第67話 もしかして……?
朝日が昇る中、巨大なドラゴンが四頭、王宮の上を旋回していた。
王宮の中庭には、二十人ぐらいの人達が空を見上げ、緊張感を漂わせていた。
何故なら、これからドラゴンに乗ってシャスタ山に行き、清浄の試練を受ける為だった。
やっと足の骨折が治った愛は、塔の上からそれら眺めていた。
彼らの中には、彼女がよく知っている人達もいた。彼女が、思わず投げ飛ばしてしまったジャック。彼女に交際を申し込んだだけで、リサに頭を殴られたジョウダン。愛に親切なアン。彼らも同様に、緊張しているのが分かった。
でも一人だけ、全く緊張感がなかった。
それは薬師リリアで、お爺さんのコーリーとの話し合いが上手くいって、晴れやかな微笑みを浮かべていた。
一頭のドラゴンが急降下して来て、見事な飛行で中庭に降り立った。最初の組みがドラゴンの背中に乗ると、ドラゴンは羽ばたいてシャスタ山に飛んで行った。
最初の組みの中には、リサとジュリアの姿があった。今回ジュリアは、引率の役目で同行しており、快く引き受けてくれた。
明後日からの本格的な訓練を前に、愛は気が引き締まる思いがしていた。
誰かが階段を登って来るのが気配で分かった愛は、少し緊張した。
ユリアだと、直ぐに分かったからだ。
「おはようございます。ユリア王子」
「おはよう、愛。
その王子は止めてくれないか。
今まで名前だけで呼ばれていたのに、急に王子で呼ばれると落ち着かない」
「旅とか、部隊でご一緒なら名前で呼べるのですが、王宮の中だと、どうしても名前だけで呼べなくて……」
「人が聞いている時はそれでも良いけれど、二人だけの時は名前だけで呼んでくれないか?」
彼が王子であると、愛は最近強く感じる様になっていた。
王様が亡くなられて、アンドリューが王様になるのかと思っていたら、この戦いの後に王様を継承すると言った。アンドリューは、今回新設された部隊の参加を自ら決めており、王様の身分では戦えないのが理由だと言っていた。
王宮の中では反対意見もあったけれど、彼は死を覚悟して、国を守る意志を示た。
ユリアも、アンドリューと同じ意見で、部隊の参加を決めていた。
上に立つ者が、人の陰に隠れて指示をするのは二人の気性に合わないみたいだった。
王宮の中に居ると、誰もが彼を王子として接するので、愛もそれに慣れてきていた。
でも、彼からそう言われると、愛はとても嬉しかった。
「分かりました、ユリア。
それで、どうされたんですか。朝早く、ここに登って来て?」
「それは、愛と同じ理由だと思うよ。
彼らを見送りに来たんだけれど、まさか、愛が居るとは思わなかったよ」
「うふふ。私も同じです。
まさか、ユリアが来るとは思いませんでしたから」
忙しい二人がここに居合わせた偶然に、何故だか分からなかったけれど、愛はホッとした気分になった。
「見て下さい。一際大きなドラゴンが急降下してきます。きっと、グラウンド・ビッグ・マザーですね」
「ああ。僕もそう思うよ。
そういえば、足の方はもういいのかい?」
「はい。お陰様で、全快しました。
明後日からの、部隊の初訓練に、どうにか間に合ったので安堵していました」
「僕は、初日は用事があって参加出来ないけれど、なるべく出るようにするよ」
「ユリアは多忙で、てっきり部隊に入らないと勝手に思っていました。
でも、またご一緒出来て、嬉しいです」
「多忙はお互い様だろ。
でも、愛から嬉しいって言われると、こちらまで嬉しくなるよ」
ユリアが愛に微笑んでくれて、彼女も彼に微笑み返した。
彼女は、いつまでも彼と会話を楽しみたいと強く感じた。
「それにしても、コーヒーの店は盛況だね。昨日、偵察に行って来たんだよ」
「言って下されば、商品をお届けしたのに……」
「この目で、店を見たかったんでね。
えーと、菓子パン……、だったかな。凄く美味しかったよ。
それに、ビスコッティを食べれるのを楽しみにして行ったんだけれど、想像以上の味だったので、驚いたよ」
「ユリアに喜んでもらって、何よりです。
今後、もっとメニューを増やすので、そちらも宜しくお願いします」
「あはは。
愛の口調が、商売人の口調になっているよ。性に合っているみたいだね」
「ユリア!」
愛は、わざと起こった様に言った。
「この口調になった原因は、ユリアなんですよ!」
「僕が? ……?」
「そうです!
ユリアが、ホーテン会長のリッキーさんに助言をしたので、新しい商売先とのお付き合いが増えて、この様な口調になったんです!」
「あ、そうか。忘れていたよ。
ごめん。
今度、海産物の店も出すんだったよね。そちらの方も、上手く行きそうなのかい?」
「手応えは、得ています。
ジェラルドさんは王都中を回って根回しをしていて、ホーテン商会の後押しで、取引先も増えているそうです」
「それは良かったね。
愛だったら、きっと成功させると信じているよ」
ユリアは、再び巨大なドラゴンが急降下しているのを眺めた。
ドラゴンを眺めているユリアを横目で見て、愛はふと……思った。
“私……? もしかして……? ユリアの事を……?”
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