第17話ブラックウルフとカラス
朝早く宿屋を旅立った愛達は、予定通り山越えの道を歩いていた。
魔物が出た情報が居酒屋で共有されていたのか、お昼近くになっても愛達以外、誰もこの道を通っていなかった。
峠に差しかかると、海も見える素晴らしい眺めの良い場所に出て、お昼ご飯にはもってこいの場所だった。しかし、周りをよく見ると、あちらこちらに荷物が散在しており、キャンプファイアの形跡もあって、明らかにお昼の途中に魔物に誰か襲われたみたいだった。
「少し不気味ね」
最初に言ったのはジュリアだった。
「ああ。
最近魔物に襲われたみたいだ。それに、この襲われ方はアンティではない。居酒屋で魔物の目撃情報を見たけれども、アンティ以外はなかった。新手の魔物がこの近くにいるみたいだ」
ユリアが辺りを見回しながら言った。
「アンティ以外だと、どんな魔物が考えられるんですか?」
トニーが気になってユリアに聞いた。
「そうだな。足の速い魔物みたいだから狐系の魔物か、あるいは、考えたくはないが狼系の魔物だね」
「このメンバーだと大丈夫でしょうか?」
「それは問題ない。
しかし、怪我人が出る可能性は否定できない相手でもある。
手筈通りに魔物が襲って来たら、僕とトニーが魔物と対峙して、ジュリアがその後ろから魔法攻撃、そして愛とマリサは後方で待機していてくれ」
他のみんなから、確認の声が上がった。
ジュリアは、半日山歩きをしてお腹がとても空いて死にそうだったので、それをいつ言い出そうと少し悩んでいたけれど、今がチャンスだと思って、思い切って言った。
「ユリア、お昼ご飯んはここで食べる?
それとも別の場所にします?」
「そうだな。
ここは周りに木々がないので魔物に襲われた時に迎撃しやすい。
それに、雷の音が遠くで聞こえて来ている。雨が降るかもしれないので今のうちに食べておいた方がいいだろう」
「その方が良さそうね」
ジュリアは冷静に答えたけれど、これでお昼ご飯が食べれると思うと安堵していた。
今回は“踊る子羊亭”の料理長が、特別に弁当を作ってくれていた。魔物が襲って来る可能性があったので、いつもより早くみんな食べ終わった。ナイトにも女将の計らいで、干し魚が三匹、お昼ご飯用に愛に渡されていた。ナイトも歩き疲れてお腹が減ったのか、お昼ご飯が出されると、あっという間に食べ終わっていた。
食後の休憩をしていると、最初に異変を感じたのは、やはりナイトだった。
突然右手の林の方に向くと威嚇の姿勢を取って鳴いた。
「フーーー」
昨日の昼と同じ様に、ナイトからのイメージが愛に伝わって来た。それは、狼の群れがこちらに近づいて来ているイメージで、図書館で予め読んでいた魔物図鑑の中にあった、ブラックウルフだとすぐに分かった。
この魔物は防御力は弱いが、機動力と集団力の強い魔物で、普通の人達では太刀打ち出来ないレベルの書かれてあった魔物だった。
「ブラックウルフが向こうの林からやって来ます。およそ二十頭」
ナイトが威嚇の姿勢を取った直後に、愛が指をさして言った。
他のメンバーは昨日の昼の経験で、既にナイトと愛の能力を薄々感じていた。愛がいきなり魔物の種類と頭数を言っても驚かず、急いで迎撃の態勢を整え始めた。
愛は、遠くにいる敵を倒す時、どうすればいいかをここに来るまで色々と考えていた。暗器があればいいのだけれども、ここにはそれがないので何かを代用しようと思っていた。攻撃魔法はまだ練習していないので、遠くの魔物に当てるのは無理だと判っていた。
足元を見ると、手ごろな石が沢山あった。ふと思いついたのが切り裂く魔法の応用で、石を投げる時に進行方向に真空を作れば、ほぼ一直線に空気抵抗もなく進み、更に加速されながら物凄い速さで魔物に当たるのではないかと思った。
林の中から最初のブラックウルフが見えてきた。
愛は手頃な石を一個拾って、暗器の要領と切り裂く魔法を発動しながら先頭のブラックウルフの眉間を狙って石を投げた。
空気を切り裂く音が聞こえたかと思うと、あっという間に先頭のブラックウルフの眉間に命中し、眉間から大量の血が吹き出して倒れて行った。
すぐ前にいたジュリアがビックリをして、愛の方を向いて言った。
「愛、今のは?」
「切り裂く魔法と暗器の投げる技を合わせたんです」
「もっとお願い。
私の魔法は、今の半分の距離に来ないと命中率が悪いから」
「はい、分かりました」
後ろで見ていたマリサは、先ほどの出来事を見ていたので、蹲み込んで愛が拾った同じくらいの大きさの石を直ぐに愛に手渡した。愛は頭で軽く頷くと、同じ要領で二回目の魔法を発動しながら石を投げた。今回も同じく魔物の眉間に見事に命中して魔物は倒れて行った。三回目、四回目を繰り返すと、同じく魔物は倒れて行った。
ジュリアは、魔物が魔法の有効圏内に入って来たので、昨日の昼に成功した切り裂く魔法であっという間に八頭倒した。
その後も二人で魔物を倒していき、ユリアとトニーの近くに来たのは、結局四頭だけになっていた。
ナイトがその内の一頭目掛けて突進して行った。大きさはナイトの方が一回り小さかったけれど、素早さでは遥かにナイトの方が早く、あっという間に鋭い爪で脇腹を引き裂いて倒した。
