最終章 最後の決戦

第74話2つの決断

 大草原の戦いから1ヶ月後、各国から朗報が増え始め、急速に魔物からの脅威は薄らいできていた。

 愛達は、一つの決断を迫られていた。


「ダルダード渓谷に行って、悪の大魔導士を倒すべきではないでしょうか?」


 アンドリュー王子は、言った後に会議に参加している一人一人を見た。


「これから寒くなるので、時期的に今しかないのは確かです」


 リサが、賛成の意を表明した。


「もし最後の決戦をするのであれば、ドラゴン族は、動けるドラゴンを総動員する覚悟があります」


 フィアーが、威厳のある声で言って、フィアー用のビスコッティをコーヒーに浸して食べた。

 ユリアが、慎重な口調で話した。


「フィアーの言葉は有り難いですね。

 愛はどう思う」

「行くべきだと思います。

 ただ、最後の最強魔法を完成させていないので、少し不安な気持ちはあるのですが」


 会議に居た全員が、何の事か分からなかった。

 愛は、続けて話し始めた。


「シャスタ山に登って、洞窟のドアを覚えているでしょうか?

 そこには攻撃魔法の属性が示されていました。

 つまり、火、風、氷、雷、光です。最後の光の攻撃魔法だけは、まだ誰も完成させて無いんです。

 しかも、この五つの内、光は一番上に有りました。これは他の四つの魔法をも超える強力な魔法だと思うんです。これが成功すれば、シャスタ山の清浄の光と同じ効果を出せると思うのです。向こう側の人間だった、アマンダが焼かれた様に」


 近くでそれを見ていたジュリアが言った。


「もし完成したら凄いわ。

 アマンダの防御魔法が発動せずに、いきなり彼女が燃えたんですもの。

 でも愛、それを完成する目当てはあるの?」

「清浄の儀式を受けた私達の体の中には、体の隅々まで清浄の光が残っているんです。

 フィアーは、弱い清浄の光を出せるのですが、それを参考にすればいいと思うのです」


 会議に参加していた人達は一斉にフィアーを見た。

 フィアーは、何故清浄の光の魔法が使えるのか自問していた。

 そして、しばらく考えて、威厳のある声で話し出した。


「私が清浄の光を使えるのは、何度もシャスタ山の清浄の光の中を通ったからだと思うのです。つまり、皆さんがもう一度シャスタ山に行き、清浄の光を浴びる。手の中でイメージとして清浄の光を捉えたら、もしかして習得出来るかもしれません」


 そう言ってフィアーは、小さな手で、体と同じくらいの菓子パンを大きくちぎって口に入れた。


 今まで色々試したけれども成功した事がなかった光の攻撃魔法を習得するには、もはやフィアーの言った方法しかないと愛は直感で思った。


「ダルダード渓谷に行く前に、シャスタ山に行き、清浄の光をもう一度浴びるのが最後のチャンスと思うのです」


 愛は言い終わると、芳ばしい香りのコーヒーを一口飲んだ。

 アンドリュー王子が最終的な決断を下した。


「それでは、ダルダード渓谷に行く前にシャスタ山に行く。

 出発は二日後の明朝。以上、会議を終わる」


 コップに残っていたコーヒーを飲み終わると、愛の方にユリアが近づいて来た。

 緊張した口調で、彼は話し始めた。


「愛、話があるんだけれど、少し時間をもらえないか?」


 ユリアが、こんなに緊張して話すのを始めて聞いた愛は、何事かと思った。

 余程重要な事みたいだった。

 これから、店の事についてジェラルドと会う約束があったけれど、多少は遅れても問題はなかった。


「少しだけでしたら、時間はありますけれど?」

「良かった。

 塔の上に一緒に来てくれないか?」


 ユリアが塔と言った。

 けれど、王宮には塔はいくつも有った。

 しかし、愛はどの塔かすぐに分かった。二人でドラゴンを眺めた塔だと。


 行く途中、ユリアが更に緊張しているのが愛には分かった。

 しかも、かなり思い詰めて、今にも壊れそうな切ない想いも伝わって来ていた。

 夕焼けに染まる塔に、二人で上まで登った。


「ユリア、どうなされたんですか?」


 愛がそう言うと、ユリアは突然、片膝を地面に着けてプロポーズの姿勢をとった。

 そして、片手に持っていた箱を開けて、愛の方に見せた。


 それは大粒の真珠の首飾りで、愛はそれを一度見た事があった。

 彼女は、ユリアの突然のプロポーズの姿勢に、いきなり心臓の鼓動が早くなった。


 ユリアは、愛を真剣な眼差しで見ながら、緊張しながら話し始めた。


「この真珠の首飾りは、亡くなった母から生前に渡されました。

 母は、私にこの様に言いました。


 “ユリアが結婚したい人が現れたら、この真珠の首飾りを渡しなさい”、と。


 貴女を愛しています、愛。

 僕と結婚してくれますか?」


 愛は、突然のユリアのプロポーズに、涙を流しながら両手で口を押さえた。

 あまりの嬉しさに、すぐには声にならず、しばらく茫然と立ち尽くしていた。


 ユリアは、少し心配になってきた。

 愛が涙を流しながら泣いているので、もしかしたら、拒否されるのではないかと。


「ご、ごめんなさいユリア。余りにも突然だったので。

 私も、貴方を愛しています。

 これからも、末永くよろしくお願いします」


 そう言うと愛は、深々とお辞儀をして、ユリアが差し出した真珠のネックレスを受け取った。

 ユリアが立ち上がると、愛を抱き寄せ、優しくキスをしてくれた。

 彼女がこの世界に来て、こんなに嬉しい事はなかった。


 夕日が西の山に沈みかけて、抱き合っている二人を優しく包み込んでいた。


 愛はふと思い出したように、真剣な眼差しでユリアに言った。


「私、以前から気になっていた事があったんです」

「気になっている事?」

「私、貴方の大叔母に当たるのですが、それでも本当にいいのですか?」


 ユリアは、目を見開いて愛を見つめ返した。


「本当だね。今まで考えもしなかったよ。

 考え……、直そうかなかな……?」


 そう言ってユリアは、満面の笑みを浮かべて愛を見つめた。


「え、本当に考え直すの……?」

「冗談だよ。

 たとえ大叔母様でも、本当に結婚したい人は、君しかいないからね」

「もう、ユリアのイジワル」

「ごめん。

 見てごらん愛。夕日がとっても綺麗だよ」

「本当に綺麗」


 二人は赤い夕焼に照らされながら、ユリアは再び愛を優しく抱き寄せた。

 そして、長い、長〜〜〜〜〜〜〜〜い、キスをした。

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