第42話 ドラゴンの妖精、フィアー


アンドリューが心配をして、鼻を摘んで変な声出して、ジュリアに真剣な目付きで聞いた。


「本当に大丈夫なの?頭、正常に働いてる?」

「もう、アンドリューったら。大丈夫よ。

それより、貴方と最初に会った時、近くで咲いていた山桜覚えている?」

「ああ、覚えているけれど、それと今回の事と関係がある訳?」

「あの山桜、さわやかな香りが降り注いで、私達を包んでくれていたわ。その香りがこの風の中にあるのよ。もう懐かしくって、涙が出るくらいに嬉しかったわ」


アンドリューは、彼女が少し興奮はしているものの、正常の範囲内であると分かった。彼は恐る恐る、鼻から手を離した。そして、ゆっくりと洞窟から流れてくる風を鼻から吸うと、色々な匂いがして来た。その中で、ジュリアが言っていたあの山桜の香りがした時、懐かしさのあまり当時の光景が蘇って来た。


「うん、うん。分かるよ。この香りだね。懐かしいよね。

でも、どうして洞窟の中から山桜の香りがするの? 不思議だよね」

「それは分からないけれど、愛の言っていた様に、これは危険な匂いではないわ。本当に、どの様な表現が良いのか分からないけれど、この世界の良い香りが、全て有るって感じよね」


それを聞いていたマリサとトニーは、お互いの目を見つめ合って、同時に頷いた。そして、彼等もまた、鼻を摘むのを止めて、鼻から大きく息を吸った。マリサは最初、余りにも多くの匂いがしたので、匂いに圧倒されてしまった。しかし、目を閉じて匂いを選別して行くと、懐かしい香りが識別できた。それはオシロイバナの爽やかな香りで、トニーと夜の散歩に言った時だった。辺りに漂っていたその花の香りは、今でもよく覚えていて、忘れられない香りでもあった。マリサは目を輝かせながらトニーに言った。


「トニー、二人で夜の散歩に行った時に、オシロイバナの香りがしていると私が言ったこと覚えている?l

「うん。もちろん覚えているけれど……」


トニーはその香りを探す様に、一度大きく息を鼻から吸った。すると、あの時の懐かしい香りがあって、気持ちが高まって来た。


「あ、この香りだね。懐かしいな〜。そうだよ、これだよ!

でも、アンドリューが言っていたけれど、どうして洞窟の中からこの香りがするの?」


誰も答えられなかったけれど、それを聞いたユリアは、仲間が正常だと判断をした。そして、彼もまた鼻から息を吸い始めた。余りにも多くの匂いがあったので、どれがどの匂いかは全く分からなかった。しかし、一つだけ懐かしい香りがした。それは、愛と真夜中に海岸で一緒に歩いていた時に匂っていた、海の香りだった。彼は、どうして多くの匂いの中から、この香りが分かったのか不思議だったけれど、それを口に出しては言えなかった。しかし、皆んなの言いたい事は分かったのだった。ユリアが言った。


「洞窟の奥に入ると、フィアーに会える。彼に会えば、この匂いの謎も解けるので、先に進もうよ」


皆んなが賛成の意思を示して、先頭のマリサの光の魔法で、洞窟を照らしながら先に進んだ。

しばらく行くと、夢で見た天井から光が射している広い所に出た。彼等が入って行くと、不思議な事に、辺りが段々と明るくなって行ったのだった。

神秘的な現象に気を取られていると、洞窟の奥から、宙に浮いた光り輝く何かがゆっくりと近づいて来た。それは、小さな青色のドラゴンで、夢に出て来たドラゴンの妖精のフィアーだと分かった。片手で乗るぐらい小さなフィアーは、羽ばたいて来て、愛達の前で止まった。そして、ゆっくりと、威厳に満ちた、心に響く声で話し始めた。


「私はドラゴンの妖精、フィアーです。よくおいで下さいました。この時を私達は長く待っていたのです。

これから皆さんに、最後の儀式をして頂けたらと思います。部屋の中央の天井から降り注いでいるのは清浄の光で、この世界が作られた時から絶え間なく降り注いでいます。この清浄の光の中を通って下さい。

しかし、少しでも心の中に闇のある人はこの光によって焼かれてしまい、命を絶たれます。ここを通ると決めるのは、一人一人の、この世界を思う純真な心がそうさせます。今から家に帰っても誰も引き止めません。決めるのはあなた方なのですから。質問が有ると思いますが、この儀式が終わって、終わった人からこの奥に行ってください。そこで始めて質問に答えたいと思います。貴方がたの、純真なこの世界を思う心を私は信じます。そして、誰も焼かれる事なくこの儀式を無事通り抜けて、この奥で私と話が出来る事を、心から祈っています」


そう言うとフィアーは、ゆっくりと戻っていたのだった。

それを聞いた愛達は、最後の、そして最大の難関に、話を始める者は誰も居なかった。

彼等は、この清浄の光の中を通る価値が自分に有るのかを、何度も自問自答していたのだった。

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