだろう。
その相手が俺しか居なかった。
それだけの話か。
「一緒に寝ても……いいですか?」
「そうだな……」
胸元に手を置いて必死に懇願しているように見える。
カーテンも締め切っているからシルエットでしか分からない。今更電気を点けるのも嫌だった。
シルエットだけでもドキドキしているのに、直接見てしまったら動けなくなりそうだ。そうなってしまったら今後の生活に支障をきたしそうなので、出来ることならばこのまま帰ってもらうのがベスト。
しかし……気持ちも分からなくはない。
人寂しい状況では、誰かの温かさが欲しくなってもおかしくない。一緒に寝ると言っても、それ以上の行為になるわけではない。
寝相だってお互いに悪くないわけだし、変なことにはならないはずだ。
なら……いいか?
「兄さん。もしかして、嫌。ですか?」
「あっええっと……」
「そう、ですか……私と一緒に寝るのは、嫌。なんですね」
「そうじゃない。そういう訳じゃないんだ」
ただ恥ずかしいだけ。他に意図することはない。
けれど、それを口には出来なかった。口にしたくなかった。
兄と呼ばれているのに、そんなことを考えている自分が情けなかったからだ。
「分かりました。戻ります」
「双葉……」
「お休みなさい。兄さん」
ペコリと、お辞儀しながら立ち上がろうとする。
顔が見えている訳ではないが、寂しそうに見えてしまう。
「待て」
思考と同時に体が動いた。
立ち上がろうとする双葉の手を掴んで引き寄せたのだ。
軽い双葉は、俺の胸元にすんなり入り込む。
柔らかい感触と吐息が広がり、腕は頭に触れて綺麗な髪を撫でていた。
「兄、さん?」
「今日だけだぞ」
「はい」
ベッドに倒れこみ、布団を被りなおす。
ゆったりとした寝息が耳元に届くが、心臓の音がそれを邪魔する。
もう、眠れないかもしれないな。
体は疲れているのに、瞼を閉じても眠気が来ない。
腕の中にある温かさが、眠るのを遮っていた。
でも、それでいい。
これで双葉がゆっくりと眠られるのであれば問題はない。
朝になるまでどのくらい時間があるのか分からないが……精々頑張るとしよう。
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