第39話 断崖絶壁 その二


 ナイトが先頭になって、いよいよシャスタ山を登り始めた。

 ナイトの後にはジュリア、マリサ、トニー、ユリア、アンドリュー、そして最後には愛が、もしもの為に最後に登ることになった。


「ニャーーー」


 ナイトがみんなに、頑張れと声援を送った。

 ナイトは勇ましく、先頭を切って断崖絶壁の細長い険しい山道を登り始めた。

 道幅は肩幅しかなく、大柄なトニーは特に登るのに苦労をしていた。

 場所によっては道が半分しかなく、ジュリアは魔法を節約する必要があったので、カニ歩きでそこを通過した。マリサはジュリアとトニーの間にいたので多少安心をしたのか、思っているよりはすんなりとその難所をカニ歩きで通り過ぎた。

 最初に足がすくんだのはトニーだった。既にそこはビルの五階建の高さがあったし、横から吹く風は思っている以上に強かった。カニ歩きをしていたけれど、足が震えて次の一歩がどうしても踏み出せないでいた。

 そこを既に通り過ぎていたマリサは、トニーが動けないのに気がついて、風に負けないぐらいに大きな声で、声をかけた。


「トニー!

 私の方を見て!」


 トニーは、マリサの声が聞こえてきたので、ゆっくりとマリサの方に顔を向けた。


「高所恐怖症の私が通れたんだから、トニーもきっと通れるわ。

 最初は、ほんの少しだけ足を動かしてみて」

「分かった。やってみるよ」


 トニーはマリサに言われて、ほんの少しだけ進行方向の足を動かした。


「トニー、出来たわ。

 その調子で、少しづつでいいから、私の方に近づいて来て!」


 トニーは、愛するマリサに言われて愛情が恐怖心に勝ったのか、その後は少しづつだったけれども、足を動かすことが出来、その難所を通り過ぎた。マリサのすぐ後ろまで行くとマリサが言った。


「トニー、顔を下げて」


 トニーは言われるままに、マリサの言葉に従ってマリサの顔のすぐ近くまで顔を下げた。

 マリサは突然、トニーにキスをした。

 二人にとってはファーストキスで、断崖絶壁の細い道なのをすっかり忘れて、二人だけの世界に暫くは入っていた。


「貴方達、ここでキスをしているの?

 あー、羨ましいわ。私の後ろをアンドリューにすれば良かった」


 それを聞いたマリサはキスを止めて、ジュリアお姉さんの言葉にクスッと笑った。


「ジュリアお姉さん、この道を登ったらアンドリューとキスをすれば良いわ。ご褒美として」

「ウフフ、そうするわ。

 でも、まだ登り始めたばかりよ。頑張りましょう」

「はい」


 マリサはトニーはファーストキスをしたので、その後は足がすくむ事なく恐怖に打ち勝って登る事が出来た。トニーも同じで、完全に愛情が恐怖に勝って、マリサと同じくその後は順調に登る事が出来たのだった。


 問題は、二人の王子だった。

 性格は違う二人だったけれど、この場合は全く同じ様な行動をしていた。先頭の三人と一匹が順調に登っても、二人が凄く遅かったので、彼らを待たす事が度々起こった。

 二人が幼い頃、木登りをしようとすると決まって周りで見ていた大人達が危険だからと言って止めさせられていた。王子であるがゆえに、過保護に育てられたのが仇になっていた。二人は足場の悪い高い所をこれまで登った事がないので、どうしても足が前に行くのが遅くなるのだった。更に、登れば登るほど風は強まっていき、彼等にとっては歩きづらくなって行った。


 断崖絶壁の半ば辺り、ユリアが一歩踏み出すとそこの岩が風化していたので崩れ落ちて、彼が落ちそうになった。それを後ろで見ていた愛はとっさに薙刀でユリアを横から支えた。しかし、その反動で彼女も落ちそうになって、このまま落ちるのではないかと思った。しかし、とっさにウインドの魔法を発動して突風を起こし、彼女は元に戻る事が出来た。その為、彼女の心臓がいきなり倍の早さになっていた。


「あ、ありがとう愛。

 助かったよ」


 少し震える声で、ユリアが言った。

 今まで、冷静沈着だと思っていたユリアが、明らかに怖がっていたので愛は、彼の人間味溢れる反応に、返って共感を覚えていた。


「どういたしまして。

 お互い様ですから」


 そう言って愛は冷静に答えたけれども、高所から落ちるかもしれない怖さを、彼女もまた味わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る