第31話 魔法の遠当て
三人は、レディング地方の西側にある、草原まで歩いて来ていた。
ここまで来る道すがら、遠くの的に魔法を当てるやり方を、アンドリューが愛に詳しく教えていた。彼女は、岩などを目標に魔法を発動したけれど、アンドリューの様には上手く行かなかった。
「難しいわ。何度やっても遠くの的に当てられない」
愛は、負けん気が人一倍強いので、根気よく繰り返しながら歩いて来た。けれど、殆ど進歩していないので、才能が無いのかと思い始めていた。
「まだ、練習を始めてそんなに日が経っていないんだよね。それでこれだけ当たれば良い方だよ。一日で、急に上達するものではないので、気長に考えた方が良いよ」
アンドリューは優しく、愛に言った。
ジュリアも、同じ様に言った。
「私の最初の頃に比べれば、愛の方がずっと上手なくらいよ。焦らずに頑張って」
草原の中でも、観光名所になっている場所まで三人は来ていた。
酒場での魔物情報によれば、アンティ以外にも、足の速い魔物が時々現れると書かれてあった。ジュリアが言うには、その魔物に襲われているのは小さな子供だけなので、イタチか、ウサギ系の魔物ではと言っていた。これらの魔物は凄く弱いのだけれども、足が凄く早くて、魔法で当てるのはアンドリューでもかなり難しいと言った。しかも、魔物が一直線に逃げれば簡単なのだけれども、ジグザグに逃げるこの様な魔物は、当たる確率は凄く低くなるとジュリアが言った。
愛は、暗器があれば、さほど苦労する事なくジグザグに逃げる魔物でも当てる事が出来るのにと思っていた。けれど、止まっている遠くの的に魔法では当てられない今の自分の現実を見ると、焦りがどうしても起きてくるのだった。
この辺りは子供を襲う魔物が出るので、子供連れの家族の姿はなく、大人だけのグループがチラホラと見えた。アンドリューが言った様に、見渡す限り様々な花が咲き乱れていて、愛は心が洗われる気がした。
今朝会った、百合の妖精のリリを思い浮かべて、花の種類別に妖精がいるのかなと思いながら、花の中の小道を三人で歩いた。
「あそこで、お昼ご飯にしない?」
ジュリアがアンドリューと愛に聞いた。
アンドリューも賛成みたいで、軽く頷くと、愛の方を見た。
花を見ながら歩くのは最高に気分が良かったけれど、お昼ご飯と聞いて愛は気分が最悪になって行った。でも、反対をしても仕方がない事なので、心の中では反対していたけれど、笑顔で賛成をした。
観光地なので無料の休憩所があり、ジュリアが指し示した所で昼食を取る事になった。そこは、少し小高い丘にあり、雨を凌ぐ屋根があって四方は三百六十度見渡せるようになっていた。見る方向によっては、違う花の色が鮮やかに競っていて、景色は他に類を見ないほど絶好の場所だった。
「うわぁー、とっても美味しそうよ」
ジュリアは早速お弁当箱を開けて言った。
愛も渋々お弁当を開けて中を見たけれど、ジュリアの様に素直には喜べなかった。それは、予想通り魚を揚げた物に、例の物が含まれたソースがタップリとかかっていたからだった。
食欲が全然湧いてこなかったので、取り敢えずは持って来た冷めたコーヒーをコップに入れて、魔法で温めて飲んだ。熱いコーヒーを飲んだら少しお腹が空いて来たので、ソースがかかっていない他の食べ物を、少しずつ口に入れて食べ始めた。
愛が二人を見ると、既に彼らだけの世界に入っていて、楽しそうにお弁当を食べていた。
廻りの景色をみて、花がこんなにも綺麗に咲き乱れていたのに、彼女は一人でお弁当を食べている錯覚が起きて、寂しくて、悲しい気持ちに段々となって行った。
ふとユリアを思い出したけれど、どうして彼を思い出したのか不思議だった。でも、彼を思い出しただけで、なんだか先程の寂しくて悲しい気持ちは、少しは良くなって行くのだった。
突然愛は異常な気配を感じ、遠くで誰かが助けを求めていると思った。周りを見ると、夫婦らしき人達が子供の事を探しているのが視界に入って来た。そちらの方を見ると、異常な気配もやはりそちらからしているのが分かって、薙刀を持って立ち上がった途端に、膝の上にあったお弁当が全て地面に落ちてしまった。愛はそれには構わず、ジュリアとアンドリューに言った。
「子供が魔物に襲われている!!」
それだけ言うと愛は疾風の如く、異常な気配のする方に走って行った。
突然の愛の行動に、アンドリューは何が起きたのかサッパリと分からなかった。ジュリアが早口でアンドリューに説明をした。
「愛は、気配で誰かが魔物に襲われているのかが分かるの。私達も急ぎましょう」
ジュリアはアンドリューの右手を取って、愛の後を追った。アンドリューは突然だったので、左手にはまだお弁当を持ったまま、走っていたのだった。
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