第16話宿場町と夜空



 再び馬に乗った愛達は旅を続け、別れたジェラルド達は、反対方向の王都に向かって行った。

 ジェラルドが言っていた共同オーナーの話は、ジュリアどころか、マリサ、トニー、そしてユリアさえも、それはいい話なので受けた方がいいと言っていた。これに関しては、友達の意見に愛は素直に従った。愛が出した条件をジェラルドがアッサリと認めたのも大きな要因だった。それは、売り上げの中から魔物に追われた人達を助けるお金を出す事だった。ジェラルドの話によると、既にホーテン商会ではどの店も、一定の利益を福祉の方に寄付をしていると言うのだった。寄付の使い道はマリサが知っていたので、愛にそれを教えてくれた。

 この旅が終わって王都に帰ったら、もっと詳しい話をする事に決まった。


 右手に山脈、左手に海岸を時折見ながら街道を更に進んで行った。夕方になって進行方向に高い山が近くに見えてきて、その麓に目的地の宿屋が見えてきた。

 ここは街道の分かれ道になっており、愛が思っていた以上に大きな宿場町だった。

 海岸沿いの道は、荷馬車が通れるぐらいの幅があり、目的地であるレディングのバルガス伯爵の領地に通じている。しかしその道は遠回りになり、山を越える近道は一日で着くので、既にその道を通る事を選んでいた。その道を選んだもう一つの理由は、魔物の討伐を今回兼ねているので、こちらの道の方が魔物が出没した情報が多かったからだった。

 右に行く道は隣国に通じており、荷馬車なども通れ、人通りが最も多かった。


「お待ちしておりましたよ、ユリア王子」


 そう言ったのはここの女将で、王族がこの宿場町に泊まる時は、このアンナが女将をしている“踊る子羊亭”に泊まるのが長年の習慣だった。


「ささ、こちらの部屋はユリア王子とお連れの方。そして、お嬢様方は向こうの部屋でございます。

 お食事は食堂に来て下されれば、いつでも食べれる事ができますので」


 愛の後を、ナイトが付いて来ていた。


「いやだね、野良猫が紛れ込んでいるよ。

 シィ、シィ、外に行くんだよ」

「女将違うんだ。その猫は飼い猫で、そちらの愛様の猫なんだ」


 ユリアが諭す様に言った。

 アンナが信じられない目付きで、ナイトを再び見た。


「え、猫が旅に同行しているのでございますか?」

「そうなんだよ。

 宿の従業員達にも伝えくれたら助かる。間違って、宿から猫が出されたら困るのでね」

「今まで長くこの商売をしてきましたが、猫が旅に同行するとは初耳でございます。

 それで、そのう・・・」


 アンナは言葉遣いに気をつけて言った。


「猫様のお食事は如何致しましょうか?

 魚でしたら、新鮮なのが御座いますが?」


 さすがに長くこの商売をしている女将で、猫の食事の事まで気を使って聞いた。

 しかし、アンナの言い方が面白かったのか、マリサは手で口を抑えて笑いを堪えていた。


「愛どうする?」

「えーと、ナイトに聞いてみますね。

 ナイト。今夜のご飯は、ここの宿で、新鮮なお魚を食べる?」


 ナイトは女将の顔を見て、少し考えてから鳴いた。


「ニャー」

「お手数をお掛けしますが、猫のナイトのご飯も宜しくお願いします」


 女将のアンナは、猫と人が会話をするのを目の当たりにして、凄く驚いた顔になっていった。


「愛様は、猫語が分かるのでございますか?」

「何となくですね。

 ハッキリと分かる訳ではないのです」

「そうでございますか。

 それでは、猫様のお食事もご用意させて頂きます」


 アンナはそう言って、厨房の方に行った。

 彼女はそこで、従業員みんなに聞こえるように大きな声で説明をしだした。その声は愛達にも、かすかに聞こえてきていた。


「みんな。ユリア王子のお連れの方に、猫を連れて旅に来た愛様と言う人がいるんだよ。その方は猫語が分かるみたいで、今晩のご飯は新鮮な魚だけれどいりますかと猫に聞いたら、猫はいると答えたそうなんだよ。あー、とにかくみんな、猫様に、くれぐれも粗相の無いように、頼むよ!」


