第25話シャスタ山
愛は直ぐに、ガウンを前で重ねて紐で結んでユリアの方を向いた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ、悪かった」
ユリアも愛の方を向くと少し顔が赤くなっていて、それから二人はお互い何も言えず、下を向いていた。
「もう、二人でお見合いをしないで」
ジュリアが状況を見て、悪戯ぽっく言った。
「いえ、そう言う分けでは」
二人が同時に言って、トニーが何の事か分からずにユリアの後ろから聞いた。
「二人ともどうしたんですか?
あれ、愛さん、少し顔が赤いですよ。熱でもあるのではないですか?」
「二人とも中に入って、話がややこしくなりそう」
ジュリアが言いながら目線を天井に向けて、少し呆れ返った表情になっていた。二人は部屋の中に入って来て、ドアを閉めた。
ジュリアが二人に向かっていった。
「二人が来たのは、同じ夢を同時に見たから、もしかしたら女性陣も見たのかもって思ったからでしょう?」
切り替えの早いユリアは、少し興奮して話し出した。
「ジュリアの言う通りなんだよ。
夢を見た後で、目が覚めて窓の外を見ていると、トニーも同じ様に窓の外を見ていたんだ。それで、どんな夢か聞いたら全く同じ夢で、それが凄く現実感のある夢だった。
ドラゴンの妖精らしき者が現れて、何かを話していたのだけれども、全く理解できなかった。
夜明け前に、女性の部屋を訪問するのは非常に失礼な事だとは百も承知していたけれど、どうしてもドラゴンの妖精らしき者の言っている意味を早く知りたくて来たと言う訳なんだよ。
それで、ジュリア達は?」
女性三人はお互いに顔をみて、やはりそうかと目線で確認をした。
「私達とナイトも同じ夢を見ていた。私とマリサの夢はユリアと同じで、ドラゴンの言っている事が分からなかった。
でも、愛だけは話を聞けたみたいで、これからその話を聞こうとしたら、ユリア達が来たと言う訳」
「そうか、それでは夜明け前だったけれど、丁度良いタイミングで来ることが出来たんだね」
「ええ。
ちょっとした、ハプニングがあったけれどね」
愛がまた下を向いて、再び顔が赤くなっていき、彼女は一言も話そうとはしなかった。
「愛、悪かったわ。
もう言わないから、早く話を聞かせて」
愛は深呼吸をして、意識をドラゴンの妖精のフィアーの事を思った。少しして、やっと気持ちが落ち着いて来たので、皆んなに話せる様になった。
背筋を伸ばして、皆んなの方を向くと、ゆっくりと話し出した。
「私の見た夢は皆さんと同じなのですが、ドラゴンの言っているのは全て理解できました。
これから、ドラゴンが言ったのを再現してみます。
“私はドラゴンの妖精フィアー。ドラゴンを統べる者であり、人間の良き理解者でもあります。私達は人間とは戦いたくは無いのです。
愛、私達を助けて下さい。貴方達しかこの苦難を取り除いてくれる人はいません。
ドラゴン族は今まで人間を襲わず、別の土地で幸せに暮らしていました。しかし、大魔導士と名乗る魔法使いが現れ、私達を支配下に置いたのです。私達は抵抗しましたが、彼の魔法は強力で、最後には屈服してしまいました。
このシャスタ山に来て、私と直接会って下さい。
愛、必ず、必ずシャスタ山に貴女の仲間たちと来て下さい。人類の未来にも関わる重要な事なのです”
以上です」
愛が言った後、誰も話そうとはしなかった。
それほど重大なメッセージであり、ドラゴンの妖精のフィアーが言った事を、一言一言理解しようとしていた。
最初に話したのは愛だった。
「このフィアーの話の中に出てくるシャスタ山は、本当にある山なのですか?」
「ここから更に南に行った所にある、凄く高い山がシャスタ山で」
ジュリアは、少し考えて更に話し出した。
「小さな子供でも知っている有名な山で、魔法が溜まると言われている山でもあるわ。近くに行くと不思議な事が起こると言われている。特に子供が行くと、小さな青いドラゴンが現れて、悪戯をしたり、人を助けたり。
だから、最初に夢の中で現れたドラゴンと、このドラゴンが同じ様だったので、ドラゴンの悪戯かと思ったわ。愛以外のみんなも同じ様に思っていたはず。
でも余りにも現実的で、しかも、レッドドラゴンを倒した後だったので、何かのメッセージかと思ったのよ」
「母からのメッセージの中にも、夢で現れたフィアーの事が少しだけ出てきます。ジュリアとマリサはメッセージを聞いたので知っていると思いますが、ユリアとトニーは母からのメッセージを聞いた方がいいと思うんです、生死を共にした仲間ですから。それに、何と言っても、古の勇者の言葉ですから参考になると思います」
ユリアとトニーは非常に驚いた。ジュリア達から愛が古の勇者の娘だとは聞いたけれど、直接勇者からのメッセージが有るとは夢にも思わなかった。
ユリアが申し訳なさそうに言った。
「それは、愛のお母さんが愛に宛てた個人的なメッセージだよね。それを聞いて良いか正直言って分からない。けれど、愛が良いのならば是非とも聞きたい。
それに、夢の中のフィアーの情報なら、これからの人類に関わる重要な事みたいだから」
愛がトニーを見たら、深く頷いていた。
「分かりました。二人に是非とも聞いて欲しいのが私の思いです。
