第33話 輸血


 チックモックの牙による損傷なので、それに関してあらゆる可能性を出来うる限り愛は考えた。

 男の子の血管の損傷によって出血が止まらないのは間違いはなく、血管を元の状態に戻せば出血が止まるけれど、それは動脈や静脈は勿論のこと、毛細血管レベルの細かな血管も修復しないと出血は止まらない。

 更に、神経も上手く繋げないと内臓機能がうまく働かないのは生物の授業で習った。内臓も元の状態に戻すようにしなければならないし、腹筋などの表面の筋肉はもちろんの事、インナーマッスルも元に戻さなければならない。

 骨も骨折をしているのなら、それも修復しないといけないし、骨も血管と繋がっているので、骨折をしているのならばそこから出血をする。

 リンパ腺も重要だし、内臓脂肪も当然修復しないと後々困る。それと、牙によって雑菌が内臓に有るので、それも取り除かないと、後で大変な事になる。更に、内臓の中の血管の外に有る血は取り除かないと、内臓内で固まってしまうので、これも取り除かないとダメだ。

 そこまで考えて愛は、それらを修復する治癒の魔法を、体内にある魔法を全て使って、右手を男の子のお腹に当てて魔法を発動した。

 最初、何も変化がなかった様に見えたけれど、少しづつ出血量が減っていき、最後には皮膚が閉じていって、最後には完全に血が止まった。

 それを見たジュリアが言った。


「良かったわ。男の子の血が止まった」


 しかし、余りにも出血が多すぎたので、男の子はピクリともしなかった。

 愛が男の子の首の動脈に触れてみたけれど、ほんの僅かしか脈を感じられなかった。どうにかして血量を増やさないと、心臓が止まるのではと心配になっていった。

 愛は、医療用のモニターを出す事を思い付いて、直ぐにモニターを出す魔法を発動した。

 愛の前にモニターが現れると、表示が赤く点滅をしていて、危険な状態だと分かった。血圧を見ると、かなり低いのが読み取れた。明らかに子供の血液量が不足しており、緊急に輸血を行う必要性があるのが分かった。

 しかし、実行するには最低でも、この子の血液から血しょうの成分を輸血する血を混ぜて確認をする必要性があった。固まらない血は安心をして輸血が出来ると考えた彼女はジュリアに言った。


「ジュリア、この子はかなり危険な状態だと、このモニターから判断できます。このまま何もしないでおくと血が足りないので、ショック死を起こす可能性が高いです。

 これからこの子に輸血を試みたいと思います。詳しい話は後からしますので、二人の血をもらいますね」

「何かよく分からないけれども、この子が助かるのならどんな事でもいいわよ」


 アンドリューは、左手に弁当を持ちながら軽く頷いて了解の合図を送った。


「有難うございます。これで男の子が助かる可能性が出て来ました」


 そう言って愛は、魔法で小さな皿を三つ作って、そこに男の子のお腹にまだあった血から魔法で血しょうだけを取り出してそれぞれに入れた。次に愛の小指の先を皿の上に持ってきて、血が少し出る程度の切り裂く魔法を発動した。

 適量の血が皿に落ちたら、直ぐに治癒の魔法で傷口を塞いだ。ジュリアとアンドリューにも同様にして、三人の血が男の子の血と適合するかを見極めた。

 最初に混ぜた血は分離して行き、愛の血ではダメだと分かった。残りは後二つだ。

 二番目に混ぜた血もやはり分離して、ジュリアの血も適合出来ないと分かった。残りはあと一つで、アンドリューの血と適合出来ないと輸血が出来なくなる。祈る思いで最後の皿を見つめた。

 しばらく経っても、最後のアンドリューの血と混ぜた皿は分離せずに、混ざり合ったままだったので愛は一安心をしてアンドリューに言った。


「アンドリュー、貴方の血がこの子の血と適合しました。

 これから輸血をするので、右手をこの子の右手に近づけて下さい」


 アンドリューは、今回も何がなんだか分からなかったけれど、先程の先例があったので、愛を再び信じて了解の合図をした。

 愛は、男の子とアンドリューの手首の静脈の血管を繋ぐ透明な管で、中には生理食塩水で満たすのをイメージして、魔法を発動した。

 アンドリューの右手の近くに、透明な菅で、先には針が付いていているのが現れた。それがゆっくりと両はしがそれぞれ二人の静脈にゆっくりと突き刺さって行った。

 アンドリューが、痛みの表情をしているのを見たジュリアが言った。


「アンドリュー、頑張って」

「これくらい平気だよ」


 そう言ってアンドリューは痛かったけれど、ジュリアが見ていたので笑顔で答えた。

 愛はしっかりと繋がったのを確認すると、アンドリューから男の子に徐々血を流すように魔法を発動した。

 生理食塩水が男の子の静脈に入っていき、引き続いてアンドリューの血が流れているのが確認できた。

 愛はその後、モニターを食い入るように見つめた。

 ほんの少し、ほんの少しだけだったけれど、段々と男の子の血圧が上昇しているのが読み取れた。

 ふと、アンドリューが気になって聞いてみた。


「アンドリュー、気分はどうですか?」

「んーん。悪くはないけれども、何か変な感じだよ」


 愛はビックリして聞き返した。


「何か異常でも感じたのですか?

 何か感じたら言ってください。でないと、アンドリューの方が危険になる可能性も有りますから」

「いやー。体ではなくて、こうして自分の血が、男の子の方に流れて行っている事が不思議だと感じただけなんだけどね。体は全然大丈夫だよ」

「良かった。それならまだ続けれれます。

 体に何か異変が起きたら直ぐに教えてくださいね」

「分かったよ。直ぐに教えるよ」


 そう言ってアンドリューは、自分の血が男の子の中に入っていくのを再び見つめていた。

 愛はモニターの方を再び凝視して、僅かな変化も見逃さないように最新の注意を払った。

 突然、モニターの表示が赤い点滅から青に変わった。愛は直ぐに輸血を止めて、輸血していた管を二人の手首から抜いた。二人のそこからは少し血が出てきていたので、治癒の魔法で治した。

 男の子を見ると、瞼と中の眼球が動いているのが分かって、回復に向かっていると愛は判断をした。彼女はジュリアとアンドリューにその事を言った。


「男の子の危機は取り敢えずは去りました。たぶん、回復に向かっていると思います。

 ジュリア、このまま抱いて、この子の両親の所に運べますか?」

「もちろん大丈夫よ。小さな男の子だもの。

 愛とアンドリュー、お疲れ様でした。行きますか?」

「はい。ジュリアもアンドリューもお疲れ様でした」

「みんなお疲れ。緊張したけれど、男の子が助かって良かったよ」


 アンドリューがそう言って立ち上がった途端にふらついて転けてしまい、左手にまだ持っていたお弁当を全て地面に落としてしまった。


「あ、僕の弁当が!」


 膝に軽い怪我をしたけれど、彼はそれよりも弁当が大事みたいだった。

 彼がふらついて転けたのは明らかに貧血による立ちくらみで、愛は思わず輸血をやり過ぎてしまったと思ったのだった。









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