6

ざわざわとしたざわめきが耳に届く。

背中にあるはずの重みがなく。目を塞いでいた手は消えていた。

無意識に閉じた目を開けば、そこは人が溢れるショッピングモールの玄関。

振り替えれば、人が押し寄せて奥に奥にと追いやろうとしてくる。

隣で呆然としている双葉の手を取って即座にその場を立ち去れば、肩に重みを感じた。


「そっか……」


気づいてもいなかった。あの世界では、カバンを持っていなかった。教科書とノートが大量に入っているカバンを持っていたならば、移動はもっと辛いものになっていただろう。

無くてよかった。


「双葉。平気か?」

「にい、さん?」

「ああ。そうだ。戻ってきたぞ」

「戻って……買い物!!」


身を翻すと、早足で店内を移動し始める。

その後ろ姿に呆然としてしまうが、振り返って手招きされるので小走りで追い付く。

少しむくれた様子でカバンから取り出したチラシと時計を見比べてぶつぶつと呟く姿を見るに、出遅れているようだ。


「大丈夫か?」

「問題だらけです。いくつか買えない可能性があります」

「そっそうか……」


不可思議体験をしたはずなのに、根性がたくましすぎる。さっきまでのことなど気にする様子もなくスタスタと人にぶつからないように歩いている。

手のひらを握ったり開いたりしてみるがおかしなところはない。そもそも、体に疲れが無いのが不思議だ。あんなに走っていたのに……


『生鮮コーナーにて、タイムセールを開始します』


少し遠くから聞こえるアナウンス。もう目の前に迫っている生鮮コーナーでは、我先にと人の波を泳ぐ猛者たちの姿が見える。かすかに聞こえる怒声が侵入することに抵抗を与えてくる。

タイムセールが始まって一分も経っていないのに……どこの狼なのだろうか?


「押さないで、押さないでください!!」


店員の必死な呼び掛けにも我関せずな猛者は戦利品すらも奪い合っている。

なんの戦場かと問いたくなるが、ここのこの時間は基本的にこんなものだ。年末商戦なんてもっと悲惨なことになる。

幸い怪我人などは出ないが、いつ出てきてもおかしくない惨状が繰り広げられ、足踏みしている間に引けていく。

ゲットしてホクホク顔の人も居れば、悔しそうに次の場所へと移動する人も居る。疲れきった顔の店員に「お疲れ様です」と声だけかけながら、値下げを受けなかった物を見学しようと売り場を覗き込む。


「兄さん。次に行きますよ。次です!」

「おっおい」


がっしりと腕を掴まれて引きずられる。いつの間にか持っていたかごの中には、タイムセールの目玉商品が二つ入れられていた。


いつの間に取ったんだよ……


呆れと称賛を込めて息を吐くと横に並ぶ。

次の戦場へと急ぐのであった。



「全部買えて良かったです」

「そう、か……」


疲れた。めちゃくちゃ疲れた。

最初の戦場を終えて三十分。店内にあった戦場を渡り歩き、戦利品を手に嬉しそうにする双葉。

何度か突撃してはみたが、猛者たちの壁に阻まれ芳しい成果を上げられなかった。

それに対して双葉は、毎回何かを掴んで帰ってくるので、どんなチートスキルを使っているのかものすごく気になる。

思い切りよく突っ込むのがコツなのかもしれないが、おばさんたちの群れに飛び込んでもみくちゃにされる未来しか浮かばない。

罵声や怒声を直接マシなのだろう。

重い買い物袋を持ち、精神的な疲労と肉体的な疲労を感じながら行く道のりはいつもよりも辛いものになる。

買い物のたびにこんなになっている気がする……


「今日は色々ありましたね」

「そうだな。特に、ワンダーランドが問題か

?」

「今後の課題ですね。まさか……今さら……ですが……」

「何一人で言ってるんだよ。聞こえない」

「考えをまとめているだけです」


上機嫌だったのがいきなりメーター振り切れて不機嫌に!?

えっ今の俺が悪いのか!?


「兄さんにはデリカシーがありません」

「すいません」

「とりあえず、今は家に急ぎましょう。食材が腐ってしまいます」

「そうだな」


タイミングが悪く。バスは出た後だったために、歩くことになってしまった。

次のバスが一時間後でなければ待つのもアリだったのだが、双葉に早く帰ろうと急かされたために、こんなことに……

両手に買い物袋。米なんかも買ったために、ずっしりとくる。

双葉も荷物は持っているが、それでも軽いものを渡していた。全部持てれば良かったが、物理的に不可能だったので諦めた。今でもビニールが指に食い込んでかなり痛い。

もう、投げ捨ててしまいそうなくらい。


「後少しです。頑張りましょう」

「そうだな。それまで袋が持つといいな」


少しずつ伸びている持ち手部分。

下手をしたら帰り着く前に弾け飛ぶ可能性すらある。気を付けなくては。

空を見上げれば、赤く染まる中で小さく星が光って見える。

赤くは、無い。

沈み行く太陽も黒くはない。

いつも見る光景。なのに、何故か懐かしく思えてしまう。

この光景を見られることは当たり前だと思っていた。当然のことなのだと。

しかし、そうではない。

あのワンダーランドは、いつ死が降ってきてもおかしくない場所だ。

化け物ばかりなのに、力がまるでない俺たちはただの餌にしかなりえない。

全力以上を持って行動しなければ、この景色も、さっきの平和な戦場も、確かな日常も失ってしまう。

隣で楽しそうに笑う双葉さえ……


(助けて)


ふと、頭を過る助力を求める声。どこかで聞いたことのあるような懐かしい声を探してキョロキョロと見回した。


「兄さん?」

「ああ。なんでもない」


気のせいだと首を横に振り、変なことをしてしまった自分に小さく苦笑しながら前を向く。

生き延びる。そのことだけを考えるのだ。

今は、誰かを助けるだけの力なんて、無いのだから……

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