第51話月夜の薄明かりの下で

 愛達が王都に着く頃には、既に夜になっており、満天の星が光輝いていた。

 東の夜空が、少し明るくなり始めていて、月が登り始める直前だった。

 遠くからだと戦況が分からなかったけれど、近付くにつれて、王都の至る所で火災が発生しているのが見え出した。王宮も火災で、夜空に浮かび上がって見えていた。

 愛達は、見つかる危険を避けて、魔物を操っている男達の背後に回る様に迂回して飛んだ。山の木々の妖精達は、グラウンド・ビッグ・マザーが飛行して来るのを確認すると、愛達に最新の情報を届ける為に、頻繁に飛来して来ていた。

 そして、フィアーは最新の情報を愛達に言った。


「彼らの一人は、眼下の王都を見ながら笑っている。もう一人は、余裕ができたか知らないけれど、お弁当を食べているみたいだね。

 ヒノキの妖精によると、彼らの後ろに、グラウンド・ビッグ・マザーが静かに着陸出来る場所があると言っている。

 ここからだと暗くて見えないけれど、妖精達のおかげで、正確な位置に誘導してくれる」


 羽ばたく音が、静かな森の上空に聞こえて来ていた。

 愛達を乗せたグラウンド・ビッグ・マザーは、妖精達に誘導されながら空き地に降りたった。そして、ナイトとユリアを降ろすと、再び舞い上がって行った。

 ナイトの、夜でもよく見える目を頼りに、妖精に導かれながらユリアは夜の森の中を進んだ。


「もう少し右だよ」


 ヒノキの香りを漂わせながら、ヒノキの妖精が言った。


「ニャーーー」


 ナイトは小さな声で返事をすると、右の方に、方向修正した。

 月が登り初めていた。

 森の中の暗闇の中、薄ぼんやりとした月の光が差し込んで来た。

 月夜の、薄明かりの下で、ユリアは、ナイトの後を付いて行くだけで精一杯だった。


「もうすぐだよ。静かに移動して」


 妖精から、緊張した声が伝わって来た。

 前方方向を見ると、火災で赤く空が染まった夜空の中、シルエットの様に一人の人影が確認できた。

 ユリアが小さな声でナイトに言った。


「僕は、あの人間を襲う。

 ナイトは、もう一人の人間を頼む」

「ニャー」


 ナイトは、小さな声で、了解の返事をした。そして、左前方にゆっくりと移動をして行った。

 ユリアのすぐ顔の横には、ヒノキの妖精が居た。そして彼は、足で踏んで音を立てそうな枯れ木の位置を、細かに彼に耳打ちしてくれていた。

 突然、左の方で、男の悲鳴が聞こえて来た。


「ぎゃ〜。痛い!

 何かに襲われ……」


 その言葉が最後で、男の倒れる音が、その後しただけだった。


「おい、ジュン。どうした!」


 ジュンの悲鳴を聞いたトリッガーは、彼に呼びかけたけれど返事は無かった。


「クッソー。敵か!」


 トリッガーは、鞘から剣んを抜こうとした時、闇夜からユリアが攻撃を開始した。

 ユリアの剣が、トリッガーの横っ腹に命中するかに見えた。しかし直前に、防御魔法が発動して、ユリアの攻撃を防いだのだった。直ぐにトリッガーは剣んを抜いて、応戦に転じた。

 薄明かりの静かな森の中、二人の剣の交じり合う音が鳴り響いた。

 悪の魔導士の幹部だけあって、トリッガーは、ユリアと互角の勝負を繰り広げていった。

 薄明かりの月夜の中、お互いの太刀筋は、ほとんど見えなかった。二人は、神経を研ぎ澄まして、気配だけを頼りに戦っていた。

 しかし、お互いに太刀筋が見えないので、二人とも何度も防御魔法が発動されていた。そして、それぞれの防御魔法を使い切ったその時だった。ユリアが右に回り込もうとした時に、足元が見えなかったので、石に躓きそうになった。

 それを見逃さなかったトリッガーは、隙が生じたユリアを猛攻した。ユリアの剣が宙に浮いて、後ろの方に突き刺さった。


「ハー、ハー、ハー。

 何処の誰だか知らねえが、これで終わりだ!」


 剣を、ユリアの喉に突きつけて、トリッガーが言った。

 ユリアは、トリッガーの真後ろを見た。ナイトが、木の上から襲いかかろうとしているのが、夜空に浮かぶシルエットで分かった。


「僕には相棒が居てね。

 ほら、君の直ぐ横だよ」


 ユリアは、わざと間違った方向を言った。

 トリッガーは、とっさに意識を横に向けた。その隙を、見事にナイトが見極めて、彼めがけて襲って来た。


「ぎゃー!」


 トリッガーの背中を、ナイトの鋭い爪が引き裂いて、爪痕から鮮血が吹き出て来た。

 彼は苦痛で倒れていった。

 ユリアはため息を吐いて、優しい目でナイトを見た。


「ナイト、ありがとう。助かったよ。

 君が居なければ、殺される所だった。

 月夜の、薄明かりの下で戦うのは、難しかったよ」

「ニャー、ニャー」

「え、ナイトはそう思わないんだね。

 猫は、夜に本領を発揮すると聞いたけれど、今夜、それが証明された訳だね」

「ニャーーー」


 ナイトは、話が終わると、少し移動して、再び鳴いた。

 ユリアが近づいて行ったら、彼らの弁当が一つ残っていた。


「え、これを、食べようって」

「ニャーー」

「んー、そうだよね。

 お昼ご飯を食べて、時間も経っている。それに、グラウンド・ビッグ・マザーが迎えに来てくれるまでは、時間がかなりあるしね。

 ジュリアの言葉を思い出したよ。


“感情よりも、お腹に聞け”


 例え敵のお弁当でも、お腹を空かしていたら、次の戦いに力が入らない。だから、敵のお弁当でも、食べなければならない。それが僕とナイトの、今の戦いになるんだ、と言いたいんだろう?」

「ニャー」

「よし、食べよう」


 ユリアは、月夜の薄明かりの下で、敵の美味しい弁当を、ナイトと分けながら食べ始めたのだった。

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