第72話 お酒
訓練を始めて十日後、魔物の情報がフィアーの元に、引っ切りなしに入って来ていた。
魔物達は、王都に向かって来ており、北西に位置する広大な草原に到達しようとしていた。
騎士団と魔法騎士団は、魔物達の前進を食い止めようと、すでに出発していた。
リサ率いる部隊は、ドラゴンに乗って草原まで行き、そこで待ち伏せをする事になった。
「整列!」
リサが、訓練場に響く声で号令を掛けた。
既に夕方になっており、一日の訓練が終わろうとしていた。
「我々の部隊も、明朝出発する事になった。作戦は今朝話した通り、変更はない。
今日まで厳しい訓練によく耐えて、明日は思う存分に暴れて欲しい。
これで訓練は終わりにする。各自タップリと休養を取るように。
解散!」
大方の部隊員達は、明朝までの時間を有効に使うべく、家族の元に帰宅した。家族が遠い部隊員は、仲間と連れ立って酒場へと足を運んでいた。
ジャックとジョウダンが愛に歩み寄って来て、ジャックが愛に声を掛けた。
「愛、一緒に酒場に行かないか? おごるよ」
ジャックは、初日のどん底から打って変わって、元の状態の彼に戻っていた。それというのも、暗器を使うのが彼が一番上手かったからだった。愛には劣るものも、遜色のない威力が出せていた。
方やジョウダンは、切り裂く魔法が上手くいって、部隊内でも上位三人の内の一人にまでなった。他の二人はもちろん、ジュリアとリリアだった。
「お誘い、ありがとうございます。
でも、これからやらなければならない事があるので、次回、ということでいいですか?」
「そうか。それは仕方がないな。
じゃ、次な」
そう言って、二人は肩をお互いに叩き合って、訓練場を後にした。
アンドリューとジュリア、それにマリサとトニーも既に訓練場を後にしており、最後まで居たのは、リサと愛の二人だけになった。
「愛、お疲れ様。これから、何処かにいくのかしら?
ジャックとの会話が聞こえたのよ」
「これは内緒ですけれど、実は何処にもいく予定が無いんです。
二人が私にアプローチしてくるのが分かったので、それで……」
「あ、そういことなのね。
それじゃ、私の部屋でお酒でも飲みますか?」
「え……? 部隊長の部屋にお酒があるんですか?」
「ええ。もちろんあるわよ。
これは内緒ですけれど」
愛は思わず笑ってしまった。まさか部隊長の部屋にお酒が有るとは。
「いいですね。
おつまみを、何か見繕って来ましょうか?」
「いいわね。
明日の為に、鋭気を養わなければなりませんからね」
二人は、忍笑いをして、別れた。
しばらくして、二人は部隊長の部屋に集まって、小さな酒盛りを始めた。
「愛のおつまみって、本当に美味しいわ。
酒場でお酒を飲むより、こちらの方が断然いいわ」
「リサのお酒も、とても美味しいです。
こんなに美味しいお酒を飲むのは、元いた世界以来です」
「そういえば、愛はこの世界の人間では無かったわね」
「父は、この世界で生まれて育ったので、私の半分はこの世界なんです」
「愛のお父様って、もしかして、伝説の第八代国王の第一王子だった人……?」
「はい。私の父です。
もしリサさえよかったら、私の母と父のメッセージが有るのですが聴きますか?
ジュリアとマリサは既に聞いているので」
「本当に? それは聞きたいけれど。
個人に当てたメッセージでしょう。本当にいいの?」
「はい。それではメッセージを流しますね」
ふと、誰かが部屋の中に出現した。
愛はそれにも構わず、母のメッセージを再生した。
「このメッセージを愛が聞いているなら、魔法の世界にいるんだね。
このメッセージは、ピンクダイアモンドがブレスレットの一部になって、愛が手を通した時に流れる様に魔法かけた。
私も、お父さんも、恵もみんな愛が居なくなったら寂しくなるけれど、頑張って。
そこは、お父さんが生まれ育った世界。お父さんは、ウィーラント国の第八代国王の第一王子だった人。当時の悪の元を滅ぼすと、国元には帰らず私の世界に来てくれた。何故なら、二人は愛し合っていたから。少し照れくさいね、娘に言うのは。
そこで、恵と愛が生まれた。私とお父さんは本当に嬉しかった。二人は私達夫婦にとって何物にも変えられない存在になった。
二人が育っていくのが私達夫婦の何よりの生きがいになって、どんなに辛いことでも、二人を見たら吹き飛んでいった。
でも、別れの時が来たね。少し悲しいけれど、そちらの世界を救うのを手伝うのは、やり甲斐があると思うんだ。何たって、お父さんの世界だからね。
言い換えるなら、貴女の遺伝子の半分はそちらの世界から来ている。つまり、そこは貴女の世界でもある。
愛は社交的だから、もう既にそちらの世界で仲間も出来たと思う。
もしかしたら、親戚の末裔かもしれないね。ウフフ、そう思うと少し楽しくならない?