 それを聞いたマリサとジュリアが笑い始めた。

 愛は、猫の言葉が分かる人と認識された事に、少し違和感があった。でも、今日の昼間の出来事を思い浮かべると、まんざら的を外してはいないなと思った。何故なら、ナイトが異変に気が付いた時に、女の子が魔物に襲われているイメージをナイトから受け取ったからだった。そう、言葉ではなくてイメージとしてナイトの言いたい事が分かった。

 今思うと、とても不思議な出来事だった。


 その夜、なかなか眠れなかった愛は、海岸に行った。

 海岸を歩くと、歩く砂の音と波の寄せては返す音に心が洗われる思いがした。

 月がまだ出ていなかったのか、今夜は満天の星で素晴らしい夜空だった。光害も、高いビルもないこの世界の夜はロマンチックに感じ、なぜかユリア王子の顔が浮かんだ。

 星明かりだけで十分に明るく、海岸を一人で歩いていると向こうから誰かやって来た。向こうも気が付いたらしく、愛の行く進行方向より少しずらしてこちらに歩いて来た。

 近くにその人が来ると、何故かユリア王子の顔が再び頭に浮かんできた。

 愛よりも先に、その人が挨拶を言った。


「今晩は」


 そう言って、その人は行き過ぎようとした。

 愛の心臓がいきなり早く脈を打ち出した。その声はユリア王子の声に似ていた。

 彼女は行き過ぎようとした人に、本当にユリア王子なのか半信半疑で問いかけた。


「ユリアですか?」


 その人は立ち止まって、少し驚いたような声で言った。


「愛、なのか?」

「はい」


 ユリアは愛に歩み寄って、至近距離まで来た。


「どうしたんだい、こんな夜中に?」

「どうしても眠れなくて、海岸を散歩しながら夜空を見ようと思ってここに来たんです」

「そうか、僕と同じだね。

 今夜は雲ひとつなくて、素晴らしい星空だからね。元いた世界の夜空もこんな感じなのかい?」

「田舎に行けば多分同じと思うのですが、私の住んでいたのは街灯が多くて星がよく見えなかったんです。ですから、この世界に来て、夜空の素晴らしさを満喫していた所です」

「そうか、それは良かったよ」

「あ、流れ星」


 愛の指差した方向に、赤色に光る流れ星が見えた。彼女が今まで見た流れ星よりも長く見えていたので、願いを叶える事が出来た。


「本当だね。こんなに長く流れ星が見えるなんて初めてだよ 」

「私もなんです。

 流れ星が見えている間に流れ星に願いを心の中で言うと、願いが叶うと元の世界では言われていたんです。

 今回初めて、流れ星が見えている間に願いを言えました。なんだかとても嬉しいです」


 愛はガッツポーズを取って、素直に喜んだ。

 それを見ていたユリアは、無邪気に喜ぶ彼女を見て、明日からの魔物退治で彼女を守ってあげたいと強く思った。

 と同時に、愛の願い事が少し気になった。しかし、聞くわけにもいかず、当たり障りのない返事をした。


「そうか、それは良かったね。この世界ではそう言うのはない気がするよ。

 もっとも僕だけが知らないだけかもしれないけれどね。

 さて、そろそろ帰らないと、明日の山越えはきつくなる。

 僕は帰るけれど、愛はどうする?」

「私も帰ります。

 少し眠くなってきたので」

「じゃ、一緒に帰ろうか?」

「はい」


 その後の二人の間には、別れるまで会話は無かった。

 しかし、満天の星空の下、海岸を一緒に歩いていると、この時間が長く続けばいいのにと、二人は同時に思っていたのだった。

























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