5

「双葉」

「はっはい!」


授業中に居眠りしていて、先生にいきなり当てられたかのように慌てて返事をしながら、キョロキョロと辺りを見回している。


「猫、先輩は……?」

「もう行ったよ。次があるらしい。それよりも、大丈夫か?」

「はっはい。大丈夫です。なんの問題もありません!!」


胸の前で小さく拳を握りしめ、大丈夫であることをアピールしているが、不安は尽きない。

女王の仮面のせいでなんらかの不都合があったのではと考えてしまう。


「心配しないでください。私は大丈夫です。すぐに、ここから離れるんですよね?」

「ああ。ドードー鳥が近いからな」


俺たちが隠れているのが分かっているのか、破壊音がだんだんと近づいてきている。ここでのんびりとしていたら囲まれてしまいそうだ。

囲まれる前に、どこかに逃げる必要がある。


「ですけど、私は身体能力は変わってません」

「はい!?」

「言葉通りの意味です。いつもの私と同じ程度しかありません。ですので、その……」


もしかして……女王だからか?

人の上に立つ女王だから体を張る必要が無くて身体能力がそのままなのか?

特別な力もなくて、ボーナスも付かないのならば、ただのゴミと同じじゃないか!?


「これは外します」

「いや、えっと……」

「私を、守ってくれますか?」


両手を広げ、抱っこしてとせがんでいる。

悩みどころだ。

守るのは、いい。当然のことである。アリスを助けられなかった俺が、姉妹である双葉を見捨てるなんてあり得ない。

ただ、抱っこで移動は厳しい。

身長は俺よりも低くとも、メロンサイズの重りを二つほど抱えているので、体重は……そう考えると、抱っこしたまま全力移動なんて出来やしない。スカートを穿いているから、おんぶをすると色々と触れてはいけないところに触れそうだし、あまりにも柔らかそうな双丘が背中にダイレクトアタックしてくる。

妹として長く過ごしてはいるが、元々は幼なじみ。一人の女の子として見ることだって最近では多くなっている。鋼の精神で自制しているが、長時間の触れ合いでヒビが入ればその後の生活が難しくなる。一つ屋根の下で過ごしているのだ。気まずくなるのは勘弁願いたい。

となると……取れる手法は一つ。

ただ、長時間耐えることが出来るのかが不安だ。

仮面の身体能力に賭けるしかなくなる。


「兄、さん?」

「双葉。いいか?」

「はい」


詳しく聞いてくることはなかった。

距離をつめる間に、キスするように目を閉じて唇を少しだけつきだしているが、気のせいであると無理矢理に断言し、グッと足から掬うように抱き上げた。

俗に言うお姫様抱っこである。


「ぁん」


足や肩に手が触れるせいで、変な声が出たが、気にしない。気にしない。

心頭滅却。俺はおかしなことをしているわけではない。


「もう、強引ですね」

「走るぞ」


走れるか?

そんな疑問は放置して足を動かした。両腕は塞がっているので、無理な挙動は出来ない。それでも、いつもよりは体が軽く感じられ、双葉を抱えていることもあまり気にならなかった。

ぴょんぴょんと跳ねるように、瓦礫を避け、いつものトップスピードよりも早い速度で絶望に満ちた街並みを抜ける。


「こりゃ凄いな」

「ジェ、ジェットコースターよりも、怖い。です」


身を縮こませ、腕の中で置物と化している双葉。少し震えているのは、確実に恐怖からだろう。

何せ、自転車並みに速度が出ている。お姫様抱っこ状態で身動きが出来ないなか、障害物の四散する街並みをぴょんぴょん走られたら普通に恐怖するのは当たり前だ。ちらりと覗けば目元に涙すら浮かんでいる。

耳をひこひこさせて辺りの音を調べ、危険が少なそうなところまで走ると、一度双葉を降ろした。


「はぁはぁはぁはぁ。怖かった、です」

「息すら上がってない。これも仮面の力なのか?」


必死に肩で息をするのは動くことのなかったはずの双葉だった。両膝を地面に付けてひいひい言っている。

これは……ちゃんと考えて持たないと負担が双葉に行きそうだ。転けたら双葉か大ダメージを受けるし、この方法は止めたほうがいいな。うん。


「大丈夫か?」

「無理。無理です兄さん。二度とやらないでください!!」


必死に首を横に振る。トラウマレベルになっているかもしれない。持ちやすくはあったのだが……


「なら、おんぶか?」

「はい。そっちでお願いします。少しくらい触れても、気にしませんから……」

「分かった」


しゃがみこみ、背中に双葉を乗せる。

そして、気がついた。


「ああ。仮面の力で触覚が鈍化してるから、当たってるのかよく分からないや」

「ええ!?」


よくよく考えてみれば、先ほどのお姫様抱っこでもそうだった。

足や肩に触れているはずなのに、何かに触れている感覚がなかった。背中に確かにあるはずの双丘に対しても、何も感じない。

なるほど。これは便利だ。これならば、最初からおんぶにしていればよかった。

でも……


「足広げてるけど、問題ないか?」

「こんなところで恥ずかしがってはいられません」

「まあ、見る人も居ないしな」


自転車並の速度が出るから、スカートが翻る可能性は高い。もう少し長くしてもらえたらいいのだが……短すぎる。最近はみんな短くするし、なんでなのだろうか?

見られたらいけないところが見られるかもしれないのに……


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


今考えることじゃないな。浩介なら喜びそうだけど……居ない相手だ。諦めよう。

再び走り出す。

先程よりは速度を落とし、辺りを確認しながら急ぐ。

ショッピングモールからあまり離れないようにしながら、くるくると近くを探索。

ドードー鳥は、居ないようだ。他に人も見当たらない。

限界を見るために走っているが、疲れもやっては来ない。

どのくらい走っただろうか?

どのくらい時間が経っただろうか?

何もかもが曖昧になるほどに体を動かしていると、視界がぐにゃりと歪んだ。

限界が、来たのか。


「兄さん。目を閉じてください」


両手が、視界を奪った。

そしてーー

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