第58話 海よりも深い事情


 ダンの強い拒否に、愛は心が折れそうになっていた。

 しかし、しかし。

 タコを調理して、みんなに食べて欲しい欲求が彼女にはある。彼女の調理師魂が、猛火の如く燃え上がった!!


「ダンさん!!

 忌み嫌われ物だからって、とっても、とっても美味しいのに!

 食べる機会が今回あるのに! みんなに食べさせないでこのまま一生を過ごすなんて! 私には耐えられません!

 ダンさんが、他国に行って、タコをそこで食べていたら、それでもダンさんは食べないんですか? 味見もしないんですか!?」


 ダンは、愛の凄まじい気迫に目の玉が飛び出る程驚いた。彼は、完全に彼女に圧倒されていた。今まで知っていた彼女とは、全く違っていた。

 しかも、彼女の言っているのが、まさに調理師の王道だと彼は思って、考え方を変えざるを得なかった。


「わ、分かった。

 愛の言う事にも一理ある……、と思う。

 取り敢えず、タコを地下の氷部屋に入れとくから。足が治ったら、タコを調理してくれや。

 話はそれから……、な。

 まだ、弁当を配らなければいけないんでよ、これで行くわ」


 ダンは、タコと魚を拾って、彼女から逃げるように、そそくさと階段を降りて行った。

 フィアーが、珍しい物でも見る様に、愛を見つめた


「愛でも怒ることがあるのね。びっくり!」

「え……? 私、怒っていました?」

「気迫がね。普通ではなかったわ。

 でも、タコって美味しいんだ。知らなかった。

 でも……」


 フィアーは、少し考える様に下を向いた。

 さっきまで元気だったフィアーが、急に落ち込んだ様になっていったので、愛は心配して聞いてみた。


「フィアー、どうしたんですか?

 急に元気が無くなった様な気がするんですが?」

「は〜〜。

 愛だから言うけれど、人間がタコを食べ始めるのは、別に構わないんだけれどね。

 当然だけれど、タコの妖精も居るのよ。手足がタコで、とっても可愛い男の子の妖精が。

 けれど……、その妖精に……、これから人間達がタコを食べ始めるよって、言いづらいのよね。

 いいのよ、いいのよ。人間がタコを食べても。

 食物連鎖で、食べる分にはね。

 でも……、今まで安泰と海の中で暮らしていたタコにとっては、災難だな〜〜と思うと、私は素直には喜べないのよね」


 フィアーの余りにも深い事情に、愛は失敗したと、海よりも深く反省した。

 王都の火災を消すために、海水だけを吸い上げれば問題は全く無かったけれど、明らかに後の祭りだった。

 しかし彼女は、この世界にタコがいる事を知った。もはや、食べないという選択肢はなかった。

 後悔しても後戻りが出来ず、しばらくはフィアーと一緒になって、弁当も食ずに俯いていたのだった。



 ーーーー


 トニーは、消火活動を手伝っている時に、かすかに、人が助けを呼ぶ声が聞こえた。

 声を頼りに行ってみると、リリアが必死に助けを求めていた。


「どうしたんだ、リリア?」

「あ、トニー、お願い助けて! お爺様が下敷きになって、意識がないの」


 リリアの指差す方を見ると、コーリーが棚の下敷きになっていた。火災は鎮火していたものの、薬師の部屋は焦げ臭い匂いで充満していた。

 トニーは慎重に、慎重に棚を持ち上げて、コーリーを救い出した。

 見た目は足に軽い怪我をしているだけだったけれど、明らかに頭を強く打ったみたいだった。

 彼はコーリーの頭を調べると、思っていた通りに頭から血が出ており、強く打ったと確信した。

 トニーは、以前に自分自身脳震盪を経験していて、マリサがこの場合、動かさない方がいいと言っていたのを思い出していた。コーリーもこのままにして、治癒師を呼んだ方がいいと彼は判断をした。


「リリア、コーリーは脳震盪を起こしているみたいなので、このまま動かさない方がいい。僕がこれから治癒師を呼んでくるから、君はここにでお爺さんをみていてくれ」

「はい、分かりました。

 トニー、ありがとうございます。ここで待っています」


 と言って、リリアはトニーを見つめた。

 トニーはリリアの返事を聞くと、治療師を探しに行った。

 彼女の目付きが、いつもトニーを見る目付きとは少し違っていた。


 しばらくすると、トニーは治療師のケイラを連れて来た。


「コーリー爺さん、脳震盪を起こしたんだって?」m

「はい、多分。

 倒れてから、意識が戻らないんです」

「分かったわ。

 リリア、私と交代して」


 リリアは直ぐに、ケイラと交代した。ケイラは直ぐに治癒の魔法を発動すると、コーリーの目が少しだけ開いて、何かを言おうとしていた。

 ケイラが顔をコーリーに近づけて、何を言っているのか聞き取ろうとした。


「コーリー、リリアは大丈夫よ。

 私の隣に居るわ。だから、安心して」


 コーリーは小さな声でありがとうと言って、ケイラにお礼を言った。


「私は治療をしただけよ。

 コーリーは、脳震盪を起こしていたのよ。

 もし動かしていたら、目覚めなかったかもしれないわ。お礼なら、リリアに言った方が良いわよ」

「いえ、私でなくて、トニーがお爺様が脳震盪と言ってくれたので、その様にしたんです。お礼ならトニーにして下さい」

「へー、トニーが?

 見かけによらず、やるね」


 トニーは少し恥ずかしそうに、頭の後ろを掻いていた。リリアは、トニーの判断が正確だったのに驚いて、再び彼を見た。

 そして、トニーを見る目が、変わっていった。

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