お父さんが横で何か言いたそうなので、私の口からお父さんの言葉を伝えるね。
愛。今回の事は本当に申し訳ないと思っている。
こちらの世界にいたら、魔物の居ない平和な時間を過ごせるのに。でも、そちらの世界では愛を必要としている。これは分かって欲しい。
人間同士の戦争はない代わりに、魔物が常に人を脅かしている。歴史が示している様に、その魔物を操って悪い奴が常に現れる。
これは、ある意味宿命なのかもしれない。光あるところには必ず影があるように、善があれば必ず悪が生まれてくる。何故そうなるのかは、お父さんには分からない。
でも、ありふれた言葉だけれども、善は必ず悪に勝つと思っている。
愛。頑張って。
お父さんはこれぐらいしか言えないけれども、いつも愛の事を思っているよ。
愛の事を愛している、お父さんより。
あーあ、お父さん泣き出したよ。こっちまで泣いてきちゃった。
恵お姉さんも、私の後継者として頑張っているよ。
あの時、どちらか一方に後継者を決めなければならなかったのは、今だから言えるけど、本当に辛かった。
後継を決める試合に負けた愛は、そのまま二度と道場には戻ってこなかったね。本当は二人に後継者と思った時期もあったんだけれど、やはり橘流の掟なので、どうする事も出来なかった。ごめんね。
でも、おばあちゃんの助言で料理の道に行ったので、少し安心していたんだ。そちらの世界で料理を作っていると思うけれど、香辛料の数が少ないので、物足らないかもね。
あ、そうだ、もう芋虫の料理を食べた?最初は気持ちが悪くなったんだけれど、途中から好物になって、最後の方では好んで食べていたよ。話が脱線したね。
それから、ドラゴンの妖精のフィアーに会ったら宜しく伝えといて。
フィアーは食いしん坊だけど、頼りになるからね。
あまり長くなるといけないので、そろそろ止めるね。
最後に言いたいのは、お父さんも言ったけれど、お母さんも愛の事を愛している。いつも愛の事を思っているからね。食べ物と健康には気をつけて。
さようならとは言わない。いつかまた会おうね。
愛を愛している、お父さんとお母さんより」
終わると同時に号泣しだした者がいた。
フィアーだ。
泣いて、泣いて、鼻水出しながら泣きじゃくっていた。
少し経ってから、ようやく話しだした。
「愛は……グスン。本当に……グスン。あの人の……グスン。娘だったんだね、グスングスン」
「フィアー、そんなに泣かないで。
私はこの世界に来て、沢山の友達ができたから寂しくないし、フィアーもその友達の一人だよ」
「でも、こんなに泣ける話は無いわ」
リサも少し涙目になっていたけれど、フィアーに無理やりにお酒を進めた。
「フィアー、これ飲みなさい!
こんな時は飲むのが一番!」
リサは、魔法でフィアー用にぐい呑を作ってお酒で満たし、フィアーに渡した。フィアーは匂いを嗅いで確かめると、それを一気に飲んだ。
「これ、美味しいわ。
お酒って初めて飲んだけれど、もっといただけるかしら?」
「いける口なんだね。はいどうぞ」
「ありがとう、リサ。
これは愛が作った料理ね。食べてもいいかしら?」
フィアーが来ると予め予想していたので、愛は多めにおつまみを作っていた。
「もちろんどうぞ。
今回は私達しか居ないから、お腹いっぱい食べれるわよフィアー」
フィアーの目がキラリと光った。そしてお酒を何度もお代わりをし、心ゆくまで料理を口に運んだフィアーは、その晩は、とても、とても、とても幸せだった。
しかし翌朝、二日酔いを初めて経験したフィアーは、頭痛と吐き気で最悪の気分になり、二度とお酒は飲まないと心に誓っていた。
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