第52話 降下


 愛達は、王宮の上空に飛来していた。

 その時、ヒノキの妖精がフィアーの所に飛んで来て、ユリア達の情報を伝えた。

 細かな情報を受け取ると、ヒノキの妖精は再びユリア達の所に帰って行った。


「ユリア達、成功したみたいね」


 それを聞いた愛達は、一様に安堵し、フィアーの次の言葉を待った。


「彼等を生きたまま、捕らえたみたい。

 それで、魔物を操っていた男を簡単に治療した。そして、王都で襲わせていた魔物達を引き揚げさせる魔法を発動させたみたいね。でも、闘争本能に火を付けているから、一部の魔物はコントロールが効かないみたいね。ヒドラも、コントロールが効かないそうよ。残念だわ。

 そして今は、敵のお弁当を食べているって、言っていたわ。

 羨ましいわよね。私も、お腹が空いたわ。人間の作ったお弁当って、最高に美味しい。今まで、素材をそのまま食べていたのよ。それはそれで、美味しいんだけれど……。

 あ、ごめんなさい。つい、愚痴ってしまって」


 素材をそのまま食べる?

 愛は、その意味する所が何なのか、やっと脳に達した。

 フィアーは、それはそれは美味しそうに、お昼のお弁当を食べていた。味付けもされていない食材を、生で食べていた? そうであれば、評判の調理師が作ったお弁当は、美味しいのは当たり前だっと思った。しかし、あの蠢くものだけは、未だに好きにはなれず、吐き気が常に襲ってくる。

 それにしても、ユリアとナイトが、敵のお弁当を食べているのには一瞬、耳を疑った。ジュリアの影響なのかなと、思わざるをえなかった。愛の頭の中で、ジュリアのあの言葉が何度も繰り返されていた。 “感情よりも、お腹に聞け”


 少しして、フィアーの緊張した声が伝わって来た。


「愛、もすぐ着くわ」


 眼下を見下ろすと、ヒドラが二頭、火炎で攻撃を繰り返していた。

 かなり上空にいるので、二頭のヒドラは、こちらの方に気が付いていないみたいだった。

 愛は、薙刀を背中に装着して、下降の準備をした。

 フィアーを見ていると、目で合図を送って来た。グラウンドビッグマザーから降下する為、端に移動した。


 グオ〜〜〜〜〜〜


 火災旋風の音が聞こえて来た。そして、火傷しそうな熱い風が、頬を通り過ぎて行く。

 この中を、降下すると思うと、足が竦んでしまった。理性が、危険だよって頭の中で警告を鳴らしている。

 しかし、愛が降下して魔法騎士団に伝えないと、この戦いは終わらない。

 ふと、王宮で知り合った人達の事を思い出した。薬師のコーリーと孫娘のリリア。騎士団のジャック。魔法騎士団のジョウダンとアン、そしてリサ。それに、愛と同じ調理師のダン。

 彼等がこの劣勢の状況下で、今でも戦いを続けていると思うと、勇気が湧いて来た。

 私だけが、危険の中に飛び込もうとしているのではない。彼等は、自らの危険を冒して戦ったいる。

 そう思ったら、自然と体が動き始め、火災旋風の中に飛び込んで行った。


 ーーーー


「ダンさん危ない!」


 ヒドラの火炎が、厨房にまで入り込んで来た。

 中庭の、一番近くで作業をしていたダンは、その声で、とっさに身を避けた。


 ポンポン、ポンポンポン、ポンポン、ポンポンポン。


 何かが弾ける音が、厨房中に響いた。

 入り口に吊るしていた、トウモロコシの束に火炎が当たって、ダンは直撃を受けずに済んだ。

 しかし、何か芳ばしい、いい香りがすると思って彼は足元を見た。フワフワの、白い、小さな何かが目に付いた。

 彼は長年の経験から、この芳ばしい、いい香りはこれだと思って一口食べた。

 今まで経験したことの無いような食感と、味に驚いた。トウモロコシから、この様な食べ物が出来るとは思いもよらなかった。

 彼の、調理師としての魂に火がついて、内側に吊るしていたトウモロコシを、入り口に吊るし始めた。


「ダンさん、何をやっているんですかーー!?」


 大声で、部下の一人が叫んだ。

 ヒドラの火炎が直撃するかもしれない入り口に、ダンは黙々とトウモロコシを吊るしていた。


「お前達は、下がっていろー! 危険だーー!」


 部下達は、怖くてダンに近寄る事も出来ずに、ただ見守るしかなかった。

 吊るし終わると、ダンは部下達の所に戻った。そして、床に落ちていた、弾けたトウモロコシをみんなに配った。


「これを食って見ろやーー!」

 俺は、これを作ろうとしているんやーー!」


 部下達は、訳が分からずに、ダンから渡されたのを食べた。

 みんなの顔が、一斉に変わって行った。

 その時、再び火炎が厨房の中に入り込んで来た。


 ポンポン、ポンポンポン、ポンポン、ポンポンポン。


 再び、トウモロコシの弾ける音が厨房中に響いた。

 床には、芳ばしい香りのトウモロコシが、大量に出来上がっていったのだった。


 ーーーー


「キャー! リサー! どいてーー!」


 いきなり人の声が上から聞こえて来て、リサが反射的に上を見上げた。

 誰かが、上から降って来ていて、彼女とぶつかる寸前だった。

 彼女は、衝突を避ける為に、とっさに塔の壁にへばり付いた。

 愛は、リサの気配が分かると、ウインドの魔法で微調整しながら降下して来た。しかし、火災旋風で、上手くコントロールが出来なかった。


 ドサ。


「痛〜〜い!」


 かろうじて、リサの居る塔に降下する事が出来たものの、三階から飛び降りる速度になっていた。そして、彼女は着地に失敗して、右足を捻挫してしまった。

 リサの目が大きく見開いて、愛を凝視した。


「愛? 愛なの?

 なんで? なんで愛が空から降って来たの!?」


 愛は、捻挫した足をかばう様にして立ち上がった。

 しかし、庇った足が少し動いて、激痛が走ったのだった。

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