残りの三頭も、ユリアとトニーがあっさりと剣で倒していった。
「なんだか、呆気なかったですね」
トニーはそう言って、緊張感を解いた。
ユリアは、愛とジュリアの魔法の威力を目の前で見て驚嘆していた。今まで騎士団員として何度も仲間と共に戦ってきたけれども、ブラックウルフを相手に、こうも簡単にやっつけたのは初めてだった。特に、愛の魔法には驚いていた。魔法騎士団員の魔法の有効射程内よりも倍近い距離の、しかも動いている魔物の眉間に正確に当てたからだった。でも、何の魔法なのかは全く見当がつかなかったので、聞いて見ることにした。
「愛、今の魔法は?」
「えーと、さっき思いついた、魔法と暗器を投げる技を合わせたもので、足元に手頃な石があったので、それで代用しました」
「ちょっと待ってくれ。愛は石をあそこまで投げて、魔物に当てたと言うのかい?」
「魔法と併用して、あそこまで届きました」
愛は、にこやかにユリアにそう答えた。
彼女は本当のことがまだ言えなかったので、言葉を濁してユリアに伝えた。最強魔法の元である真空を使った魔法は、たとえユリアでもまだ秘密にしておきたかった。
ユリアは、愛の説明が分からなかった。石を投げたのは間違いなさそうだったけれど、魔法をどの様に使ったのか皆目見当がつかなかった。しかも、石を投げた軌跡ではなく、魔法の様に一直線に進んで魔物に当たっていたので、てっきり魔法だと思っていた。
それに、愛が最初に言った言葉が“さっき思いついた”だった。
長く研究をしてこうなったのならまだしも、直前に考えた技がこうも威力を発揮するとは。昨日の薙刀の切れ味と、今回の魔法の威力は、彼女の将来の可能性が無限に広がっているのではないかと、ユリアは思ってしまった。
「とにかく誰も怪我がなくて良かったよ」
ユリアはこの事は後で深く考える事にして、取り敢えずは雨が降りそうなので早く移動した方がいいと思った。
ナイトが何かの異変に気が付いて、上空を見上げて鳴いた。
メンバーは今度は空から魔物が襲って来たかと思いきや、カラスが一羽飛んでいるだけだった。
「ナイト、驚かさせないで!」
ジュリアがナイトに言った。
「ニャー、ニャー」
「え、違うの?
それに私に答えてくれたの?」
「ニャー」
ジュリアは、初めてナイトが無視をしないで答えてくれたのでとても嬉しかった。でも、ナイトの言っている真意が分からなかったので、愛の方を見た。
愛は、ナイトが鳴いた意味を何となく分かった。それは、あのカラスは見張り役で、近くに敵の人間が居るのを教えてくれていた。
「この近くに敵方の人間がいます。
あのカラスは偵察で、私達を監視しているみたいなんです」
「何だって!」
ユリアが驚いた顔で愛を見た。
カラスは戦場でよく見かける鳥だけに、今まで全く気にはしていなかった。
「どこに敵方の人間が居るか分かるかい?」
「いえ、そこまでは。
でも、ブラックウルフが全滅した事は、向こう側に伝わったのは間違いないと思います」
「そうか、分かった。
取り敢えずはここから早く離れよう。新手の魔物が現れる嫌な予感がしてきたんでね」
ユリアの指示でメンバーは移動の準備をして、出発をした。それに伴って、カラスは愛達の上空を離れずに飛んで来ていた。
「愛の言っている事は間違いがなさそうだな。
あのカラスを何とかしないと」
「遠すぎて、愛が使った魔法でも当たらないわ。
それに、竜巻の魔法で遠くに飛ばしても、また直ぐに戻ってくるわ」
なすすべも無く愛達は、木々が茂る森の中に入って行った。
愛は、さっきの魔法でカラスを撃ち落そうと試みようとしたけれど、カラスは左右に木々を避ける様に機敏に飛んでいたので無理だと判断した。
ナイトが前方の木に登っていった。更に、木から木に器用に移動をして、烏が通るであろう木の上に更に登っていった。烏は愛達を見ていたので、ナイトには全く気が付いていなかった。
烏がナイトの木の下を通る時に、ナイトがカラスに向かってタイミングよく飛び降りて行った。カラスはまだ気が付いていなくて、上空からいきなりナイトに襲われ、なすすべもなくカラスは下降して地面に叩きつけられた。ナイトは地面に着く直前にカラスから離れ、一回転をして、地面に降りた。
「ニャーー」
愛の方を向いて、自慢したように鳴いた。
「ナイトよくやったね。
ユリア、これは?」
カラスの死骸を見ると黒い首輪をしており、宝石が一個埋め込まれていた。
「僕も初めて見る物だよ。
ジュリア、どう思う?」
「はっきりとは分からないけれども、カラスを操って、カラスの目から入る情報を人間に伝えているのではと思う。
これは持ち帰って、魔法騎士団で詳しく分析をした方がいいわね」
「分かった、そうしよう。
彼らはこれを、間違いなく奪い返しにくるだろ。これは、なんとしても王都に持って帰らなければならない気がする」
「私もそう思うわ。急ぎましょう」
「ああ」
短く返事をしたユリアは、出来る限り早く歩き始めた。
メンバーもそれが判って、それから誰一人口を開かないで、ひたすら山道を足早に下って行った。
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