第64話 忌み嫌われ物の昼食会
魔物の被害から免れていた王宮の一室で、既に招待客は席に着いていた。
隣同士で挨拶はしているものの、その部屋の雰囲気は悪く、これから忌み嫌われる物を食べされられると小さな声で言った人も居た。
テーブルの端に、手の平サイズの小さなクッションが置かれていて、事情を知らない参加者が不思議に思った。
アンドリュー王子とユリア王子が入って来ると、招待客全員が立ち上がって、二人を迎え入れた。
アンドリューが言った。
「一昨日の魔物の襲撃で皆さんお忙しい中、ようこそお集まり頂きました。
今回の会食には国の経済も関わっているので、厳正な見方で味を見て欲しいと思います。
それでは皆さん、宜しくお願いします。
今回の発案者である、愛橘様を紹介します」
愛が、松葉杖をつきながらゆっくりと入って来た。
そして軽く会釈をすると、笑顔で話し始めた。
「皆さま、お集まり頂き、ありがとうございます。
私の名前は、愛橘です。
今回の主催を務めさせて頂きます。
私の生まれ育った島国の日本では、イカとタコは好んで食べられています。今回お出しするのは、家庭で作られている人気の料理を集めてみました。料理担当は、調理師のダンさんにお願いしました。
尚、テーブルの端にある小さなクッションの上には、ドラゴンの妖精のフィアーが、既に座っています。
それでは皆様、お席に着いて下さい」
事情を知らない接待客が、座りながら騒めき始めた。
「これからフィアーが朝の清浄の光を皆様に当ます。そうすると、一時的にフィアーが見えて、話を聞く事が出来ます。
皆様、クッションの上を見ていて下さい」
半信半疑の人達も居たけれど、全員がクッションの上を見た。
フィアーは、見られているのを確認すると、清浄の光を作り出して放射した。
突然、清浄の光を当てられて、眩しいと言っている人も居たけれど、ホーテン商会の会長だけは、一瞬目を瞑っただけだった。彼は幼い頃、妖精を見た事があったので、フィアーが見え始めてもさほど驚かなかった。他の接待客は、再び騒めき始めた。
「ご静粛にお願いします。
フィアーが皆様に、お話をするそうです。
それではフィアー、宜しくお願いします」
室内は急に静かになり、フィアーが話すのを待っていた。
フィアーは、羽ばたきながらテーブルの中央へと進み出て、招待客の全員に自分が見える様に、ゆっくりと回転し続けた。
そして、威厳のある声で、ゆっくりと話し始めた。
「私は、ドラゴンの妖精のフィアーです。
昨夜、皆様もご存知の様に、人間とドラゴン族が協定に署名をしました。
その後、正式なディナーに招かれ、王族と魔法騎士団のリサと有意義な時間を過ごしました。
今回は、王都の有力者の方々が集まる会があると聞いたので、私も参加したいと申し出ました。何故なら、今回の協定を人々に伝えるのも私の重要な使命になったので、丁度良い機会だと思いました。
私が姿を表す事で、この協定が真実であると認識して頂けたのではないでしょうか?
