第50話 避難
フィアーは、先程シャスタ山から帰って来て、王都の状況を説明をしてくれた。
「ヒドラが二頭、翼を傷つけられて、王宮の中庭に降りた。彼らは怒り狂って、手当たり次第、火炎攻撃をしているみたい。王宮内で多数火災が発生している。
王都の方も、反撃はしているものの、負傷者の数も増えている。火災も多数発生して、その数は増えている。このままだと王都は制圧されかねないわね。
山頂の少し開けた場所に、魔物を操っている男が二人いる。この二人を最初に何とかしないと、戦闘は終わらないわ。
それと、ドラゴンはドラゴンと戦えないと言ったけれど、今回だけは直接グラウンド・ビッグ・マザーが戦ってくれと言ってくれている。ヒドラはまだ子供で、長く苦しい状況下に置いて居るのを、このまま見ていられないみたい。
それに、彼らを操っている奴を殺しても、魔の魔法によって、既に理性が破壊されているので元の状態に戻れないからだそうよ。
これを実行するには、王宮に居る人達に、グラウンド・ビッグ・マザーを攻撃しないように伝えて欲しい。
これは、愛にしか頼めないわね。まだ成功した事無いみたいだけれど、大丈夫よね?」
名指しで指名を受けた愛は、反射的に後ろに仰け反った。
上空から、王宮に降下出来るでしょうと、フィアーは言っているからだった。
今朝の、断崖絶壁からの降下をフィアーは見ていて、その時は三人の体重だったから上手く行かなかった。けれど、今回は一人なので、大丈夫だろうと、フィアーの判断だった。
その時の愛は、無我夢中でした事であり、考えた末での決断では無かった。自信があると言えば嘘になる。成功していないのが、何よりも彼女の心に引っかかっていた。
でも、あの短い時間内で、多少のコツは掴んでいたので、勇気を振り絞って了解の返事をした。
アンドリューが、フィアーの報告に対しての、最初の提案をした。
「そうすると、二人ぐらい山頂の近くで下ろしてもらって、魔物を操っている奴らを殺すか捕まえる。
残りの者は。王宮に下ろしてもらう。
それでいいかな」
みんなは頷いて、賛成の意思を示した。
「ニャーー」
「なんだいナイト?
もしかして、山頂に行ってくれるのかい?」
「ニャー」
「そうか。それは心強いよ。
前回の実績があるからね。もう一人誰か?」
アンドリューは、残りのメンバーを見たら、ユリアが決心をしたように言った。
「兄さん、僕が行くよ」
「そうか。ユリアが行くか。
頼むぞ。これは、王都の命運がかかっている」
「分かっているさ、兄さん。
ナイトとだったら問題ないさ。ナイトもそう思うだろ」
「ニャーー」
「よし、頑張ろうナイト」
「ニャーーーー」
ナイトは力強く、長く鳴いて、自らを鼓舞していた。
ーーーー
「上手くいっているな。
王宮の中は、ヒドラの火で火災が発生している。それに、騎士団達も、ヒドラの火炎攻撃が怖くて怯えてやがる。
王都も予定通り、火災が至る所で発生している。反撃はしているものの、それも段々と少なくなってきている。これは思ったよりも楽勝だったかもな」
トリッガーは気が触れたかの様に、ニタニタと笑って、止まらなくなっていた。
部下のジュンは、魔物をけしかけたので、やる事がほとんど無かった。時々、カラスから来る情報を、トリッガーに伝えるだけだった。
彼は、ドラゴン酔いも完全に治ったので、一人で美味しいお弁当を食べ始めていた。
ーーーー
「お爺様、早く逃げないと焼け死んでしまいます!」
「リリアだけ先に逃げなさい! 薬草を置いては逃げられない!」
王宮の薬師であるコーリー爺さんは、同じ薬師でもある孫娘のリリアに避難するように言われ続けられていた。しかし彼は、命よりも大事な薬草を置いては避難出来なかった。
突然、ヒドラの猛火が窓から入り込み、乾燥させてあった薬草棚に火が燃え移っていった。
「お爺様早く。
薬草は、買えばまた手に入りますが、お爺様の知恵はお金では買えないんです。ですからここは避難して下さい。お爺様が避難しないと私も避難しません」
「おー、リリア。そんな事は言わないでくれ。
ここには、今では入手困難な薬草もあるんだ、だか……、危ないリリア!」
コーリー爺さんは、リリアに倒れかかって来た棚を見て、リリアをそこから押しのけた。
しかし、彼はリリアの代わりに、棚の下敷きになってしまった。
「キャー! お爺様! お爺様!」
下敷きになったコーリー爺さんは、打ち所が悪かったのか、リリアの必死の呼びかけにも応答がなかった。最悪なのが、倒れて来た棚の下敷きになっていて、リリア一人の力では動かす事が出来ないでいた。さらに、コーリー爺さんの方に、火が段々と近づいて来ていたのだった。
リリアは必死で助けを求めたが、既に人々は避難していたので、誰もその声を聴く者がいなかった。
ーーーー
一階の厨房では、調理師のダン達が、必死の形相で作業を進めていた。
晩ご飯を配膳する前だったので、ここには大量の調理済み食品が有った。これをダン達は、お弁当箱に、忙しく詰めていたのだった。
すぐそこの、中庭で暴れているヒドラにも負けないくらいの大声で、ダンは言った。
「弁当箱が足らない。誰か、もっと地下から持って来てくれや!」
「ダンさん。俺達も、逃げなくていいんですか?」
「何を言っているんや!
騎士団達が、お腹を空かせながら必死で戦っているのに。それを知っていながら、俺達、調理師がコソコソと避難できるか?
俺は出来ない!
ここで、みんなのお腹を満たす為の弁当作りが、俺達の戦いなんだ!」
ダンが力強く言ったら、最後までそこに居た調理師十数名は頷いた。
そして彼らは、目の前の弁当作りに、それこそ、命をかけて作り続けていたのだった。
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