第32話 チックモック


 愛は、花々を避けるために小道を走っていたけれど、それだと到底子供を助けるのは間に合わないと判断をして、気配のする方に進路を変えた。一歩足を出す度に花が潰されていくのが分かって、とても悲しい気持ちになって行ったけれど、子供が優先だと思ってそのまま進んだ。今朝会った百合の妖精のリリの話を思い出して、思わず心の中でごめんね、と言っていた。例え花であったとしても、それまで一生懸命に生きて来た生き物を、足を踏みつける事によって、それまでの花が生きた証を潰していくようで、果たして謝っただけで済む問題なのかと、心の中で葛藤が起きていた。

 けれど、やはり、助けられる子供をみすみす見逃すわけにはいかなかったので、無理やり頭の中から花の事を考えないようにした。

 遠くの方で、やっと魔物らしき集団が右前方方向に行くのが見え、小さな子供を口に咥えているのが見えた。更に近付いて行くと、その魔物がハッキリと見えて来て、魔物図鑑で見たチックモックだったと分かった。この魔物は素早くて、鋭い歯を持っている。集団で行動して、小さな子供だけを襲うと書かれてあった。

 愛が後ろを振り向くと、ジュリア達が見えた。このままだと魔物を取り逃がす恐れがあると判断した彼女は、ジュリアにもっと右の方に行くように手で合図をした。彼らは了解の合図を愛に手で送ってきて、右の方に進路を変えた。

 チックモックをジュリアの方に誘導する為には、ここからある程度の攻撃を開始しなければと思った愛は、ブラックウルフを遠くから石で当てた事を思い出した。そして、魔法を石に見立てて、魔法を投げる感じで最後に走っているチックモックに切り裂く魔法を投げた。

「キャイ〜ン」

 チックモックの絶命の最期の叫びが聞こえて来た。

 群は、突然の仲間の絶命の声を聞いてパニックになって、それを避けるように更に右の方に方向を変えた。その先には、ジュリア達と合流するであろう地点に向かっていた。愛は、左から群を追うように少し走る方向を変えながら、先程の魔法で最後尾にいるチックモックの中で、ジュリア達とは真反対に位置する一匹倒した。また同じ様に最後の叫び声が聞こえて来て、群はまた少し方向を変えてジュリア達の方にまた向きを変えた。

 チックモック達の前方にジュリア達が居るのが分かると、チックモックが急に進む向きを変えると思った愛は、彼らにそこで止まって、低くする様に手で合図を送った。ジュリアは了解の合図を送り返して、彼らは愛の視界から消えた。

 彼らが潜伏している地点にチックモックの群を徐々に追いながら、更に、最後尾のチックモックを先程の魔法で、確実に一匹一匹絶命させていった。

 残りのチックモックの数は七頭に減っていて、先頭を走っているリーダーらしきチックモックが男の子を咥えてるのがハッキリと見えた。既に男の子は意識がないくらいに重傷を負っているのが分かって、愛は焦りを感じ始めた。

 その時、突然ジュリアとアンドリューが立ち上がって、攻撃を開始した。二人の息の合った攻撃は凄まじく、愛がそこに行く時には既に戦いは終わっていたのだった。

 ジュリアが男の子の治療を既に開始していたけれど、ジュリアの顔から険しい表情が伺えた。愛がジュリアに近づいて、男の子の様子を聞いた。

「男の子の様子は?」

「それが、思わしくないのよ。

 マリサがいれば問題のないレベルの怪我なんだけれども、私やアンドリューは治療が得意ではないので、出血を全て止められないのよ」

 男の子を見ると、お腹から少しづつ血が滴り落ちていた。致死量とはいかなくても、かなり重傷なのは一目瞭然だった。

 ジュリアが最後の試みで、愛と変わる事を思いついた。彼女ならば、この子の出血を止める事が出来るかもしれないと。


「愛。治療を代わって欲しいの。

 私も、アンドリューもこれが限界。このまま何もしなかったらこの子は命を落とすかも知れない。藁をもすがる気持ちなの、分かって愛」


 ジュリアは失われていく命を止める事が出来なくて、涙を流し始めた。

 愛はそれを見て、出来る限りの事をしなければと思い、ジュリアに言った。


「成功するか分からないけれども、やって見るわ」


 そう言って愛は、ジュリアが抱いている男の子のすぐ近くに行って、精神を統一して、どうして出血が止まらないかを考えた。




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