この様な会に参加できた喜びと共に、愛様の料理を、皆様と共に堪能したいと思います」
言い終わるとフィアーは、クッションの方にゆっくりと戻っていった。
戻る途中で、招待客にはフィアーが徐々に見えなくなってきていた。
しかし、一人だけ招待客の中で引き続き見えていた人が居た。ジェラルドの娘のアシュリーだった。
フィアーは、クッションの上に舞い降りると、招待客には自分が見えないと思っていた。しかし、直ぐ隣に居たアシュリーだけが、じっと引き続き見ていた。
フィアーは、もしかして、自分が見えているのではと思い、小さな声で聞いてみた。
「こんにちわ。あなたには、私がまだ見えているの?」
アシュリーは、妖精を今まで見た事がなくて、突然の質問に目をパチクリさせた。
彼女は、小さな声で答えた。
「はい、見えています。ドラゴンの妖精さん」
子供の前では威厳の姿勢を崩せないフィアーは、計算が狂ったと思い、小さな口を少しだけ尖突き出した。愛の料理をお腹いっぱい食べようと思っていたけれど、それができなくなっていたからだった。
「最初の料理はイカとタコの天ぷらです。
小麦粉、卵に、冷たい水で溶いて、油で揚げて塩を軽くふりました」
各自に料理が配られた。
天ぷら粉で、直接イカとタコが見えなかったので、誰もが抵抗も無く口に運んでいた。不味いと言う人は居なく、淡白でも味わい深い味に、二口目を口にしていた。
「次は、イカとタコのカルパッチョです。
元の料理は生をお出ししますが、今回はアレンジしてみました」
各自に配られた皿には、少しのハーブと塩で味付けされたイカとタコ、そして野菜が載っていた。給仕係が、とても熱いオリーブ油をイカとタコに掛けた。
ジャーーー
イカとタコは少しだけ火の通った状態になり、芳ばしい、いい香りがしてきた。
その皿も全員が完食をしていた。
「これは、タコの煮込み料理です。ジャガイモとトマトを加えて煮込んでありますので、タコだけを食べるよりも、味わい深い味になったと思います」
これも、全員が完食をした。
次から次へと出される料理はどれも美味しく、食べている人達は、それが忌み嫌われ物のイカとタコだとは、既に思わなくなっていた。
フィアーにも、人間と同じ量の料理が出されていたので、だんだんとお腹が膨れてきていた。
アシュリーが隣に居たので、威厳を保つ為にはフィアーはそれ以上食べれなかった。
まだまだ沢山食べれたフィアーだった。
王都中の人達に、ドラゴンの妖精は大食いだよと言われるのだけは、絶対に阻止したかった。
美味しい料理が次から次へと出されるのに、目の前にあっても食べれない苦しさを、フィアーはひしひしと感じていた。
全ての料理が出されて、残す人は誰も居なかった。
しかし、それなのに、ただ一人怒りだす人が居た。
「なんたる事だ! どうしても理解できん!」
いきなり怒り出したホーテン会長のリッキーに、愛はその理由を知りたかった。
厳選した、美味しい料理をお出ししたのに、何故怒るのか愛には不思議だった。
「リッキーさま、お口に合わなかったのでしょうか?」
「口に合わない?
こんな美味しい料理は久しぶりで、堪能させてもらったよ。
ただ……」
今度は、リッキーは落ち込んで下を向いて話した。
「こんなにも美味しいイカとタコを、今まで食べれなかったと思うと……。
しかも、今まで商売のチャンスを逃していた。
もう悔しくて悔しくて! 自分に腹を立てて居たんだよ」
リッキーは、愛を見て、訴える様に強い口調で言った。
「愛さん。貴女の味覚には脱帽するよ。コーヒーの件といい、今回の件といい。
もしかして、別のアイデアも有るのではないかね?」
「それは……、無いと言えば嘘になります」
「やはりそうか。
それでは、是非お願いしたいのだが?」
愛は困ってしまった。
新しく創設される精鋭部隊の訓練などで、これからの彼女にはいくら時間があっても足らなかった。彼女が言い出したからには、本気で取り組みたかったからだった。
でも、国の経済も大切だと、昨夜ユリアから詳しく聞かされていた。
それに、税収が上がらなければ、肝心の精鋭部隊も人数が少なくなるかもしれないと、ユリアから念を押されていた。
ユリアが助け舟を出した。
「リッキーさん。
それは愛様に、アイデアだけ出してもらえればいい、と言う事ですか?」
「現場で指揮を取って欲しいけれど、コーヒーの店の様に、アイデアだけでも十分だ。それだったらお願い出来るだろうか?」
それならば、十分な時間ができると愛は思った。
それに、経済抜きにしては、肝心の悪の大魔導士を倒す事も出来なくなると、昨夜から認識を新たにしていた。
「それでしたら大丈夫です。
これからも、宜しくお願いします」
「おお、そうか。それは有難い。
こちらこそ、宜しく頼むよ。
ジェラルドの共同オーナーとしてやって貰えれば、商売もきっと上手く行く。
今回は来た甲斐がありましたよ」
そう言ったリッキーは、上機嫌だった。
お腹がまだ空いていたフィアーがその話を聞いて、目がキラリと光っていた。
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