第71話 2日目

「大魔導士様から命令が下った。ウィーラント国の王都を攻撃せよと」

「エッジと俺にか? なんで?」

「そうか、ノルドはウルグァー国を攻撃していたので、最近の情勢を知らなかったな。

 ウィーラント国で、ランディーとトリッガーが殺されたんだ」


 ノルドは、片目を釣り上げて、怪訝そうに言った。


「トリッガーが何でウイーラント国で殺されるんだ? 奴は確か別の国を攻撃していたはず」

「ランディが殺されたのを聞いて、あの国の支配権を取れると思ったみたいだ。彼の配下のヒドラを王都の攻撃に使ったら、巨大なドラゴンが現れて鷲掴みで即死にしたそうだ。その後、そのドラゴンの背中から、あの国の王子が降りて来た。

 どうやら、ドラゴン族とあの国と、何らかの協定を結んだらしい」

「なんだって、ドラゴンの背中に乗っていただって?」


 ノルドは厄介に事になったなと思った。そして、魔導士様が二人の幹部を同時に使う訳が分かった。


「それで、いつ攻撃を開始すればいいんだ?」

「時期はこちらに任せるそうだ。

 俺とお前の魔物が、 準備でき次第だな」

「分かった」


 これで成功すれば、間違いなく魔導士様の側近の一人となれると、ノルドは確信した。

 彼は、ニヤリと不気味に笑った。


 ーーーー


 訓練は、2日目を迎えた。

 前日の、降下上昇訓練は、何とか……? 一応、全員が出来るようになっていた。

 今日は、王子二人も加わり、攻撃魔法を訓練をする。


「整列!」


 リサが、訓練場の隅々まで聞こえる声で、号令を掛けた。

 部隊員達が、駆け足で集まって整列した。


 リサと愛だけが前にいて、アンドリュー王子とユリア王子は列の中に並んでいる。

 部隊の中では、王子と言う身分は関係がなく、普通の部隊員と同じだった。


「妖精のフィアーから、敵方の情報が入ってきた。

 それによると、魔物が不穏な動きを強めており、王都に再び魔物が襲って来る可能性が高まった」


 部隊員達の間で、騒めきが起きた。


「静かに!

 今日、明日という話ではないので、これは他言無用にしてもらいたい。

 ヨチヨチ歩きのお前達が、普通に歩けるぐらいの訓練時間はあると思う。しかし、状況次第では出撃する可能性はあるので各自、武器、防具の手入れは念入りにしておくように。

 さて最初に、お前達にサンダーの魔法を実際に受けてもらう」


 騒めきがまた起きた。


「静かに! イチイチ騒がない!

 凄く弱いサンダーなので死ぬ事は無いが、飛び上がる可能性はあるかもしれない。

 サンダーを体感したら、どの様な魔法なのかイメージが湧くと思うので、各自訓練を開始する事。

  もしイメージが湧かなかったら、何回でもサンダーを受けるように」


 リサの言葉に、身震いをしている部隊員達が居た。


「全員、利き腕を出して、手のひらを上にして待つ様に。

 では始める」


 リサと愛が二手に分かれて、部隊員達の手の平の中に、弱いサンダーを落とした。

 キャーと悲鳴を上げる者や、本当に飛び跳ねる者、じっと我慢する者など、それぞれの個性が出ていた。


 愛がジャックの前に行くと、全身に力が入っていた。サンダーの魔法を彼の手の平に落とすと、彼は一瞬ピクッとなって、小さなため息を吐いた。


 隣にはユリアが居た。

 愛は軽く会釈をして、ユリアの手の平にサンダーを落とした。彼は予測がついていたのか、手が少しピクッとなっただけだった。愛が彼に微笑むと、彼も微笑み返してくれた。


 ジュリアの前に行くと、何やら嬉しそうな顔になっていた。手の平にサンダーを落とすと、手をシッカリと握り締めて、感覚を研ぎ澄ましていた。


 リリアは、にこやかな微笑みで、愛を見ていた。新しい魔法を覚えられるのが嬉しいみたいで、全身で喜びを表していた。愛がサンダーを手の平に落とすと、ジュリアと同じように手を握り締めた。

 そして、これがそうだったのかと、手の平を下に向けて直ぐにサンダーの魔法を発動した。その適応力の早さに、愛は内心ビックリした。


 全員にサンダーの魔法を掛け終わった。

 直接サンダーを手の平で受けたので、誰もがイメージがつかめて、遅かれ早かれサンダーの魔法の発動が出来ていた。


 愛は、全員のお弁当を運ぶために、四輪車を押して厨房に行って、訓練場に戻って来た。

 今日から、一つだけお弁当が増えることになり、それはフィアーの分だった。


 愛が厨房から帰って来ると、既にフィアーはクッションに座って待っていた。

 リサは、愛が帰って来たのを確認すると、号令を掛けた


「昼飯ーー!

 今日から、フィアーも一緒にお弁当を食べるので、行儀よくする様に!」


 女性部隊員から、小さな歓声の声が上がった。

 フィアーは小さくて可愛いので、彼女達の間ではマスコットとしての価値を共有していた。数人の部隊員は、小さなフィアーに似たマスコット人形を器用に作っていて、肌身離さず持っていた。マリサもその内の一人で、得意な裁縫の技術で、細かな所までフィアーに似せていた。彼女達は弁当を愛から受け取ると、フィアーの所に行って一緒に食べ始めた。

 フィアーの前には、一人前の弁当が置いてあって、フォークで上品に食べていた。


 フィアーは悩んでいた。

 子供の前だと、夢を壊す訳にはいかなかったけれど、目の前にいるのは大人達だ。ここで、お腹いっぱい食べても、問題は無いはず。でも彼女達は明らかに、フィアーに対してのイメージを持っているのが、マスコット人形で分かった。

 スラッとしていて、フィアーが見ても可愛いマスコット人形だった。それが、丸々と太ったマスコット人形になるのはフィアーにとって耐えられなかった。

 またしても、計算が狂ったと思ったフィアーだった。

 お弁当を半分まで食べて、フォークを置いた。


「フィアー? もう食べないの?」


 誰かが聞いてきた。

 フィアーは、いつもの威厳のある声で、ゆっくりと言った。


「お腹が一杯になりました。もしよかったら、私の残りのお弁当を食べて下さい」

「ありがとうございます」


 食べ終わった複数の人が、フィアーの残りの弁当を食べ始めた。

 目の前の弁当が少なくなっていくのを一個一個目で追っていた。その人達の口に入って消えていくのを、恨めしそうにジッと見ているフィアーの姿がそこにあった。

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