第19話死闘 その1 猫のナイト
愛達は小さな丘を超えると、眼下に谷間が見えてきた。
「ここまで来れば安心だろう。もうすぐガルバス伯爵の屋敷に着く」
そう言ったのはユリアだった。
しかしナイトがその後直ぐに、急に怯えた様に鳴き出した。
明らかに、前方に何かいると愛は思った。今回に限ってナイトからイメージが殆ど無かった。分かったのは、谷間に強い魔物がいるとしか伝わって来なかった。
「愛、ナイトが怯えて鳴いているけれど、これは?」
「それが、今回は魔物のイメージが無くて、ただ強い魔物がこの谷間に潜んでいる事しか分からないんです」
「ブラックウルフ以上の魔物で、ナイトが太刀打ちできない魔物って事だよね」
ユリアがそう言って立ち止まった。
雷雨が近くにあるらしく、雷の光の後に音が直ぐに聞こえて来ていた。もうすぐ雨が降るのは確かだった。
トニーがユリアに聞いた。
「ユリア、ブラックウルフよりも強い魔物は何でしょうか?」
「今それを考えているんだけれど、熊系の魔物か、或いはヒョウ系の魔物だろうね。
しかし、これらは少し厄介だな。防御力が高いから、一撃では致命傷を与えられない。
どちらも戦った事があるけれど、こちらにも甚大な被害が出るのが常だった。ジュリアはどう思う?」
「この道を通らないと返って危険になるわ。
魔物の足の方が速いから、ここから引き返してもいずれ追いつかれる。
覚悟を決めて、このまま行くしかなさそうね」
「僕もそう思っていた。
他のみんなはどう思う」
トニーはやる気満々で、こう答えた。
「ドラゴンが出る分けがないので、行きましょう」
「そうだな。マリサと愛は?」
マリサが慎重に答えた。
「行きましょう。
それしか道がなさそうです」
「私も賛成です」
愛は、少し不安があったけれど、行くしかないと思った。
ーーーー
「彼奴ら、あそこから動こうとはしませんよ。レッドドラゴンが居るのがバレましたかね」
「違うよ。奴らは引き返すよりも、危険を犯してこの道を通るか決めているところさ。
間違いなくこっちに来る。安心して待ってろって」
「そういうもんですかね。幹部の考える事は分かりませんや」
「ヤバイな、雷だ。もうすぐ雨が降る。雨が降ったら谷間を火の海にできねー。それだけが心配だけど・・・。
お、見ろよ動き出したよ。これで祝杯を上げれるってもんだぜ」
ーーーー
愛が賛成した事で、ユリア達は慎重に谷間の道を進み始め、ユリアとトニーは既に盾を持っていた。いざという時の為に左右を確認しながら道を進んでいた。
ジュリアは、愛とマリサから聞いた究極の盾の改良版を魔法で作り出した。強化ゴムがメインでその上が薄い金属、最後が鏡になっていた。この盾は、物理攻撃を盾が変化する事によって受け流し、金属と鏡によって冷気と炎を防ぐ事が出来た優れものだった。欠点は、作り出された盾の限界を超えると霧散する事だった。
彼女はそれを左手で持って、右手はいつでも魔法が発動出来る様に、指を細かに動かしていた。
マリサもジュリアと同じ盾を魔法で作り出し、利き腕でない方の手で持っていた。
愛だけが盾を持たず、薙刀を持って進んで行った。
ーーーー
「女二人が消えた。何でだ?」
「木の陰に隠れているんではないですかね?」
「いや。突然消えた。ここからだとよくわからんな。
とにかく三人は、レッドドラゴンに近づいているのは間違いない。
何だあれは?どうやら何かの動物を連れいているな。猫みたいだが?まさか猫が旅に同行する訳ないしな。
ま、とにかく今は待つしかなさそうだ」
「罠とも知らずにね」
二人は不気味に笑いながら、じっと愛達を見ていた。
ーーーー
谷間の下には小さな小川があって、水が少しだけ流れており、ユリア達はその小川を超えた。この谷間に来るまでは、野生の動物達の声が時折聞こえて来たけれど、ここでは全く聞こえず、静寂が谷間を覆っていた。
「ニャーー」
静寂を破ってナイトが小さく鳴いた。愛はナイトが鳴いた訳が瞬時に分かった。
右手前方の方に二人の人間が居るのが分かった。
そして、そして、絶対にここには現れないと言っていたドラゴンが、そこの岩の陰に隠れているのが分かって、彼女は生まれて初めて死の恐怖を感じた。
彼女は少し震える声でみんなに警告をした。
「鱗が赤いドラゴンが、そこの大きな岩陰にいます。そして、それを操っている人間が向こうに」
「本当なのか愛?」
ユリアが直ぐに反応した。
メンバー全員が止まって、愛の次の言葉を待った。
マリサはドラゴンの名前を聞いて、少し震えていた。
「はい。間違いありません」
「人間を何とか出来れば」
「ニャーーー」
鳴いたナイトは直ぐに横道をそれて、木々の中を走って行った。
「ナイトが人間を何とかするそうです」
ーーーー
「彼奴ら、気が付いたようですよ。そろそろですかね」
「ああ。やってくれ。
間抜けな奴らだよ、あんなにドラゴンに近付いて」
「それでは、レッドドラゴンを奴らに嗾けますよ」
ーーーー
愛が言った途端に、岩陰からレッドドラゴンが姿を表し、愛達が来た道の後方に火炎を吐いて辺りを火の海にした。
後ろに戻ろうとしても猛火で退路を完全に断たれてしまった。もはや、ドラゴンを殺るしか、彼らの生き残る道はなくなった。
ユリアが指示を早口でみんなに出した。
「ジュリアは心臓近くの鱗の一箇所を、ファイアとブリザードの魔法で防御力を下げてくれ。
トニーは俺の横でドラゴンのスキを作って、ジュリアが魔法を発動しやすいようにする。
愛はジュリアの補助。マリサは状況に応じて支援魔法を発動してくれ」
メンバーがそれぞれ返事をした。
レッドドラゴンは、既に追い込まれた獲物をもて遊ぶかのように、鞭のようにしなる尻尾を振りながら、ゆっくりと近付いて来た。
ーーーー
「いよいよ始まりますね。殺戮のショーが」
「ああ、奴らに代償は命で払ってもらう。間違いなく全滅す・・・、ギャー」
ナイトが真後ろに居るのに二人は全く気が付かず、最初の餌食になったのは幹部のランディだった。彼の首の動脈を、長さ五センチはある爪でナイトがブチ切って、血が吹き出るように流れ出した。激痛に耐えながらも手で動脈を抑えたランディは、治癒魔法を発動しようとしたが、失われた血が余りにも多すぎて意識が徐々に薄れていき、ついには出血多量で絶命をした。
部下のヘンリーは、不意の出来事に頭が付いて行かず、ただ呆然とランディが死んでいくのを見ているだけだった。猫のナイトに気が付いた時には既に遅かった。彼は武器を何も持っておらず、攻撃魔法を発動しようとしたが、ナイトの方が行動が断然早かった。彼が出した手に爪で引っ掻いて、中の骨が見えるくらいに深い傷を負わせた。彼が激痛で手を引っ込めても、今度はナイトは顔面を引っ掻いた。爪の深さで両目が潰れて、顔面血だらけになり、そして倒れていった。ヘンリーは恐怖で倒れたまま震えているだけで、何も出来ずに顔面を手で覆っているだけだった。
致命傷にはならなかったけれど、大量の血が手と顔から流れていき、徐々に彼の意識は薄らいでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます