第66話 リリアの苦悩

 愛はリサに呼ばれて、今回新設された部隊長の部屋に居た。

 訓練計画表の草案を渡されて、愛なりに検討して言った。


「……を付け加えれば、訓練計画はいいと思います」

「ありがとう、助かったわ。

 それにしても、愛が指導教官だと彼等が知ったら、どんな顔をするのか今からとっても楽しみ」

「そ、そうなんですか?

 そんなに、私が指導教官になるのが意外ですか?」

「それはそうよ。

 今日からダンさんが、指導教官ですって言ったら、愛はどう思う?」


 愛はびっくりして、目を見開いてリサを凝視した。

 リサはそれを見て微笑んだ。


「そういう事よ。

 それで、募集してきた人達の中に意外な人物が含まれて居たので、少し驚いている」

「私の知っている人なんですか?」

「ええ。薬師のリリアなのよ」


 リサが言った途端に、何かの間違いではと愛は思った。

 彼女は、薬師のコーリーの孫娘でもあり、薬草に詳しかった。愛は、調理に使うハーブの相談を彼女にしたこともあって、今回の件とはかなりイメージがかけ離れていた。


「えーと。よく分からないのですが。

 治癒魔法師として、今回の部隊に入ろうとしているのですか?」

「治癒魔法の出来る人は、今の所マリサで十分だと思っている。

 リリアは攻撃魔法が得意なのよ。

 しかも、私よりも上かも知れないわね」


 リサよりも上? ……薬師のリリアが?

 どうしてリリアが薬師をしているのか、さらに疑問が増えた愛だった。


「そんな人が、どうして薬師をしているんですか?」

「あ、そうか。愛は事情を詳しく知らなかったわね。

 彼女のご両親は、二人とも魔法騎士団員で、お父さんは団長だったの。お二人とも、同じ場所で2年前に殉職されたわ。

 その時私もそこに居たけれど、魔物と凄まじい戦いを繰り広げていた。周りを魔物に囲まれて、あわや全滅かと、その時思ったわ。

 でも、お二人がしんがりを務めてくれたお陰で、多くの団員達の命が助かったのよ。

 その時のリリアは、既に魔法騎士団に合格していて入団式を待つだけだった。

 息子夫婦の殉職を知ったコーリー爺さんが、たった一人の孫娘リリアを魔法騎士団に入れる訳にはいかないと、猛反発しだしたのよね。

 結局彼女は、根がとっても優しい人だったから、お爺様の反対を押し切ってまで入団出来なかった。

 そんな理由が有るのに、今回応募して来たのよ」


 リサはそう言って、窓から見える景色に、視線を逸らした。


「そうだったんですか。

 でも、リリアの気持ちも分かります。

 多くの人が今回亡くなられ、風光明媚な王都が見るも無残な姿に変わった。

 私が今回変わったきっかけは、今回の魔物の襲撃なんです。リリアさんも、同じ様な想いを抱いたんだと思います」

「そうね。私もそう思うわ。

 でも、コーリー爺さんの事を考えると、少しね」

「そうですね。

 そう言えば、お昼からコーリーさんに呼ばれていました。

 焼けた薬草の代わりに、大量に新たな薬草が入って来たので、品質を見てくれないかと。

 それとなく、様子を見てきましょうか?」

「そんな事まで貴女はしているの?

 ビスコッティとクロワッサン、とても美味しかったけれど、これも愛が考えたんでしょう?

 様子を見てくれるのは助かるけれど、あまり無理はしないようにね」

「はい。分かりました」


 リサは、ため息をついた。


「骨折の件で思ったけれど、愛の無理は、普通の人の無理とはかなり違うのよね。

 だから、分かりました、と言われても心配してしまうわ」


 そんな風にリサが自分の事を思っていたんだ。今まで、無理な事はしてないと思った愛だった。

 けれど、この世界に来た短い間に、死にそうになったことが何回もあった。

 愛はちょっとだけ……、反省をした……。


 愛が新たな薬師の部屋に行くと、廊下まで聞こえる口論の声が聞こえて来ていた。

 心配した通り、コーリーとリリアの声だった。

 愛がドアをノックしようとした途端、いきよいよくドアが開いて、リリアが涙を流しながら飛び出して来た。愛とぶつかりそうになったけれど、リリアが素早く避けた。


「ご、ごめんなさい」


 涙を流した目で、愛と視線があった。

 愛は、なんと言っていいのか分からなかった。


「リリアさん、……」

「何でも無いんです。

 失礼します」


 頭を軽く下げたリリアは、すぐに去って行った。

 部屋の中に入った愛は、コーリーの姿を見つけた。新しい薬草の香りの中、コーリーは椅子に座って頭を抱え込んでいた。


「コーリーさん。どうかなさったんですか?

 リリアさんが、泣きながら出て行きましたけれど」


 愛がそう聞くと、彼はゆっくりと頭を持ち上げた。


「愛殿か。

 見苦しい所をお見せして、申し訳ない。

 わしには、どうしてもリリアの考えが納得出来ないんだよ」

「もしよかったら、事情を話してもらえませんか?」


 コーリーはじっと愛を見つめて、意を決したように話し出した。


「愛殿とリリアは年が近いし、親しい間柄。

 彼女を説得してもらえないだろうか?」

「説得……? ですか」

「実は、リリアは今度新設される部隊に、入隊の願書を出したんじゃよ。リリアは、わしの可愛いたった一人の孫娘。息子のように、また魔物に殺させる訳にはいかん。

 だから、部隊に入らないように説得をして欲しいんじゃよ」


 思っていた通りの内容を、コーリーが言った。


「コーリーさんの言っているのは、もっともな事だと思います。

 可愛いお孫さんを、死なせる訳にはいきませんから。

 ですが、リリアさんの考えも分かるんです」

「リリアの考え?」


 愛から意外な言葉が出て来たので、コーリーはその真意を知りたくて、耳を傾けた。


「はい。リリアさんの考えです。

 リリアさんは、お爺さんのコーリーさんを心から愛しているんです。

 彼女はこの世で最も大切に思っている人が、コーリーさんなんです。

 この間の魔物の襲撃で、コーリーさんは場合によっては、亡くなったんですよね。それを最も恐れていたのが、リリアさんなんです。

 この王都も、既に安全ではなくなってきています。多くの方が亡くなられて、リリアさんの知っている方も亡くなれたと聞きました。

 彼女には、お父さんとお母さんから受け継いだ能力があります。それは魔物を殺す力で、この王都を守る力でもあるんです。リリアさんは、その力でコーリーさんを守りたいんです。

 薬師はとっても重要な仕事だと、彼女は思っています。

 けれど今は、国の存亡に関わっていて、国が滅びたら全て終わってしまう。

 だから彼女は、コーリーさんの反対を押し切ってまで、入隊の願書を出したんだと思います。

 もう一度、リリアさんとお話をされてはいかがでしょうか?」


 コーリーは、しばらく黙ったまま俯いていた。


「わしは、自分の意見ばかり、リリアに押し付けていたという事か?

 国が滅びたら、全てが終わる!

 そこまで、わしは考えた事がなかった。

 ありがとう愛殿。

 しかし、調理師の愛殿に、この様に言われるとは思いもしなかった。まるで、リサから言われた様な気分だったよ。

 少し、不思議な気持ちがしている」


 愛は、コーリーの感覚の鋭さに少し驚いた。

 リサだったら、コーリーをどう説得するか考えていたからだった。

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