第65話 新しいメニュー

 昼食会の後、愛はコーヒーの店で新しく雇った人達に、コーヒー豆の焙煎とビスコッティの作り方を教えに行った。行く道中で、共同オーナーのジェラルドと、今後の商売に付いて話し合った。


「そうすると、イカ、タコだけでなく、まだ食べられていない食材が山ほどあるという事ですね」

「はい。仰る通りです。

 特に海藻類は体に良い食材なので、積極的に食べて欲しいですね」

「しかし、海藻類が食べれるとは思いもしませんでした。

 愛さんが言ったように、海藻類を海の野菜、と考えると凄く納得がいきました」

「海藻類は、乾燥させると、長期保存が可能ですし、生で調理するよりは味がぐっと良くなる種類もあるんですよ。それに、ある種類の海藻は、出汁として利用出来るので、味の幅がぐっと広がるんです」

「それは興味深い話です。

 漁師の知り合いにお願いして、この辺りで取れる海藻類を、後日改めて愛さんに見て頂きたいと思います。そして、種類毎の加工と料理方法を教えて頂けたらと思います」

「それは楽しみですね。どんな種類が取れるのか、今からワクワクして来ました」


 フィアーは、昼の昼食会で、お腹いっぱい食べれなかった。

 でも、これから愛がコーヒーに浸して食べるビスコッティを作ると言うので、後から付いてきていた。

 しかし、アシュリーも当然ながら一緒に付いて来ていて、フィアーの方を時々、チラチラ見ていた。


 その店は王宮の近くだったので直ぐに着いた。

 昨夜の魔物の被害は殆ど受けてなくて、小綺麗にかたずけられていた。元々この場所は、経営が上手くいかなくて閉めた店だったので、殆ど手を掛けずに開店できるとジェラルドが言った。


 お店に入ると、三人の人が待っていた。

 お互いに挨拶を済ますと、早速厨房に入って行った。そこには大きな石窯に既に火が入っており、いつでも焼ける用意がしてあった。しかも、先に伝えていた材料と調理器具もテーブルの上に用意されていた。

 段取りの良さに愛は関心をした。ジェラルドと、雇われている人達の熱意が伝わって来ていた。


 愛は早速ビスコッティの作り方を口頭で伝え、三人は指示通りにテキパキと的確に動いていた。

 余りにも手際がいいので、この三人はここに来るまで何をしていたのか、こっそりとジェラルドに聞いた。

 帰ってきた答えで愛は納得がいった。ここは元々パン屋で、三人はそこの従業員だと言った。どうりで手際がいいと愛は思った。

 ふと愛は、素晴らしいアイデアが浮かんだ。


「ジェラルドさん。このコーヒーの店で、ビスコッティだけでなく、色々な菓子パンも売ってみませんか?」

「菓子パン……? ですか?

 初めて聞く言葉です」

「菓子パンは、パン生地やパイ生地に甘いジャムとか、チーズ、野菜、或いはポテトなどを焼いたパンを指します。

 この国では、パンの種類が少なくて、工夫次第ではいくらでも種類を増やせるんです。

 この三人の技術だと、簡単に作ることができます」


 愛は、熱心にジェラルドに話しかけた。

 三人も愛を見ていて、聞きなれない菓子パンの内容に興味を示していた。


「思った以上に早くビスコッティが焼けるので、菓子パンの基本の一つでもあるパイ生地で、クロワッサンを作りませんか?」

「愛さん……? 目が輝いていますよ!

 そんなに美味しいんですか?」

「はい。とっても美味しいです」

「では、そのう……、パイ生地でクロワッサンもお願いします」

「はい!」


 今度は、パイ生地でクロワッサンの作り方を三人に愛は教えた。

 意外な方法でパイ生地を作るので、最初はびっくりしていた三人だった。けれど、作り始めると、今まで何度も作ってきたかの様に手際よく、成形まで出来た。

  ビスコッティと入れ替わりに石窯の中に入れた。

 ジェラルドの奥さんが入れたコーヒーに、そこに居た全員が、ビスコッティを浸して試食をした。

 二度焼きしたのに、コーヒーに浸すと柔らかくなった。それがとても美味しいので、ジェラルドを始め、みんなが気に入ってくれた。

 フィアーもほんの少しだったけれど、愛からビスコッティをもらって食べた。さすがは愛ね、とフィアーは思った。

 アシュリーもミルクをタップリと入れたコーヒーにビスコッティを浸して食べた。今までに食べたこともない美味しさに、渡されたビスコッティを全部食べていた。


 しばらくすると、パイ生地のクロワッサンが出来上がった。

 芳ばしい、いい香りが厨房中に広まっていった。溶いた卵を表面に塗ってあったので、焼き色でも食欲をそそった。

 早速みんなが試食をした。余りにも美味しいので、誰もが感嘆の声を上げていた。

 ジェラルドが、早口で興奮をしながら言った。


「これは素晴らしい。

 バターと小麦粉、そして卵でこんなに美味しい物が出来るなんて、まるで奇跡を見ている様です。

 これは基本だと言いましたよね。そうすると、これよりも、もっともっと美味しい物が出来ると言うことでしょうか?」

「おっしゃる通りです。

 この三人の方達がこれからも作るのであれば、全く問題なく出来ると思います。

 これらにはバリエーションが数多くあり、三人の工夫次第では、幾らでも種類を増やせるのではないでしょうか?」


 聞いていた三人は、新しい共同オーナーの愛に親しみを覚えた。そして、これからここで働くと思うと、希望に満ち溢れていた。


 厨房の隅にいたフィアーは、あれっぽっちでは物足らなかった。こんなにも美味しいビスコッティとクロワッサンを、お腹一杯食べたかった。

 フィアーは、ふと、お腹いっぱい食べれる方法を見つけた。

 愛に近付くと、耳元で小さな声で言った。


「愛、悪いけれど、一番大きなビスコッティと、一番大きなクロワッサンをいただけるかしら?」


 愛は了解の合図をして、一番大きなビスコッティと一番大きなクロワッサンを手に持った。

 両手で抱える様にやっと持てたフィアーは、円を描きながら上昇して行き、フット消えた。

 それをジッと見ていたアシュリーは、フィアーが他の妖精の為に持って行ったのだと思った。

 アシュリーと目が合った愛は、子供の夢を壊すのは良くないと思い、アシュリーに微笑んだ。フィアーの消えた空間を、愛とアシュリーはもう一度見たのだった。

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