第62話 暗記
日没後の会議まで時間があったので、愛は暗器を頼んでいたクゥイントンの店に行くことにした。
彼女は、王都の街並みを、ゆっくりと松葉杖をついて歩いて行った。
魔物の襲撃の爪痕が想像以上だったので、彼女は心を痛めた。人々の会話も愛の耳に入って来ていた。
王様が亡くなった……、海水の雨と魚……、巨大なドラゴン……、などの話をしていた。また、魔物からはどこに居ても逃げられない……、なども、ちらほらと耳に入った。
この世界に来た時の愛は、悪の大魔導士を倒す動機が殆ど無かった。
彼女の親しい人が亡くなり、風光明媚で有名だった王都が、魔物の襲撃で無残な変わリ果てた姿になった。悪の大魔導士を倒さなければ、同じ様な事が繰り返されるのは、火を見るよりも明らかだった。
父の生まれ育ったこの世界を、本気で守りたいと思い始めていた。
彼女の心の中で、大きな変化が起こり始めていた。
クゥイントンの店に着くと、店の一部分が火災で焼け落ちていた。彼は、奥さんと息子さん達と、後片付けをしていた。
「お早うございます。クゥイントンさん」
後ろから声を掛けられた彼は、聞き覚えのある声に、少し笑みを浮かべて振り向いた。
「おはよう、愛。
ここでは何だから、店の奥に行って話そう」
クゥイントンは、愛を店の奥にある、作業部屋に案内してくれた。
「ここは誰も来ないし、話が外に漏れないんでね。
それで愛、その足どうしたんだ? 昨夜の魔物に襲われたのか?」
「いえ、ドラゴンから飛び降りて、骨折をしたんです」
「ドラゴンから?
まさか、昨夜の巨大なドラゴンに乗って来たのか?」
「はい、そうです。
アンドリュー王子達と一緒でした」
「でも、不思議だな。あれくらいの高さから飛び降りただけで、愛が骨折をするなんて?」
愛は、ドキッとした。
クゥイントンは、体を触っただけで、その人の身体能力が分かり、その人に合った武器や防具を作ってくれる名人だった。彼は既に、愛の身体能力を知っており、それに合わせて薙刀も作ってくれていた。
「実は、ちょっとした事情があるのですが、今は言えないんです」
「ま、そうだろうな。その事情は武器を作る時に必要なさそうだな。
今日は、頼んでいた暗器を見に来たんだろう?」
「はい、それもあるのですが、防具もお願いしようと思って」
「防具? この間作った防具で、何か問題があったのか?」
「それが……、その……、ドラゴンと戦って、前足の爪を、もろにお腹に受けてしまったんです」
「……え、ドラゴンと戦った?」
クゥイントンは少し猫背だったけれど、背中が真っ直ぐになった。
「ちょっと待ってくれ!
レディングで、ユリア王子がドラゴンと戦って、女性が一人ドラゴンの爪で重傷を負ったと聞いたけれど、愛だったのか?」
これからも、ドラゴンと戦う可能性が高かったので、正直に言うしかないなと愛は思った。
「はい、私です」
「なんてこった!
ドラゴンの爪の前だと、あの防具では紙と同じだよ!」
「それで、相談なんですが。ドラゴンの爪でも大丈夫な防具をお願いできないでしょうか?」
クゥイントンは、今度は愛をジッと見つめた。
「……ちょっとした事情ではなく、深い事情!……があるみたいだな」
そう言われて愛は、肩を縮めた。
「まあいい。防具作りとは無関係だ。
しかし、対ドラゴンだと……、かなり値段がはるが、大丈夫か?」
「お金は問題ありません。ドラゴンを倒して得たお金が有りますから」
「ん〜〜。
ほんの短い間に、愛は大きく変わったみたいだな。
以前は、少しオドオドしていたのに、今は自信に満ち溢れている。
しかも、正義の怒りに燃えている様な……?
短期間でこうも変わるとは、正直言って驚かされたよ。
よし、最強の防具を作ろう! ただし、値が張るけどな」
「クゥイントンさん、宜しくお願いします」
「分かった。任せてくれ。
それと、試作の暗器が出来ているので見てくれ」
クゥイントンは、後ろの棚から、布に包まれた暗器をとりだした。
愛の前で布を解いて、出来栄えを聞いた。
「言われた通り作った。どうだ愛?」
愛は、暗器を手に持って、形状と重さなどを調べた。
「素晴らしい出来だと思います。
試し投げをしたいのですが、裏庭に行けばいいのでしょうか?」
「おお、そうしてくれ。
俺も見てみたいからな」
「分かりました」
二人は裏庭に行った。
そこは以前、愛とトニーが試合をした場所だった。
「そこの短剣用の板に投げてくれ」
「板の厚みは、どのくらいでしょうか?」
「指一本分はあるから大丈夫だ」
愛は、真空魔法と併用して暗器を投げたかった。
それだと、遠くに行けば行くほどスピードが早くなる。速度が早くなれば暗器がぶつかった時のエネルギー量も格段に増えている。
この板では貫通すると、直感で思った。
「失礼ですけれど、向こうの丸太でもいいでしょうか?」
クゥイントンの眉毛が持ち上がった。
「ああ、構わないが、かなり遠い。しかも、手の平ぐらいの幅しかないけど、大丈夫なのか?」
「はい! 大丈夫です!」
愛はそう強く言った。
骨折をした足に負担が掛かるといけないので、半分の能力で投げる事にし、橘流の暗器の構えをした。
真空魔法が常に暗器を引っ張るようなイメージで魔法を発動した、と同時に暗器を投げた。
空気を引き裂く音と共に、暗器が手を離れ、スピードが驚異的に増しながら丸太に刺さった。と思ったら、丸太を横真半分にして、暗器は更に飛んで塀に突き刺さった。
少しして、丸太の上半分が地面に落ちていった。
クゥイントンは、余りの威力に大口を開けたまま、暫くは暗器と丸太を見ていた。
「あ、あ、愛。今のは何だ?
お、俺の作った武器が、あの様な威力が出るはずが無い!」
クゥイントンは、余りの威力に、興奮をしていた。
「暗器を投げる時、魔法も発動したんです」
「魔法と併用……? と言う事か? 今まで、聞いたこともない投げ方だ!
そうか……、そうか、分かったぞ!
愛はこれで、ドラゴンと戦おうとしているんだな。
言わなくてもいい。でないと辻褄が合わない。
それを量産すれば良いんだな?」
「はい!
思っていた通りの効果が出たので、これでお願いします」
「一週間待ってもらえれば、防具と暗器が出来上がる。
これは、楽しみになってきたな」
クゥイントンは、これは腕が鳴ると思って目が輝き始めた。
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