第23話 死闘 その五 死闘の後で

 愛が目覚めると、とてもいい香ばしいコーヒーの香りがした。彼女は見知らぬ部屋のベッドに寝ていた。

 辺りを見回すと、ベッドの直ぐ横に椅子に座ったマリサが寝ていて、足元にはナイトも寝ていた。ベッドの近くの窓を見ると空が赤く染まっており、朝焼けか、夕焼けのどちらかだった。

 全身が重く感じられ、頭痛が酷かったけれど、我慢出来ない程では無かった。起き上がろうとしたけれど痛くて手に力が余り入らず、マリサに当たってしまった。

 マリサはビックリして目を覚まし、愛の方を見た。そして、いきなり涙を流し始め、愛に抱きついて来た。

 しばらくして落ち着いたのか、椅子に座りなおして話を始し始めた。


「愛が目覚めて良かったです。

 あれから丸一日たっているんです。みんな心配していたんですよ」

「丸一日?

 ドラゴンはどうなったの?ユリアは?それに他のみんなは大丈夫なの?」

「愛、落ち着いてください。ドラゴンは死にました。

 それに、みんな大丈夫です。

 愛が一番ひどい怪我をしていたんですよ。覚えています?」

「私が?」


 愛は、余りにも沢山の事があの時起きていたので、最後の記憶が曖昧だった。

 ナイトがドラゴンの目を引っ掻いて、隙ができ、それからサンダーの魔法を発動したら、お腹に激痛が走って、それから・・・。

 彼女は思い出した。ドラゴンの爪がお腹に刺さり、そのまま倒れて意識が無くなっていった事を。

 愛は気になって、お腹を触ったけれども何とも無かった。


「私のお腹の傷を治してくれたのはマリサなの?」

「残念ながら私ではないんです。

 詳しい話はみんなを呼んでからにしますね。

 みんな愛の事をとても心配していて、昨夜は皆さん殆ど寝ていないんです。

 あ、そうだ。

 愛、お腹が空いていませんか?」

「そう言えば、凄くお腹が空いているし、それに喉も渇いている。

 起き上がって・・・、痛い」

「どこか痛みますか?」

「全身が痛い気がする。動く度に違う筋肉が痛い」

「それだったら心配する事は無いですね。単に筋肉痛ですから」

「これが?本当に?」

「限界を超えた戦いをしていましたから、筋肉が悲鳴を上げているんです。

 残念ながらこれは魔法では治らなくて、時間が解決してくれますよ。安静にしていれば自然と治ります。

 では、食事とみんなを呼んできますね」


 そう言うと、マリサは部屋を出て行った。


「ニャー」


 ナイトが甘えるように愛の頬に擦り寄って来た。

 彼女は手を動かすと痛かったけれど、ナイトの喉の下を撫でてあげた。

 ゴロゴロと気持ち良さそうにナイトが喉を鳴らし始めたけれど、直ぐに足元の方に戻って行った。


「どうしたのナイト?」

「ニャーー」

「え、私が痛がっているって。

 ごめんね、撫でてあげられなくて。全身が痛いのは確かね。

 ありがとうナイト、気を使ってもらって」


 ナイトは高い声で長く鳴いて、愛をねぎらった。


「ニャーーー」

「ウフフ。ナイトも昨日は大活躍だったもんね。

 あ、誰か来たみたい。ジュリア?

 えーー、家の中を走って来ている?」


 先程マリサが出て行ったドアが、勢いよく開いた。

 ジュリアは、丸一日愛が目覚めなかったので凄く心配していて、目覚めたとマリサから聞くと、走ってバルガス伯爵の屋敷の中を走って来のだった。

 マリサと同じ様にジュリアも愛に抱きついて来た。そして、しばらくして話出した。


「愛、本当に大丈夫なの?

 貴女の治療が終わっても中々目覚めなかったから、このまま目が覚めないのではと心配していた。

 でも良かった、目が覚めてくれて」


 彼女の顔は疲れ切っており、明らかに寝不足もあってか、目の下にクマが出来ていた。


「筋肉痛であちこちが痛いくらいで、大丈夫ですね」


 愛がジュリアに言ったらその後直ぐに、他のメンバーも部屋の中に入って来た。

 トニーとユリアは殆ど回復していて、日常の生活には何の心配も無いほどだった。

 ただ、マリサやジュリアと同じ様に愛を心配して、昨夜は殆ど寝ていなかった。

 マリサは食べやすい様にスープとパンを持って来てくれた。


「愛の元気な姿が見れて、とても嬉しいよ。

 最初に礼だけは言わせてくれ。心臓が止まったのを再び動かしてもらってありがとう。

 愛が居なかったら僕は死んでいたよ」


 そう言ったのはユリアで、言った後で彼は深々と頭を下げた。

 愛はユリアの元気な姿を見て突然涙が出て来た。自分でも何故涙が出て来たか分からなかったけれど、こうしてまた再会出来たので、とても嬉しかった。


「私の方こそお礼を言いたいです。

 命を賭けてレッドドラゴンに剣を突き刺したお陰で、みんな助かりましたから」

「僕だけではどうにも出来なかった事だよ。

 ここに居るみんなの協力でレッドドラゴンを倒せたんだ」


 ユリアがそう言ったら、みんなが頷いた。

 それからジュリアが、愛がレッドドラゴンにサンダーの魔法を発動して倒した後の話を詳しくしてくれた。愛はお腹が空いていたので、スープとパン、そしてコーヒーで食事をしながら聞いた。


