第70話 どん底のジャック

 大方の予想に反して、愛が丸太をぶった切ったので、部隊員達は信じられないと口々に言って大騒ぎは収まらなかった。

 リサが号令を掛けた。


「整列!」


 騒がしかった訓練場も、整列するにつれて静かになっていった。


「これで、愛の実力が分かったと思う。

 さて、既に知っていると思うが、この部隊はドラゴンに乗って移動することになる。よって、降下と上昇の訓練を最初に行う。毎回ドラゴンが優しく送迎してくれないのでね」


 それを聞いて、クスクス笑う者が数名いた。


「静かに!

 後ろの方にある台は、降下と上昇の初歩を訓練する為にある。基本のウインドウの魔法だけ使って行うので、魔法騎士団員だった者は簡単にできると思う。

 しかし、騎士団に所属していた者は、ウインドの魔法を使い慣れていないので苦労するかもしれない。

 愛が手本を見せるので、よく見ておくように」


 ジャックは元騎士団員だったので、ウインドウの魔法は殆ど使った事がなかった。使ったのは、真夏の熱い時、ウインドウの魔法で自分に風を送ったぐらいだった。

 上空のドラゴンから、ウインドウの魔法だけで降下と上昇するとは、今の今までジャックは思ってもみなかった。でも、考えれば当然で、ドラゴンが送り迎えをしてくれるはずも無く、

 自力で降下と上昇をするしかなかった。

 ジャックは内心、焦りを感じ始めていた。


 愛は台の下まで行くと、両手を脇の下まで持っていき、手の平を下に向けた。

 ウインドウの魔法を発動すると、体が浮いて、ゆっくりと上昇して行った。台と同じ高さになると、手の向きを少し変えて、横に移動した。台の真上に来ると、ウインドウの魔法を止めると、台の上に着地した。

 今度は、同じ姿勢で台の上から飛び降り、床に着く前にウインドウの魔法を発動して、落下の速度を減速し、床に着地した。

 愛の、流れるような動作に、誰もが感嘆の声を漏らした。


「愛、ありがとう。

 これから訓練を始める。

 各自、台の所に行って始めるように」


 リサの言葉で、一斉に部隊員達は台の所に行って練習を開始しだした。

 ジャックは、わざと目立たない一番端の壁際行った。ここは、リサと愛からは最も遠く、失敗しても目立たないと彼は思った。

 彼は、訓練を開始した。

 やはり、思っていた以上に難しく、真上に行くのが至難の技で、彼は四苦八苦した。


 開始してすぐに、成功したと言う声が聞こえて来た。

 ジャックはその声に聞き覚えがあり、元薬師のリリアだった。リリアは、リサをも超えるかもしれないと噂が有ったが、それを文字通り示した。

 しばらくすると、ジョウダン、ジュリア、アンなどの、元魔法騎士団員達も成功したと聞こえた。

 ジャックは焦ってきた。焦れば焦る程、上手くいかなくなり、アザが段々と増えていっていた。横の壁に激突したり、台の下に頭をぶつけたりした。一度は、勢いがあり過ぎて、天井に頭を強く打って、大きなたんこぶを作った。


「休憩!」


 リサが号令を掛けて、全員がコーヒーとバスケットの有るテーブルに行った。

 今度もジャックは、愛から一番遠い所を選んで、ビスコッティをコーヒーに浸して食べていた。横目で愛を見ると、若い独身男性の部隊員達に囲まれていた。特に、ジョウダンが積極的に話し掛けており、彼は惨めな気持ちを味わった。

 ジャックは、今度は菓子ぱんを食べたくてバスケットの所に行った。そして、美味しそうな菓子パンを選んで、元いた場所に戻ろうとしたら誰かに後ろから呼び止められた。


「ジャックさん、調子はどうですか?」


 振り向くと、愛がすぐ近くに立っていた。

 愛と目線を合わす事が出来ず、さらに、口ごもった話し方で返事をした。


「まあまあっす」


 ジャックが、いつもの元気のいい彼と違ったので、どこか身体に異常が有るのかと愛は心配になった。彼の身体の上から下までスーと目を通したら、あちらこちらアザだらけで、頭の上には、大きなたんこぶまで作っていた。

 愛は、マリサを呼んだ。


「どうしたの愛?」

「ジャックがアザだらけで、頭の上には大きなたんこぶを作っているの。

 治癒魔法で治してあげてくれる」


 ジャックは、これ以上惨めになりたくなく、少しでも愛に男らしい態度を示したかった。


「治癒魔法はいらないですよ。

 これぐらいのアザはいつもの事ですから」


 愛は腰に手を当てて、怒った口調で話しだした。


「ダメです! ちゃんと治療して下さい。

 痛みが少しでも有ると、魔法のコントロールが上手く出来なくなり、失敗を繰り返すだけです!」


 愛はそう言って、ジャックに顔を近付けた。

 初めて見る愛の気迫にジャックはタジタジになり、思わず後ろに仰け反った。


「わ、分かりました。

 お願いします」


 大男のジャックが、弱々しい声で返答をした。

 近くに居た部隊員が何事かと集まりだし、ジャックの背中は段々と小さくなっていった。


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