第60話 飛葬
その日は、夜明け前から小雨が降っていた。
この世界の葬儀は、飛葬が行われる。
飛葬とは、東の山の中腹にある広場で、遺体を細かく切り分けて、天の鳥と言われている猛禽類に食べさす。骨も石で細かくして、全て天に返す習慣が昔から続いていた。
それを聞いた愛は、火葬と土葬しか知らなかったので、最初は残酷だと思った。けれど、亡くなった人の肉体を天に返す事によって、その人の魂も天に還る。魂と肉体が天に還らなかったら、不幸な人生の最後を迎えたと人々は信じていた。
宗教の無いこの世界では、飛葬が唯一の宗教的な行事だった。
国王も、一般市民も同じ様に飛葬する事によって、平等に、そして自由に天で過ごす事が出来るとされていた。
夜明け前から愛とジュリアの二人は起きて、いつもよりは早い朝食を黙って食べていた。朝食のメインは、昨夜の大竜巻で海水の雨と共に降って来た魚だった。その魚をふんだんに使った、豪華な朝食になっていた。
しかし、食事の内容とは裏腹に、気分が落ち込んでいた二人は、食べても味をあまり感じられなかった。
フィアーは昨夜から、今朝執り行われる飛葬の儀式を、猛禽族の妖精に伝える為にシャスタ山に行っていた。
ジュリが朝食を食べ終わる頃には、フィアーがシャスタ山から帰って来た。
「疲れたー。それに、お腹が空いたわ。
あれ、愛、もう食べないの?」
愛は、食欲があまり無かった。
ジュリアは、食べる前にはあまり食欲が無いと言っていたけれど、いつも通り完食をしていた。
「フィアー、残り物だけれど、食べる?
私、あまり食欲が無くて」
「本当に?
怪我をしたんだから、食事を沢山取って、早く治さないと。
でも、今回だけは仕方ないかもね。私が食べてあげるわ」
フィアーはお皿の縁に止まって、両手を使って食べ始めた。今回も、余程お腹が空いていたのか、綺麗に平らげた。そして、小さな声で言った。
「今回も、昨夜と同じレベルの味だったわ。
やはり、愛に付いて来て正解ね」
自分の名前を呼ばれたと思った愛は、フィアーの方を振り向いた。
「え……? フィアー……? 何か言いました?」
フィアーが言った、小さな小さな声に愛が反応した。彼女の感覚の鋭さに、今更ながらフィアーは驚いた。
「え、そのう……、……独り言。
そう、独り言を言っただけよ」
何か変だな〜〜と思った愛だったけれど、これから執り行われる飛葬に、意識が戻って行った。
愛とジュリアは、夜明け前に王宮の前の門に行った。
死者を見送る為に、沿道には既に多くの人達が集まっており、悲しみの声が聞こえて来ていた。準備の整った遺体から既に山に向かって運ばれており、遺体は白い布で覆われ、六人の人達がその遺体を板の上に乗せて運んでいた。
しばらくすると、向こうからクリス達が遺体の乗った板を担いでこちらにゆっくりと歩いて来た。最愛の妻を亡くした彼は、沿道から声を掛けられても軽く頷くだけで精一杯で、返事をする事が出来なかった。
彼女達の前を通り過ぎる時に、二人はクリスに声を掛けた。彼が二人に気が付くと、軽く頷いて、ゆっくりと前を通り過ぎて行った。
王宮から、ひときわ大きな悲しみの声が沸き起こっていた。
愛達が王宮の方を振り向くと、アンドリューとユリアが見えた。彼等は、真っ白な布に覆われた、王様の遺体が載っている板を担いでいた。
愛達の前を通り過ぎる時に、彼等はこちらに気が付いた。涙で滲んだ目で合図をして、軽い会釈をした。
愛達も、涙ぐんだ目で合図をして、深々とお辞儀をした。
王様の遺体の後には、数多の人達が別れを惜しんで、後から後から付いて行っていた。その中には、マリサやトニー、ダンなどの知った顔ぶれもあった。
飛葬の場までの往復は、松葉杖の愛には時間が掛かり過ぎるので、ここで彼らを見送っていた。
見送りながら、フィアーの言っていた食物連鎖とタコ、そして今日の飛葬を合わせて考え始めた。
元いた世界では、人間が食物連鎖の頂点に立っていた。けれど、ここの世界の人間は、食物連鎖の一部分でしかないと認識を新たにした。そして、それが人間にとっては、最も自然な事ではないかと思い始めていた。
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