では、これからメッセージ再生しますので、宜しくお願いします」
愛はピンクダイアモンドが仕込まれているブレスレットを皆んなの見える様に出して、お母さんのメッセージを再生する魔法を発動した。
直ぐに、古の勇者の言葉がピンクダイアモンドから聞こえて来た。
「このメッセージを愛が聞いているなら、魔法の世界にいるんだね。
このメッセージは、ピンクダイアモンドがブレスレットの一部になって、愛が手を通した時に流れる様に魔法かけた。
私も、お父さんも、恵もみんな愛が居なくなったら寂しくなるけれど、頑張って。
そこは、お父さんが生まれ育った世界。お父さんは、ウィーラント国の第八代国王の第一王子だった人。当時の悪の元を滅ぼすと、国元には帰らず私の世界に来てくれた。何故なら、二人は愛し合っていたから。少し照れくさいね、娘に言うのは。
そこで、恵と愛が生まれた。私とお父さんは本当に嬉しかった。二人は私達夫婦にとって何物にも変えられない存在になった。
二人が育っていくのが私達夫婦の何よりの生きがいになって、どんなに辛いことでも、二人を見たら吹き飛んでいった。
でも、別れの時が来たね。少し悲しいけれど、そちらの世界を救うのを手伝うのは、やり甲斐があると思うんだ。何たって、お父さんの世界だからね。
言い換えるなら、貴女の遺伝子の半分はそちらの世界から来ている。つまり、そこは貴女の世界でもある。
愛は社交的だから、もう既にそちらの世界で仲間も出来たと思う。
もしかしたら、親戚の末裔かもしれないね。ウフフ、そう思うと少し楽しくならない?
お父さんが横で何か言いたそうなので、私の口からお父さんの言葉を伝えるね。
愛。今回の事は本当に申し訳ないと思っている。
こちらの世界にいたら、魔物の居ない平和な時間を過ごせるのに。でも、そちらの世界では愛を必要としている。これは分かって欲しい。
人間同士の戦争はない代わりに、魔物が常に人を脅かしている。歴史が示している様に、その魔物を操って悪い奴が常に現れる。
これは、ある意味宿命なのかもしれない。光あるところには必ず影があるように、善があれば必ず悪が生まれてくる。何故そうなるのかは、お父さんには分からない。
でも、ありふれた言葉だけれども、善は必ず悪に勝つと思っている。
愛。頑張って。
お父さんはこれぐらいしか言えないけれども、いつも愛の事を思っているよ。
愛の事を愛している、お父さんより。
あーあ、お父さん泣き出したよ。こっちまで泣いてきちゃった。
恵お姉さんも、私の後継者として頑張っているよ。
あの時、どちらか一方に後継者を決めなければならなかったのは、今だから言えるけど、本当に辛かった。
後継を決める試合に負けた愛は、そのまま二度と道場には戻ってこなかったね。本当は二人に後継者と思った時期もあったんだけれど、やはり橘流の掟なので、どうする事も出来なかった。ごめんね。
でも、おばあちゃんの助言で料理の道に行ったので、少し安心していたんだ。そちらの世界で料理を作っていると思うけれど、香辛料の数が少ないので、物足らないかもね。
あ、そうだ、もう芋虫の料理を食べた?最初は気持ちが悪くなったんだけれど、途中から好物になって、最後の方では好んで食べていたよ。話が脱線したね。
それから、ドラゴンの妖精のフィアーに会ったら宜しく伝えといて。
フィアーは悪戯っぽいけど、頼りになるからね。
あまり長くなるといけないのでそろそろ止めるね。
最後に言いたいのは、お父さんも言ったけれど、お母さんも愛の事を愛している。いつも愛の事を思っているからね。食べ物と健康には気をつけて。
さようならとは言わない。いつかまた会おうね。
愛を愛している、お父さんとお母さんより」
再生が終わると、一度聞いたジュリアとマリサだったけれど、再び目に涙を浮かべていた。愛はあれから何度も聞いているので、お母さんからのメッセージを聞いても、もう涙は出なかった。何故なら、この世界に本当の友達が出来たからで、今回はフィアーの所だけ注意深く聞いていた。
ユリアは神妙な顔になっており、始めて聞いた古の勇者の言葉を一言一句繰り返して、完全に理解をしようとしていた。
トニーは人が悲しくて泣いていると、自分も泣きたくなる様なタイプなので、ジュリアにマリサ、それにメッセージを送ってきた古の勇者と愛のお父さんも泣いていたので、彼から大粒の涙が出ていた。
隣に居たマリサが、トニーの目から涙を見て言った。
「トニーも、泣くことあるんだね」
「え、僕泣いてます?」
マリサは、大柄なトニーの頬に伝わっている涙をハンカチで拭って、彼に見せてあげた。
「本当だ。
すいません、マリサのハンカチを濡らしてしまって」
「良いのよ、既に私ので少し濡れていたから」
トニーは愛のお母さんのメッセージを聞いて、少し感情的になっていて、マリサの小さな気遣いでも感動していた。
マリサも、同じく感情的になっていたし、死闘の中で彼が愛していると彼女に言っていたのを再び思い出していた。
二人は見つめ合ったまま、動こうとはしなかった。
それを見たジュリアは、ここでもお見合いをしていると思って、いつになったら話が進むのか、再び天井を仰いで、深いため息をついたのだった。
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