第57話 忌み嫌われ物
「は〜〜。疲れるわ〜〜」
フィアーが、先程の威厳に満ちた言葉遣いから、普通の言葉使いに変わっていた。顔つきも、今のフィアーは、気の抜けた、隙だらけの、可愛い顔つきになっていた。
愛は、シャスタ山でも経験したけれど、余りにも違う変容ぶりに思わず微笑んでいた。
リサは、フィアーの話が最後まで聞こえなかったので、愛に聞いてみた。
「フィアーは、最後に何を言おうとしていたの?」
「要約すると、リサに当てた光は朝日と同じ清浄の光で、ほんの僅かな時間しか妖精が見えないんです。朝日が登り切る時間だけ、誰でも妖精が見えるのですが、その光の効果しかなかったという事です」
下の方から、伝令係がリサを呼んでいた。
リサに緊急の話があるので、下に降りてくださと。
「私はこれから下に降りるけれども、一人でも大丈夫よね」
「はい。もちろんです。
フィアーもすぐ横にいますから。どのみち、この足では動けないので」
「愛には、本当に驚かされる事ばかりだったわ。
後で、誰かに乾いた布を持って来させるわ。
お互い、ずぶ濡れね」
そう言って、リサは微笑んだ。
「あとで、ゆっくりと話しましょう」
リサは、愛が返事をする前に、急いで階段を降りていった。
入れ替わりに、ダンが息を切らしながら階段を登って来た。
「はー、はー、はー。
この塔は……、思っていた以上に高い……」
突然、調理師のダンがここに来たので、 なに事が起こったのかと、愛は不安になった。
「ダンさん、どうしたんですか?
こんなに高い塔まで登って来て」
「ここにも数人いると聞いたんで、お弁当を持って来たんだよ。
今よ。調理師が手分けして弁当配ってんだよ。みんなお腹をすかして働いているからよ。
そうだ、愛の意見を聞きたい事があるんでよ、食べたら意見を聞かせてくれよな」
「あ、はい」
ダンは背中の籠の中には、お弁当とコーヒー、そして魚が入っていた。
フィアーが、急に元気になって来た。
フィアーの小さな目が、私にも頂戴と、愛に笑顔で必死に訴えかけていた。先ほどの、威厳のある言葉を言った同一ドラゴンとは、とても、とても思わない程に、更に変わっていた。
笑いが喉元まで出かかったけど、愛は必死に抑えた。
「それで愛よ。ここには何人分置いていけばいいか?」
「え〜〜と、二人分でお願いします」
あまりにも嬉しいのか、フィアーは空中でクルクルと回り……? 踊り始めた。
ドラゴンが踊るとは思っていなく、とても愛らしく踊っていたので、フィアーの動きを追っていた。
「おう、そうか。二人分だな。
ちょっと待ってくれよな」
ダンは、お弁当と紙袋に入れられた物を、二つずつ愛に渡した。
「どうしたんだ愛?
空中に何か居るのか?」
「い、いえ。何でも無いんです。
それより、この袋は何ですか?」
「それだよ。愛の意見を聞きたいんだよな」
愛は袋を開けると、元いた世界でよく食べていた、ポップコーンが出てきた。
「あ、これ、ポップコーン。
どうしたんですかこれ」
「それ、ポップコーンて言うのか。
それがよ。厨房の入り口に吊るしていたトウモロコシに、ヒドラの火炎が当たったんだ。そしたらよ、ポンポンポーンってトウモロコシが弾けてよ、これが出来たんだよ。
いやー、驚いたのなんのって。
その後よ、無我夢中で次のトウモロコシをそこに吊るしたらよ、また火炎が来たんだ。そしてらこの、えーと、ポップコーンだったかな。これが大量に出来たんだよ。
味見して意見を聞かせてくれないか?」
「は、はい、もちろんです」
ダンの、命をかけたポップコーン作りに、愛は圧倒されていた。
一つだけ口に運んで、食べてみた。
懐かしい味が口一杯に広がって、姉と縁日で一緒に食べた日の事が脳裏に浮かんできた。まさかここで、これを食べれるとは夢にも思わなかった愛は、少しだけホームシックになった。
もう一つ食べて、今度はよく味を確かめた。
味が塩だけだったので、少し物足らないなと思った。
「美味しいです。
けれど、塩味だけだと味が単調で、もう一工夫できるので、それをしたらどうでしょうか?」
「もう一工夫と言うと、どんな事をするんや?」
「溶かしたバターを混ぜても美味しいですし。或いは、砂糖をキャラメル状にして絡ませれば、別の味が加わって楽しめますよ。
足が治ったら、ダンさんに、作りながら教えますね」
「足?
お〜〜、愛。どうしたんだこの足!
途中から、変な方向に曲がっている。誰か呼んで来ようか?」
ダンは、愛の足に気が付いて、気が動転しだした。
横にいたフィアーも、今、気が付いたみたいで、心配そうに愛を見つめた。
「ジュリアが呼びに言っているので、大丈夫ですよ。
それに、リサが応急処置をしてくれたので、見た目よりは痛く無いんですよ」
「そ、そっか。それなら大丈夫だな。
本当にびっくりしたや。足がこんな風に曲がっているのを始めて見た。
そう言えば、海水が降って来た後で、魚が大量に降った来たので驚いたのなんのって。
弁当を配りながら、魚を拾っているんだよな。
それにしてもよ、リサの魔力は凄いよな。
さすがだと俺は思ったね。王都中の火災を海水で一瞬の内に消火するんだからよ」
「そ、そうですね。
ここで見ていたんですけれど、凄いと思いました」
愛は、自画自賛しているみたいで、すぐに話題を変えた。
「ダンさんにお願いがあるんですが、タコはご存知ですか?」
「おお、知っている。忌み嫌われ物だろ?」
「そこに、空から降ってきたタコが居るんですけれど、それを地下の氷の部屋に持って行ってくれませんか?」
「これは忌み嫌われ物だよ。地下の氷の部屋に持って行ってどうするんや?」
ダンは、奇妙な目で愛を見始めたのだった。
「私がいた国では、これを調理して食べるんですよ。
足が歩ける様になったら、調理して皆さんに試食して頂こうと思って」
「これを……?
止めとけや、愛! 誰も食べないからな! この忌み嫌われ物のタコは!」
ダンは、断言する様に愛に言ったのだった。
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