 ーーーー


 バルガス伯爵の庭師が最初に異変に気が付いた。

 雷雲が山の方に発生していたけれど、通常では考えられない巨大な火柱が現れては消え、又現れては消えを何度も何度も繰り返しているのが見えた。彼はユリア王子の一行がもうすぐその方向から来る事を知っていたので、もしかしたらユリア王子が魔物と戦っているのではと思い、バルガス伯爵に異変の事を言った。

 バルガス伯爵はそれを聞くと、直ぐに行動を起こした。屋敷内に居た、戦える者と治療ができる者を全員そちらの方に直ぐに行かせた。その中には、バルガス伯爵の結婚したばかりの息子のジョンと、新妻のニーナが居た。


 彼等は、出来るだけ早く火柱の起きている場所に急いだ。雨が少しずつ降って来て、雷も近くで鳴っていた。近くに行くと前方で雷が落ちたのか、凄まじいばかりの雷の音と、眩いばかりの光が同時に起きた。


 彼等が最初に目にしたのは、地面に倒れていた二人の男達だった。一人は出血多量で既に死んでいた。もう一人は手と顔から血は出ているものの、まだ生きていたので一人の治療師が治療を開始した。


 更にジョンとニーナ達が前に進むと、前に何回か会った事のあるジュリアとマリサ 、そしてもう一人の男の人が、死んだレッドドラゴンを動かそうとしていた。ジュリアがジョンに気が付いて、大声で助けを求めた。


「ジョン、助けて。このレッドドラゴンを動かさないと愛が死んじゃう」


 ジョン達が近くに行くと、女の人のお腹にがレッドドラゴンの爪が突き刺さっており、大量の血が流れ出ていた。みんなでレッドドラゴンを動かして、治療師のニーナが愛の治療を直ぐに開始した。

 マリサは、ユリアの治療で魔法が殆ど残って無くて、万事休すだった。

 ニーナが治療を終わって言った。


「治療は終わりましたが、血が大量に失われていたので、目が覚めるのがいつになるかは今の段階では分からないです。ごめんなさい。これくらいしか出来なくて」


 ジュリアは安心をしたのか、涙を少し流した。


「ありがとうございました。

 貴女のお陰で愛の命が助かりました。マリサの魔法が殆ど残って居なくて。

 貴女の名前をお聞かせください。後で、愛が目覚めた時に貴女の名前を知りたがると思うので」

「私はジョンの妻のニーナと言います」

「初めまして。貴女がジョンと結婚されたニーナさんだったんですね。

 私はジュリア、こちらが妹のマリサ、そして騎士団候補生のトニー。ユリア王子はマリサが治療を終えて、そちらで横になっています」

「初めまして。ジュリアさん、マリサさん、トニーさん。あちらの二人の男性は、誰ですか?」

「彼奴らが、このレッドドラゴンを操っていた張本人達よ」

「そうなんですか。一人は亡くなっていましたけれど、もう一人は今治療をしていますよ」

「そいつを捕まえて!。貴重な情報を握っている!!」


 横で聞いていたジョンは、直ぐに男の所に行って捕まえた。彼は治療を終えたばかりだったけれど、出血が多くて上手く体を動かす事が出来なかった。彼は抵抗するにも、何も出来ずにあっさりと捕まった。


 ーーーー


 ・・・と言う経緯で、このバルガス伯爵様のお屋敷に居るわけ。

 それで、愛には悪いんだけれども、例の秘密をユリアとトニーに話したわ」


 愛はそれを聞いて、今啜ったスープが口から出そうになった。


「あれだけの活躍だったから、根掘り葉掘り聞かれたのよね。今回の事で、武術にしろ魔法にしろ、遥かに騎士団のレベルを超えていると私も分かった。隠すよりも秘密を打ち明けて、愛を守って行こうと言うことになったのよ」


 ジュリアがいい終わると、ユリアが話し始めた。


「愛が古の勇者の娘だと聞いた時は、凄く驚いたけれどね。

 この事は、ジュリアが言っていた通りに、当分の間は秘密にしておいた方がいいと僕も思う。知っているのは、今の所このメンバーだけだね。王都に帰ったら、父上と兄上だけには話そうと思っている。王族が事情を知っていれば、これから何かと都合が良いと思ったんでね。

 それと、レッドドラゴンを愛がサンダーで倒したけれど、これは秘密にしておいた。レッドドラゴンに刺さった剣に、偶然雷が落ちたと彼等には説明をしたら、すんなりと納得をしてくれたよ。それと、僕の心臓が止まった時にサンダーで治療してくれたけれども、それも秘密にした。現時点では愛しかサンダーが使えないので、誰かに教えてとしても、治療が出来ないからね。

 後、ナイトが怪我を負わせた男の一人がヘンリーと言う名前で、彼がレッドドラゴンを操っていた張本人だった。彼は、カラスも操っていてその事も白状したよ。もう一人の男は死んだけれど、闇の大魔導士の幹部の一人だと分かった。ナイトが彼等に怪我を負わせなかったら、我々は全滅した所だったよ。

 ナイト、ありがとう。君は既に我々の仲間だ」

「ニャーー」


 ナイトは自信に満ちた鳴き声でユリアに答えた。


 愛は思った。あれだけの死闘をくぐり抜けて、みんな無事で良かったと。スープとパンとコーヒーでお腹いっぱいになったし、彼女は今とても幸せだった。

 ・・・と思ったら、このスープはもしかして、あのスープ?























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