第35話 噂話
あれから彼等は、他の群れのチックモックと数回遭遇して全滅させて、心身ともに疲れていた。特に愛は魔法を全て使い果たしていたので、薙刀による攻撃方法しかなく、足が少し震えるほど酷使していた。アンドリューは貧血だったので走る事が出来ずに、ひたすら隠れては、不意を狙って魔物を倒していった。
日が沈む頃、愛達がガルバス伯爵の屋敷にようやく戻ると、既に昼間の出来事が噂話となって、迎え入れてくれた執事の人達から、労いの言葉をかけられた。特に、幼い子供に自分の血液を与えたアンドリュー王子は、今や噂の中心となった。そして、観光地だったレディングの花園はアンドリュー王子達の活躍で魔物が居なくなったと、急速に噂が広まっていった。
ガルバス伯爵はそれを聞いて、とても喜んでいた。なんと言ってもレディングの花園は観光の目玉であり、外地からの観光客が増えるのは間違いのない事だった。愛達がここに来た目的であるアーモンドの収穫を聞いていたガルバス伯爵は、上機嫌で今回のお礼として、大量のアーモンドを王都に送ってくれると約束してくれた。
それを聞いたジュリアは、夕食後、部屋で休んでいた愛に喜んで報告に行った。
「良かったわね愛、これで王都に帰ったらビスコッティができるわ」
「それはそうなのですが、明日行く魔法の迷路の森の事を考えると、素直に喜べなくて」
「そうね。そう言えば明日よね。
何か良い対策を考えついた?」
「それが、いい策を思いつかなくて困っていたんです。
トニーが言っていた、鼻をつまむ方法しかないのかなと。それに、魔法の迷路と言うぐらいですから、森が迷路の様になっていると思うんですよね」
「そうか。それは考えなかったわ。迷路ね〜。
あ〜あお。これって一難去ってまた一難よね。あれ、マリサは?」
「散歩をすると言って出て行きましたけれど」
「マリサが夜に散歩?おかしいわね・・・?
あ、そうか。トニーと一緒なんだ、きっと」
「良かったですよね、マリサに恋人が出来て」
「あの死闘の中で愛を告白をされたら、誰だって心を奪われるわよ。
でも、トニーは好青年なので姉としては安心ね。愛は?」
「わ、わ、私ですか? まだいませんよ!」
「そうなの?
ま、そうよね、私達とずーーと一緒なんですもの。ジャックなんかはどう?
ハンサムだし、騎士団の中でもトップクラスだし」
「えーと、私が投げ飛ばした大男のジャックさんですか?」
「あ、そうか。愛が投げ飛ばしたんだったわよね。忘れていたわ。
あの時のジャックの顔ったら、キョトンとしていたわね。愛が投げ飛ばしたと一瞬思ったみたいね。私が投げ飛ばした事にたけれど、でも、それが事実だと知ったらあいつ、どんな顔になるか今から楽しみ。
あ、そうだ、ナイトは彼女居るの?」
顔を洗っていたナイトは、いきなり自分の名前を呼ばれたので、ジュリアの方を向いてキョトンとした顔になった。
「アハハ、ナイト、今の話聞いてなかったでしょう。
もう一回言うわね。ナイトは彼女が居るの?」
「ニャー」
「え、本当に?それは初耳だわ。
可愛い雌猫なのナイト」
「ニャーーーー」
「え、そうなんだ。そんなに可愛いんだ。
それで、どこに住んで・・・
ーーーー
軽い貧血を起こしているアンドリューは、夕食後、ベッドで横になっていた。
「兄上、今日は大活躍だったそうですね。この屋敷内はその噂で持ちきりですよ」
「それは事実でないので、心を痛めているんだけれどね」
「と、言いますと?」
「ユリアも知っての通り、愛の能力は非常に高い。1日の内で何回もそれを見ていたよ。
最初は、子供がチックモックに拐われた時、遠くからそれを察知したんだよね。あの能力は誰も真似が出来ない程の高レベルだよ。
その次が、チックモックを追っている時に彼女は魔法で攻撃を開始したんだけれど、僕が当てる事の出来る距離のおよそ二倍の距離の所から、動いている敵を確実に仕留めて行ったんだよ。それまでは、遠くの的に当てられなかったのに急に当たってビックリしたよ。後で聞いたら、魔法を投げたんだそうだ」
「魔法を投げたんですか?
聞いた事がないですね。そう言えば、ブラックウルフの時も石を投げて、遠くの動いている敵を倒していましたよ。魔法を同時に使ったと言っていましたけれど、未だにそれがよく分からなくて」
「それはジュリアからやり方を聞いたけれど、僕が何回やっても成功しなかったよ。
彼女は、投げて標的に当てるの得意らしいんだ。武器屋のクゥイントンが、その専用の武器を作っているとジュリアが言っていた。それだと更に飛距離が伸びて、当たる確率も数段上がると言っていたよ。その武器で彼女が使っている所を見てみたいよね」
「それは興味がありますね。僕たちでも使えるのなら使ってみたいです。
それで、輸血はやはり彼女が?」
「そうなんだよ。治療師でも、最高レベルの輸血を彼女がやったんだよ。
輸血の技は聞いた事はあったけれど、まさか彼女が僕の血から男の子に輸血するとは誰が思う。驚いたよ、本当に!!
最後に、花々を踏み倒して魔物を追っかけていたので、彼女がそれを悲しんで治癒の魔法を使って治したんだ。そんな魔法、今まで聞いた事もなかったよ。
その治癒の魔法がとても綺麗だったよ。彼女の手から虹色の球が花々の上に行って弾けて、虹色の魔法の粉が四方に散って、花々にゆっくりと落ちて行ったんだよ。そして、花に触れると黄金色に色が変わって、しばらくは光輝いていた。
今回は全て彼女の手柄なのに、僕がやったとみんな思っているのが心苦しいんだよ。
でも、仕方ないよね、こんなに能力の高い彼女を敵が知ったら間違いなく全力で殺しに来る。そうさせない為には彼女の能力を隠すしかない。
でも、彼女の仲間になって本当に良かったと思っているよ。この国に希望の光が灯った感じだからね」
アンドリューは窓の外の暗くなった夜空に出ていた星を見た。
「そう言えば、トニーが夕食後、居なくなったんだけれど、ユリアは何か知ってる?」
「トニーはマリサと夜の散歩に行っていますよ」
「え、あの二人恋人だったの?」
「この間の死闘の最中に、トニーがどうやら愛の告白をマリサに言ったみたいなんですよね。それから急に二人は仲良くなって」
「アハハ、それって僕とジュリアみたいだね」
「え、そうだったんですか?それは初耳ですよ兄上」
「え、そうだった?え、ま、そうのう。
そうだ、ユリア。女性が貧血になる理由知っている?」
「ええ、もちろん知っていますよ」
「教えてくれないか?
ジュリアに、そっちの方を知らないのかと、睨まれてさ」
「アハハ、いいですよ。
実は、女性は月に一回生理というのがあって・・・
こうして長ーい、長ーい夜が、二つの部屋で過ぎていくのだった。
読んでくれてありがとうございました。
評価、感想をお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます