第13話猫と海老
先頭を走っている馬に乗った愛は、ユリアの前で時折通る道行く人達を観察をしていた。
地方の人達と王都の人達の姿が大きく違ったのに気付いた。
王都でも、一度貧者のスープに並んでいる人達を見かけたけれども、それは一度切りで、その後は見た事が無かった。ところが、街道の道行く人達の半分は何かに怯えて、貧相な格好をしていた。思っていた以上に魔物の影響が出ている事を目の当たりに見て、少なからずショックを受けた。
日が高く昇った頃、そろそろお昼かなと愛が思っていた時、ユリアが後ろから話しかけてきた。
「そろそろ最初の休憩を取ろうか」
一瞬愛は、心の声が彼に聞こえたのかと思った。
先頭を走っていたユリアの馬が街道の端に寄って止まると、他の馬もそれにならって止まった。
「すぐ向こうに川があるので、そこで最初の休憩を取りたい。
何か意見はあるかい?」
他の意見は誰からも出ず、ジュリアがユリアの意見に賛同をした。
他の人もお腹が空き始めていたので、同じくみんなが賛同して、川の方向に馬を走らせた。
そこは、緩やかな流れの川で、蛇行しながらゆっくりと水が流れていた。
川上は少し流れが早くなっていて、大きな岩が至る所にあるのがこちらから見えた。
遥か遠くに山が見えていて、今夜止まる宿がある山の麓には、まだ時間が掛かりそうだった。
川の近くに生えていた木に馬を繋げると、早速昼食の為の準備に取り掛かった。
「トニー、コーヒーの為の水を汲んできてくれ、僕は薪を集めてくる。
女性陣はキャンプファイアの石組みを作ってくれないか?」
「任して頂戴。私これ得意なのよね」
そう言うとジュリアは、愛とマリサに細かな指示を出しながら、キャンプファイアの為の石組みをしていった。
トニーはポットを片手に持って、水の汲みやすい綺麗な水を探しに川上の方に歩いていった。
ユリアは南の林の方に、薪になるような木がないか、剣を持って探しに行った。
愛は、初めてのキャンプファイアの石組みをしていると、先程の暗い気持ちから抜け出し、楽しい気持ちに段々となっていった。
「愛、少し顔が赤いわ。
大丈夫?」
ジュリアが、愛の頬が少し赤く染まっているのに気付いた。
愛は自覚が少しあったのだけれども、側から見て分かる程とは思わなくて、内心ドキッとした。すぐにユリアの顔が浮かんだけれども、これ以上赤くなるわけにはいかないと思って、ナイトの事を思って心をそちらに外らした。
「大丈夫です。
それより、ナイトが居ないのが少し心配で」
「それなら心配ないわ。さっき川上の方に走っていったから。
トニーと同じ方角だから、トニーが帰ったら聞けば分かるわ。
それにしても、気持ちいいわね」
「はい。同感です。
今まで王宮にずっと居たので、こんなに天気のいい日に、こんな素敵な場所でお昼ご飯を頂けるなんて」
「そう言えばそうよね。こちらに来て、愛は今まで王宮に居たから。
この世界を旅すると分かるけれども、ここよりも、もっと素敵な所が沢山あるわ。
これからは、嫌と言うほどそれを味わえるわよ」
「それは楽しみです。
私は町中で生まれて育ったので、この様な自然な中で過ごしたのは殆どありませんでしたから」
川上からトニーとナイトの姿が見えたと思ったら、トニーが大興奮して大声で言った。
「おーい。大漁だよ〜〜!」
ジュリアと愛が顔を見合わせた。
「大漁?
トニーは水を汲みに言ったはずだけど?」
「えーと。こんな短時間で魚を捕まえたのでしょうか?」
「いくら何でも早すぎるわ」
「もしかして、ナイト?」
愛が言った頃にはトニーがよく見える所まで戻って来ていて、右手には水が入ったポットと左手には海老を持っているのが見えた。海老は手の大きさぐらい大きくてまだ動いており、髭を掴んで運んで来ていた。
ナイトも1匹口に加えて、自慢した顔で愛の近くに寄ってきた。
ジュリアが驚きの声を上げた。
「凄いわナイト!!
