第29話 第一王子アンドリュー
「ジュリアお姉さん、トニーをからかわないでと言ったでしょう!!」
マリサは低い、ドスの効いた言葉で言った。言われたジュリアは後ろに数歩下がって、両手でマリサを止める仕草をしながら、言い訳がましく言った。
「トニーではなくて、ユリアの方を目標にしたんだけれど、隣にトニーが居たね」
「お姉さん、居たね!ではないでしょう。フィアンセのアンドリュー王子に言いつけるわよ!!」
「分かったわよマリサ、怒らないでよ。二度とトニーを、からかいません。誓います」
「本当にもう!。お姉さんの悪い癖だよ!」
マリサの隣にいた愛も、ユリアについて、同じ様な事を言いたかったけれど、マリサのあまりの剣幕の大きさに、言う機会を無くしてしまっていた。
「ジュリアお姉さんは、アンドリュー王子が近くに居ないから寂しんでしょう?」
「え?
そんな事ないわよ。彼が居なくても、ちゃんとやっているわよ」
「居ないから、からかうんでしょう?
アンドリュー王子が居ると、お姉さんは凄くおとなしくなるのに」
「え?そうだった?」
ジュリアは考えるように、そして、独り言みたいに言った。
「自覚が全く無い。そうなんだ。何でだろう?えーと?
とにかくマリサ、アンドリューはここには居ないから、そのう・・・、着替えて早く食堂に行こう。お腹が空いて死にそう」
「もう、誤魔化すんだから!」
彼女達は着替えを済まして、食堂へと歩いていった。
食堂に着くと既にユリアとトニーが居るのが確認できたけれど、もう一人の男性がこちらに背を向けて座っていた。
愛はそれが誰だか直ぐに分かったけれど、先程の事でジュリアに言うのはやめた。成り行きに任して、彼女がどう反応するか、少し楽しみになった。
ジュリアは見覚えのある後ろ姿に、まさか、ここに来るはずは無いと思った。しかし、彼女達が食堂に入って来たのを知ると、男性は椅子から立って彼女達の方を向いた。
ジュリアが夢でもみているのかと思って、頬をつねった。
「痛い!
まさか、どうして?なぜ彼がここに居るの?」
ジュリアは驚きのあまり目が最大限に見開かれ、両手で口を塞いで次の行動をどうして良いのかわからず、電信柱のごとく棒立ちになっていた。
この国の第一王子であり、ユリア第二王子の兄でもあるアンドリューは、ゆっくりとジュリア達の方に近づいて行った。
近づくと、軽く会釈をして話し出した。
「ジュリア、マリサ、そして愛様、お早う御座います。
私がここに居るのをみなさんが不思議がっていると思いますので、それを最初に話させて下さい。
ここレディングで、レッドドラゴンが現れたのは王都に住む人達にとって大きな話題となり、一部の人達は、この王都もレッドドラゴンに襲われるのではと真剣に思い始めています。今回の戦いの中で、王都にこれほど近い所にドラゴンが現れたのは、ご存知の通りに初めてなのです。
人々の不安を取り除く為には、直ぐに何かの行動を起こす必要がありました。騎士団の派遣を考えたのですが、他の地方の方が現実的に必要なので、私だけが来ることになりました。私一人では戦力が限られてはいますが、王都に住んでいる人達にとっては、それで安心出来るのです。心理的効果と言えば分かると思いますが、私が来ることによって、国が優先的にこの事に対処しているのだと人々は思うのです。
その様な訳で、私がここに居るのです。
それと、ユリアから愛様を含む、今までの出来事を聞きました。これからは、私も皆さんと同行して行こうと思っていますので、宜しくお願いします」
話が終わると、アンドリューは再び軽く会釈をした。
彼女達はそれぞれにアンドリュー王子に朝の挨拶をしていった。そして、ジュリアが最も心配をしている事を彼に聞いた。
「アンドリュー、体の具合は大丈夫なの?
こんなに短期間でここまできたのは、夜通し馬を走らせて来たのでしょう?本当に大丈夫なの、それに、それに、・・・」
ジュリアは心配のあまり、少し涙目になり、次の言葉が見つからなかった。
アンドリューはジュリアに近づいて行って、優しく両手で彼女を包み込む様に引き寄せて、彼女の耳元で言った。
「ジュリア、安心して。
あれから更に元気になって、今では毒に侵される前の状態と殆ど変わらないんだよ。夜通し馬を走らせて来たのはそうだけれども、ジュリアも知っている、馬を走らせながら寝る事が出来る特技を持っているのは僕ぐらいだからね。
ジュリア達がレッドドラゴンに襲われて、第一報で目を覚まさない女性が一人居ると聞いた時は、君ではないかと心臓が止まる思いがしたよ。再び君の顔が見れて、こんなに嬉しい事はない。今後も以前の様に、二人で協力して魔物を倒して行こうよ」
言い終わると、アンドリューは両手をジュリアの肩に置いて、腕を伸ばして抱くのを止めた。
ジュリアは少し涙を流しながら言った。
「いくら元気になったと言っても、病み上がりで、しかも、しかも夜通し馬を走らせて来るなんて。もっと、もっと自分を大切にしてよね!!。いくら国の為だと言っても、私、私、貴方を見た時、凄く心配したのよ!!」
ジュリアは皆んなが見ているのも構わずに言った。
アンドリューはジュリアを見つめながら、心の底から言った。
「心配させてごめん。今度からは気を付ける様にするよ」
ジュリアは、アンドリューが言った言葉で安心をしたのか、今度はジュリアの方から彼に近づいて行って、彼の頬の辺りを両手で持って、彼の顔を引き寄せて甘いlキスをした。
周りで見ていた人達は、ジュリアの突然の行動に目線をあちらこちらに動かしながら、何処に目線を持って行こうかと、ため息をつきながら苦労をしていたのだった。
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