第20話 死闘 その二 騎士団候補生 トニー

 トニーは幼い頃から、有名な騎士団が書いた自伝が好きで繰り返し読んでいた。特にドラゴンをやっつける場面が好きで、そのページだけボロボロになるほどだった。当然将来の夢は騎士団になる事で、王宮の料理長のお父さんのダンも、そんな息子の為に王都でも有名な道場に通わせていた。

 成長したトニーは、幼い頃から時々遊んでいたデオラルド伯爵家のマリサに恋心を抱く様になった。しかし、相手は伯爵家のお嬢様で身分差があり、心の内を打ち明ける事が出来ずに、なんとしても騎士団に入る必要があった。

 最初の騎士団の試験で、実技と筆記は問題がなかったが、今まで疎かにしていた言葉使いの悪さが口頭試験で及第点にはいかず落とされてしまった。

 来年は受かるよと、周りの人達は言ったけれど、気力を無くしたトニーは毎日ぶらぶらとしていた。

 そんなある日、王様とアンドリュー王子が食べていた焼き菓子から毒が見つかった大事件が発生した。それを見つけ出したのがユリア王子の知り合いの橘愛だった。

 数日後、トニーに橘愛の手伝いをするようにお父さんのダンから言われた。最初は断ったけれど、メンバーの中に憧れのマリサがいると知って、二つ返事で参加を決めた。姉のジュリアは苦手だったけれど、それから彼は楽しい日々を送る事が出来た。騎士団候補生となった時も、自分の事の様にマリサは喜んでくれた。トニーはメンバーに参加した日から今日までは本当に幸せだった。そう、この目の前にいるレッドドラゴンが現れるまでは!!


 目の前に実際にドラゴンがいると威圧感が半端では無くて、死を覚悟した。

 心残りは、マリサに胸の内を打ち明ける事なく死んでいく事だった。

 ユリアから指示がみんなに出された。マリサを見ると小刻みに震えているのが彼には分かった。愛するマリサの為に彼は、命を捧げる覚悟で気合を入れると、武者振るいが起きた。

 彼は全神経をレッドドラゴンに集中し、隙を作るべく、戦いにのめり込んでいった。


 右から鞭の様にしなる尻尾がトニーに襲いかかって来た。と同時に右手も彼の顔面めがけて振り下ろして来た。尻尾は剣で受け止めて、右手の鋭い爪の攻撃は盾で防いだ。しかし、どちらも想定以上の力だったので、身体がよろめいた。レッドドラゴンから更に追い討ちが直ぐに来た。左手の鋭い爪が彼を襲った。体勢がくずれていたのでその攻撃に対処出来ず、あわや一撃を食らうと思っていたらユリアの剣が素早く防いでくれた。

 ユリアを見たら目で合図をして来た。トニーは、ここにいるメンバー全員でレッドドラゴンと戦っていると改めて実感して、更に気合が高まっていった。


 レッドドラゴンに、目の前の二人と戦っていたので隙が出来た。ドラゴンと戦った経験のあるジュリアはそれを見逃さず最初の魔法を発動した。愛が考え出したファイアの最上級の魔法をジュリアが放つと、それは目に一切見えずに、いきなりレッドドラゴンの心臓の近くのウロコが真っ赤に燃え出した。部分的には瞬時に蒸発していたが、重なった部分だけだったので内臓までは達しなかった。

 レッドドラゴンはいきなりの激痛に耐えきれなくて、地面に傷口を擦り付けて炎を消した。


 ジュリアは体内にある魔力を、先ほどの魔法で全て使い果たした。残るはブレスレットのダイアモンドに溜めて置いた魔力だけになった。しかし、一回のファイアの魔法でここまでドラゴンにダメージを与えたのは彼女にとっては初めてだった。思った以上の効果に、彼女はレッドドラゴンに勝てるかもしれないと思った。今度も愛が考えたブリザードの最強魔法である絶対零度の魔法を発動する番で、レッドドラゴンの隙を、全神経を研ぎ澄まして注視した。


 トニーは、一回のファイアの魔法でここまでダメージを与えたのを始めて見て、今更ながらジュリアの底知れぬ魔力に驚いていた。今まで見たフォイアの魔法は、鱗が高温になって赤くなるだけだったのに、ジュリアのファイアは鱗が燃えて、更に部分的に高温によって蒸発した。しかし、まだ鱗が無くなっていなくて、何度かそこを攻撃しても鱗を貫通しなかった。今度来るブリザードの魔法で、鱗が脆くなって剣が貫通すると睨んだ。


 レッドドラゴンは、物理攻撃だけでは倒せないと悟ると、得意の火炎を吐きながら、物理攻撃して来た。


 今までは、なんとかレッドドラゴンの攻撃をユリアと防いでいたトニーだったが、火炎が加わって状況が一変した。今まで経験した事のない攻撃で、高温の熱さと猛攻で二回立て続けに攻撃を食らってしまった。幸い、ブレスレットにあらかじめ仕込まれていた防御魔法で攻撃を弾き返した。しかし、“不協魔法の法則”で、ブレスレットには三個しか宝石を付ける事が出来なかったので、残りの防御魔法は一回だけになってしまった。

 段々と焦りが見え始めたトニーは、遂に最期の防御魔法も使ってしまった。そして、レッドドラゴンはトニーの方がユリアよりも弱いと判断して、トニーに更なる猛攻を仕掛けて来た。

 最初に火炎を吐いて視覚を狭め、右手の爪で盾を奪った。更に左手の爪で引っ掻いたけれど、それはトニーが剣で受け止めた。

 しかし、下から来る尻尾の攻撃が目に入った時には既に遅すぎて、彼はまともに食らってしまった。余りにも不意の攻撃だったので、彼は愛達の方に飛ばされて岩に激突し、脳震とうを起こして意識を失った。外傷は殆ど無かったけれど、頭を強く打った所から血が流れていた。

 マリサが直ぐに駆けつけ、トニーの頭から血が流れているのを見たら、心臓が締め付けられる思いがした。彼女は自分の命よりも彼の命を助けたいと思い、初めてトニーを愛していると分かった。彼女は涙を流しながら、心の底からの叫びが自然に口から出てきた。


「トニー、死んじゃダメー。

 お願いだから生きて!!」


 マリサはトニーが頭を強く打った事を確認して、強力な治癒魔法を発動した。

 少し経っても何の変化もなく、マリサは焦ってきた。心臓は動いていて、早くもなく遅くもなかった。出血は既に止まっており、これ以上何もする事がなかった。レッドドラゴンの方を見ると戦況は思わしくなく、トニーが居なくなったのでユリア一人がレッドドラゴンと対峙していた。突然愛が、ユリアに駆け寄りレッドドラゴンに薙刀で攻撃を開始した。


「んん〜〜、俺は、どうしたんだ?」


 トニーがやっと目覚めたけれど、体を直ぐに動かす事が出来なかった。


「ドラゴンに飛ばされて、頭を強く打ったのよ。

 大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。

 直ぐに行かないと、ユリアが危ない」


 トニーは立ち上がろうとしたけれども、よろけてマリサに覆い被さってしまった。

 彼の顔の直ぐ下にあったマリサの目から涙が流れているのを見ると、前以上に愛おしく感じた。

 トニーは頭を強く打っていたので、少し理性のコントロールが上手くいっていなくて、レッドドラゴンと戦う前に思っていた事が口から出てしまった。


「マリサ、僕は君を愛している。

 あー、今言うべきでないのに。早く戻らないと」


 マリサはそれを聞いて凄く嬉しかった。

 そして、心からトニーに生きて欲しいと願っていた。













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