第36話 魔法の迷路の森へ

 魔法の迷路の森に行く朝、男女六人と一匹は、朝早い朝食を食べていた。


「結局、誰もいい策が考えつかなかったんだね」


 カリッカリに焼けたベーコンを食べながら、ユリアが言った。

 トニーが熱いスープを啜りながら、仕方がない表情になって言った。


「そうすると、僕が言った鼻をつまむしか策がないのでしょうか?」

「マスクを付けても、匂いは布を素通りするので効果が無いし、困りましたね」


 マリサが、熱いミルクコーヒーを飲んで言った。

 ジュリアが、右手でゆで卵をフォークを刺して上に持ち上げながら言った。


「ナイトは鼻をつまめないので、防ぎようが無いわね」

「ニャー」


 ナイトがそうだよ鳴いた。


「じゃ、どうすればいいんだろうか?

 このままだと間違いなく惑わされてしまう」


 そう言ってアンドリューは、付け合わせの真っ赤なビーツを食べた。愛がサーモンのソーセージをフォークで刺して、口に入れる直前で話し出した。


「最後の策はあるのですが、これだけは言いたくなかったのです。

 ですが、仕方がありません!」


 愛がそう言うと、みんなは一斉に食べるのを止めて、愛の次の言葉を待った。

 愛はフォークにサーモンのソーセージが刺さったまま、そのままの状態で続きを話し出した。


「痛覚は、生命にとって最優先の神経機能なので、いざという時には痛覚を与えれば余程のことがない限り意識を正常に保つ事が出来ます。ですから、仲間の誰かが異常な行動をした時には痛覚を与えれば、正常に戻ると思うのです」


 それを聞いた仲間達は非常に驚いた。

 愛の言っているのを実行するのは簡単な事ではないのは、火を見るよりも明らかだった。今まで信頼関係を築いてきた仲間に、怪我を負わせよと言っていたからだった。

 しばらくの間、誰も動こうとはしなかった。

 猫のナイトでさえ、好物の干し魚を前にして、ジッとしていたのだった。


 ーーーー


 天気のいい朝だった。

 空はどこまでも青く、雲一つない秋晴れの空模様だったけれど、みんなの心は重く、朝から沈んでいた。もしかしたら、仲間を傷つけなければならなかったので、今までの信頼関係が崩れるようで、外の天気に誰も気が付かないほどだった。

 いよいよ出発になった。

 愛達は屋敷を出た。古い由緒ある町の通りを抜けると、そこには広大な麦畑が広がっていて、人々は笑顔で彼達に手を振っていた。猫を連れた王子一行の噂を聞いて、魔物退治をしてくれた彼らに感謝の気持ちを表していたのだった。

 アンドリューとユリアはさすがに王子達で、それに対して笑顔で手を振って、人々の感謝に答えて手を振っていた。ジュリアも既に慣れていたのか、同じく笑顔で答えていた。

 愛とマリサ、そしてトニーは慣れていなくて、ぎこちなく手を振って、人々に答えた。

 麦畑を過ぎると今度は、アーモンド畑が緩やかな登りの勾配に見渡す限り植えられていた。そこにも多くの人達が、アーモンドの収穫に朝から働いていた。主な働き手は女性と子供たちで、愛達に気がつくとやはり、笑顔で手を振って感謝の意を表して、同じように愛達も手を振って応えていた。

 愛達は森の中に入って行った。この森を抜けるといよいよ魔法の迷路の森だ。

 この辺りも既に魔物退治は終わっていたので、マッタケなどの高級なキノコ類の収穫を、老人達が器用に見つけてはカゴに入れていた。愛達が通るのを見ると、やはり笑顔で手を振っていた。

 一人の腰の曲がった老人が、彼らに近づいて来た。


「アンドリュー王子の御一行かな?」

「はい。私がアンドリューです」

「そうか。魔物を退治してくれてありがとう。お陰で仕事が再開出来たよ。

 ところで、この先は魔法の迷路の森だよ。まさか、そこを通る気でいるのかな?」

「いえ、そこは通らずに、海岸の方に行こうと思っています」

「おおそうか。それなら安心をしたよ。あそこの森は入ったら二度と出て来れないのでな」


 ジュリアが老人に、フィアーの情報を聞こうと尋ねた。


「その森には、ドラゴンの妖精が出る言い伝えが確かありましたよね?」

「ああ、わしも小さい頃見たことがあるよ」

「私の名前はジュリア。興味があるので、詳しく聞いてもいいですか?」

「なんと、次期王妃になられるお方じゃな。

 噂以上の綺麗な人じゃ。もちろん、貴女に聞かれたら断る道理もないしな」

「宜しくお願いします」

「そうか、分かった。

 えーと、あれは、わしが幼かった頃、友達同士で肝試しをする事になってな、魔法の迷路の森に少しだけ入ったんだよ。少しだけなら問題ないとその時は思ったけど、間違いじゃった。

 森に少し入った途端に、後ろにあったはずの森の入り口が無くなっていたんじゃよ。

 それから大変じゃった。分かれ道が無数にあって、行った先がまた同じ分かれ道に着くんじゃよ。分かれ道には決まって小さな池があって、周りには同じ様に花が咲いておった。友達の中には泣き出すのがいてな、誰も、どうする事も出来なかった。

 もうこれ以上歩けなくて、みんなで道に座り込んだら、向こうから何かが近ずいて来たんじゃよ。

 最初は光の球と思ったら、それが羽ばたくのが見え、更に近ずいて来ると、子供の拳ほどの小さな青色の妖精のドラゴンだと分かったんじゃよ。

 妖精はわし達の周りを回って、別の道にゆっくりと飛んで行こうとした。こちらを見ていたので、わしらは立ち上がって妖精の後をついて行った。

 するとじゃ、不思議な事に妖精のいく先に道が現れて、あっという間に外に出られたんじゃ。外に出て後ろを振り返ると、妖精はクルクルと回って上昇して行き、突然消えたんじゃ。不思議な体験をしたもんじゃ」

「そうだったんですか。とても興味のあるお話でした。

 わざわざ私の為に時間を使っていただいて、ありがとうございました。キノコ採り、また頑張ってくださいね」

「ありがとう。ジュリア様達も魔物退治頑張ってくださいな。

 じゃ、わしはこれで」


 老人はそう言って、またキノコ採りに戻っていった。

 ジュリアは仲間を見ると、新たな問題に誰もが難しい顔付きなっていった。猫のナイトでさえ、、ジッとアンドリューのお弁当箱を見つめたままだった。












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