この海老は、中々素手では捕まらないのよ。罠を作って一晩待たないと普通は取れないのに、こんなに短時間で、こんなに取ってくるなんて!」
「ナイト、よくやったね。ありがとう」
愛は優しく労いの言葉でナイトに感謝しながら、喉の下をさすってあげた。
「ニャーー」
ナイトも甘えるように、頭を愛の足に擦り寄せて、彼女の行為に反応した。
トニーは興奮が収まってないらしく、詳しくナイトが海老を取る様子を話し出した。
「僕が水汲みしていたら、ナイトが更に川上に行ってジッと川面を見ていたんです。何だろうと思って見ていたら突然行動に出て、前足で海老を引っ掛けると、あっという間に川岸に海老を次から次へと飛ばして、その早い事早い事」
トニーが大げさなくらいに言いながら、手振りでナイトの真似をしたので、女性三人はクスクス笑い出した。
「どうしたんだ?」
ユリアが薪を持って戻って来た。
トニーが今度はユリアに説明をしだした。
「僕が水を汲んでいたら、ナイトが川上に行って川面を見ていたんです。何だと思って見ていたら、突然前足で海老を引っ掛けると、川岸に海老を次から次へと飛ばして、その早い事早い事。あっという間に人数分の海老を捕まえたんですよ」
ユリアはトニーが言った人数分の言葉に引っかかって、海老の数を確認した。数がピッタリと合っているのに少し驚いた。ナイトは思っていた以上に利口で、とても有能な猫だと再確認した。
朝の出来事は、もしかしたら偶然かもしれないと思ったからだった。それは、ナイトは愛と馬に乗れないと判ると、マリサの馬と話しをし、乗る許可をとって馬の後ろに飛び乗った事だった。ユリアは素直に、ナイトに今の心境を話した。
「ナイト、ありがとう。僕は君のことを誤解していたよ。
この海老は素焼きにすると凄く美味しいんだよ。その海老を人数分取って来てくれるなんて。
君の海老も焼こうか?」
「ニャー」
「よし、それでは一緒に焼いて食べよう」
「ニャー」
みんなんはユリアとナイトの会話に唖然とした。
普通猫は、飼い主以外の言葉を無視すると言われていたのに、初めて会った人間に猫が返事をするのは凄く希だったからだ。
しかし、愛だけは少し違っていた。ナイトに優しく接してくれるユリアに少し親近感を覚え、彼の優しさの一部を見て嬉しくなっていった。
ユリアが出来上がった石組みの中に薪を入れた。
「愛、悪いけれど、ファイアの魔法で火をつけてくれないか?」
「あ、はい」
突然ユリアから言われたので、彼女は警戒をした。
明らかに愛の魔法を見て、実力を見ようとしているのが手に取るように分かった。先程までの親近感から突然、高い壁が出来たみたいに感じた。
ブレスレットを付けてまだ魔法を発動した事が無かったので、ここは慎重にしないといけないなと思った。
でも、それが顔に出るとかえって怪しまれるかもしれないので、最初は小さな火で徐々に大きくなる様にイメージして魔法を発動した。
思っていた様に小さな火が愛の右手から現れると、それは段々と大きくなっていった。適度な火になった時、薪に手を近ずけて火を薪に移した。
「ありがとう愛。これで美味しい海老が食べれるよ」
そう言ってユリアは、海老を石組みの内側にうまく焼ける様に置いた。トニーは、木を三本組んで、そこからポットを吊るして湯が早く湧く様に、火力が最も強い所を探して設置をした。
愛は、ユリアに怪しまれずに火をつける事が出来たので一安心をしていた。
しかし、ユリアはその時違った見方をしていた。それは、普通ファイアの魔法は同レベルのファイアを一回使うのを、彼女は徐々に火力を上げた事だった。熟練した人達なら納得するスキルだったけれど、この世界に来たばかりの彼女がこの様に魔力をコントロールする能力の高さに、彼は内心驚かされていた。
お湯が沸くまでの間、ジュリアが横笛を吹いてくれた。
透き通る横笛独特な音色は、周りの景色と調和して、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。
マリサの隣にトニーがいたので、彼女はトニーに小声で何かを話しかけて、二人だけで話が盛り上がっていた。
ユリアは海老がうまく焼ける様に、時々海老の位置を変えてくれていた。
愛は、先程からユリアに精神的に微妙に振り回されているなと思った。今も、彼の心遣いに親近感を持ったばかりだった。まだ半日しか過ぎていないのに、こんなにも心を動かされた事がなく、愛にとっては生まれて初めての経験だった。
お湯が沸く頃、マリサがお弁当をみんなに配った。これは、トニーのお父さんのダンさんが特別に作ってくれたものだった。
愛はお湯が沸いたので、愛がブレンドした特製のコーヒーを入れた。コーヒー豆の本来あるフルーティーな味と香りを楽しむ為、焙煎を浅くした一品だった。
海老もそろそろ焼けた頃なので、トニーが各自に配っていった。
猫のナイトにもダンが気を使って、猫専用のお弁当を作ってくれていた。ナイトは海老と弁当が配られると、海老が食べやすく冷えるまで、お弁当の方を先に食べ始めた。
「この海老、塩味だけなのに、とっても濃厚で美味しいですね」
愛が言った後に、マリサが更に感動した口調で話した。
「この海老は食べた事はあるのですが、鮮度が悪かったみたいで、今回みたいに美味しいと思った事が無かったんです。さっきまで生きていた海老が、こんなにも美味しいとは今まで知りませんでした。ナイト、ありがとうね」
ナイトは先程から機嫌がいいのか、マリサにも返事をした。
「ニャーー」
それを見たジュリアも、ナイトに返事をしてもらいたくて、マリサと同じ様にナイトにお礼を言った。
「ナイト、ありがとうね。ナイトが居なかったらこんなに美味しい海老は食べれなかったわ」
ところが、ナイトはジュリアには返事もしないで、少し冷めた海老を殻ごと食べ始めた。
「え、何で私を無視するの?」
「ジュリアお姉さん。
ナイトに返事をしてもらいたいから話しかけたでしょう?
私でも分かったから、ナイトには直ぐに分かるわよ」
「そんな〜。
ナイト、返事してよ〜〜!」
ジュリアの、執拗なまでの言葉でもナイトは全く意に介さず、黙々と海老を食べていた。
それを見た周りの人達は可笑しくなって、笑いの渦が起こっていった。
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