第22話 死を覚悟して

 トニーは脳震盪を起こして戦線に復帰が難しく、ジュリアは魔力が空で、攻撃魔法は何一つ発動出来なかった。

 マリサはユリアの心臓が止まった事で、再び彼の心臓を動かすには、愛にしか出来ないサンダーの魔法が必要だった。しかし、状況は最悪中の最悪で、愛がこちらに来ると、 間違いなくレッドドラゴンもこちらに来るのは明らかだった。

 マリサは、ここは冷静に考えなければ全滅すると思い、あらゆる可能性を考えた。


 ふと思いついたのが鏡を使った防御だった。

 見慣れてない鏡をレッドドラゴンの周りに作り出すと、間違いなく時間を稼ぐ事が出来ると思った。その間に愛に来てもらい、サンダーの魔法で再びユリアの心臓を動かす可能性があると信じた。そして、ユリアが命を賭けてレッドドラゴンの心臓の近くまで突き刺さった剣に、強力なサンダーの魔法を発動したら、絶命するのではと直感的に感じた。


「愛、来てー」


 マリサは出来うる限り大きな声で愛を呼んだ。

 愛は、死闘の最中にマリサに呼ばれた事で一瞬迷ったけれど、彼女を信じて直ぐに駆けつけて来た。

 マリサは,愛がレッドドラゴンから離れて直ぐに、鏡の魔法を発動して、周りに鏡を作っていった。思っていた様にレッドドラゴンは困惑して、完全に動きを止めた。


 愛は、ユリアが目を覚ましていないので、凄く心配をした。


「マリサ、どうしたの?」


 愛が直ぐにマリサに聞いた。

 マリサは、今までの事情を説明して、サンダーの魔法で再びユリアの心臓を動かして欲しいと頼んだ。


 それを聞いた愛は、心が張り裂けそうになった。図書館で言った事が目の前で起き、しかもそれがユリアだったので彼女は泣け叫びたくなった。

 しかし、今、彼を蘇生しないと永久に戻って来ないと知っていたので、唇から血が出るくらいに噛んで我慢をした。

 魔法は既にウインドで殆ど無くなっていて、残るはダイアモンドとピンクダイアモンドにある魔法だけだった。


「マリサ、離れて」


 愛はそう言うと、ダイアモンドの魔法を使って最小のサンダーをユリアの心臓めがけて発動した。何も起こらず、これだと弱いと分かった。

 二回目は強めにサンダーを発動したら、反動でユリアの体が少し動いた。しかし、心臓は動かなかった。


 レッドドラゴンがおかしいと気が付いたのか、鏡を攻撃し出した。

 もう、時間が無いのは明らかだった。


 三回目、更に強くサンダーを発動したら、さっきよりもユリアの体が大きく動いた。もしかしてと思って確かめたら、心臓は止まったままだった。

 愛は、本当に泣きたくなってきていた。

 しかし、ここで止めたら間違いなくユリアは戻ってこない。


 周りの鏡を殆ど破壊したレッドドラゴンは、こちらに気が付いたのか、音のする愛達の方を見ていた。


 四回目、更に強くサンダーを発動した。ユリアの体が、かなり大きく動いた。

 その後直ぐに、少しだけ瞼が動くのが見えた。

 お願い、今度こそと思って確かめると、彼の心臓が再び動き出しているのが確認出来た。

 愛は突然泣き出した。

 目から涙を止める事が出来ずに、こんなに嬉しい事は無かった。

 愛は泣きながら言った。


「マリサ、後はお願い」

「分かったわ」


 マリサの返事を確認して、愛は再びレッドドラゴンと戦うために戻っていった。

 ユリアが命をかけて突き刺した剣に、サンダーの魔法を発動すると、レッドドラゴンが絶命すると彼女が言っていた。愛もそう思ったけれど、問題が一つだけあった。至近距離でないと彼女の魔法が当たらない事だった。

 ジュリアの様に熟練した魔法使いならば、間合いを取って魔法を発動できる。しかし、この世界に来て間もない愛には到底出来なかった。


 愛は、最後の、本当に最後の戦いをする決心をした。それはユリアと同じく自分の防御を無視する事だった。

 彼女は死を代償に、最後の魔法を発動しようと決心をした。決心をした途端にユリアの顔が最初に浮かんで、次にメンバーの顔、それから、この世界に来て会った全ての人達の顔も一瞬の内に浮かんでは消えていった。

 ブレスレットの中で残された魔法はピンクダイアモンドだけになっていた。これは愛のお母さんが愛の為に溜めて置いてくれたものだった。最後にお母さん、お父さん、恵お姉さんの顔が浮かんで、そして消えて行った。


 レッドドラゴンが、目の前に迫って来ていた。

 愛は右手の中に、ピンクダイアモンドの中の魔法を全て使ってサンダーをイメージした。


 レッドドラゴンの攻撃が愛に直撃して、ブレスレットの中の防御魔法が発動して攻撃を防御した。


 愛の右手の中はまるで、百万回静電気を受けた感じだった。これが本当にイメージだけなのか疑うくらいに超強力な痛みを感じた。


 レッドドラゴンが再び攻撃を仕掛けて来た。

 今回も同じくブレスレットの防御魔法が攻撃を防いだ。

 次の攻撃が来れば、もはや防ぐ手立てはない。


 その時、ナイトがレッドドラゴンの背中を走って来て顔の前で回転すると、片目を深い爪で引っ掻いて、目を潰した。

 この事によってレッドドラゴンに隙が生じて、愛はレッドドラゴンに刺さった剣に近づいて行って、最強のサンダーの魔法を発動した。

 手から巨大な稲妻が出て行き、眩しい光と、耳が張り裂けるほどの音と共に、全て剣に吸い込まれた。

 レッドドラゴンは一瞬にして心臓が止まり、そのまま倒れていった。


 しかし、愛がサンダーを発動したと同時に、レッドドラゴンも攻撃を開始していて、彼女に直撃していた。

 爪が深く腹に突き刺さり、それが抜ける事なく、レッドドラゴンと共に倒れていった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る