第12話 旅立ちの朝

 愛が目が覚めると、雨戸の隙間からほんの僅かに明るさが見えていた。

 思い切ってベッドから飛び降りたら、ナイトが抗議の声を上げた。彼女がベットから飛び降りた瞬間に、ナイトが目を覚ましたからだった。


「ナイト、もう起きる時間よ」

「ニャー、ニャー」

「もうナイトったら。今日は旅立つ日よ、忘れたの?」


 ナイトは眠たそうに、全身の毛の手入れを始めた。

 愛はナイトを見ながら、昨夜の晩餐会を思い出し、少し思い出し笑いをした。

 王様が用意した料理は豪華な料理で、深海魚、バッファロー、黒鳥などの変わった素材だったけれど、それは愛にとっては楽しめた一夜だった。

 特に印象に残っていたのは、白身魚のシビチェに、凄く熱くしたオリーブ油を目の前で掛けて頂く料理だった。

 彼女が可笑しいと思ったのは、王様が明日出発するメンバーをユリア王子に聞いた後、もう1匹来るかもしれないとマリサが言った時だった。

 王様に聞かれると、どうしても真実を話さなくてはと思わせる威厳がやはり王様には備わっていて、マリサは黙っている事が出来なかったみたいで、つい、話した様だった。

 愛とマリサ以外は全く知らなかったので、その後、その1匹は何だとマリサが質問責めにあっていた。当然話が愛に向かうと、彼女はもしもの時を考えていたので、第八代国王の直系の娘である事実を思い浮かべて、威厳に満ちた口調でこう話し出た。


「私の飼っている猫のナイトが、どうしても今回の旅に同行したいと言っていたのですが、断る道理がないので同行を許可しました。いけなかったでしょうか?」


 それを聞いたユリア王子の驚いた顔は、一夜明けても愛は忘れられなかった。

 他の人の反応も似たり寄ったりだったけれど、王様だけは少し違っていた。


「ほう、猫も一緒に行くのか。

 猫が旅に同行するとは初耳だが、それは楽しそうだ。

 亡くなった妃も猫を飼っていて、よくワシに猫は話が分かると言っておったわい。

 猫は綺麗な心の持ち主しかその心を許さないと言う人もおるが、ワシもそれを信じておる。猫と楽しんで旅をするがいい。

 それにしても、先ほどの言葉は他人の様な気がしなかったのは何故だろうか?不思議だ。

 まあ良い、旅の無事を祈っておる」


 愛は王様の言葉を思い返して、王様の直感力にある意味関心をした。

 そして、猫が旅に同行することに対して寛容な心を愛に示してくれ、親近感を覚えた一夜でもあった。


 旅の身支度を整えていると、ドアのノックの音が聞こえてきた。マリサに違いないので返事をした。


「愛、おはようございます」

「マリサ、おはようございます。

 なんだかいい匂い、今朝の朝食はオムレツね」

「当たりでーす。

 今朝は、具沢山のデンバーオムレツにコーヒーです。

 マッシュルームが沢山入っているからこれ好きなんですよね」


 そう言ってマリサは、いつもの窓際のテーブルに持っていった。

 この世界にはケチャップがないので愛は、素朴な味を堪能しながら窓の外を眺めた。

 数多くの海鳥が、漁師の網に掛かった魚のお零れを狙って群がっていた。

 空はどこまでも青く、雲一つない気持ちの良い朝だった。

 マリサも同じ事を感じたのか、外を見ながら言った。


「今日は、いい天気でよかったですね。

 昨夜は少し雨が降っていたので心配していたんですけれど、今日は雨の心配をしなくてすみそうです」

「ええ。天気のいい日に旅立つ事になったは、これもナイトのお陰かな」

「ナイトと猫と繋がりがあるんですか?」


 マリサは不思議がって愛を見た。


「日本では、猫が顔を洗うと雨が降るって言う諺があるんです。

 今朝、私がナイトを起こしたものだから、つい、忘れていたみたいで顔を洗わなかったんですよ」


 ナイトは、愛が言った後に急に顔を洗い出した。

 それを見た二人は、お互いの顔を見て、クスッと笑った。


 いよいよ出発となって、愛とナイトは、指定の王宮の裏に行った。そこには既にトニーとユリア王子そしてマリサが来ていた。


 朝の挨拶を終えると、ふと愛は疑問に思った。

 ここは馬屋の前で、馬にそれぞれの荷物を取り付けている所だった。

 愛が着くと馬が一頭、馬子に引っ張られて、彼から手ずなを渡された。

 馬を見ると、こちらをじっと見ていた。


“馬に乗るの?聞いていない。

 乗った事がないのに、どうしよう?”


 愛はマリサの所に、馬の手ずなを引きながら行って、事情を説明した。


「本当ですか?本当に馬に乗れないんですか?」


 マリサの突然の声にみんなが振り向いた。

 ユリア王子が二人に近づいて来て言った。


「マリサ、どうしたんだね」

「それがそのう、愛は馬に乗った事がないんだそうです」

「それは本当なのか愛」


 昨夜の晩餐会で、ユリア王子の提案で、今回の旅は名前だけでお互いを呼ぶことに決めていた。緊急の場合、敬称を付けると命取りになるからだと言っていた。皆が納得をしていた。しかし、最初にユリア王子に呼ばれたのがこの場面だったので、愛は気持ちが少し落ち込んだ。


「ユリアごめんなさい。

 馬に乗るとは聞いていなかったので」

「そうか。

 それを言わなかったのは、こちらの落ち度でもあるな。

 愛、そんな顔をする必要はないよ。

 馬で行くのは夕方までで、そこからは徒歩になる。それまで、僕の馬に乗るといい」

「マリサの馬ではダメなんでしょうか?」


 この状況で更に、ユリアに迷惑をかけたくないので愛は提案をした。


「僕の馬だけ軍馬で、怪我人を運べる事ができる大型の品種なんだよ。でもそれは貴重で、殆どの馬は騎士団などが使っている。

 マリサやトニーの馬は見ての通り小型で、二人乗るのは無理なんだよ。猫のナイトぐらいならともかく、人は無理なんだ」


 愛は改めて馬の大きさを見比べてみたら、ユリアの馬だけが大きかった。


「分かりました。

 宜しくお願いします」

「それでは、僕と愛の荷物は誰も乗らないこの馬に乗せた方がいいね。

 これは?」


 ユリアは薙刀を見て言った。


「これは薙刀と言って、私が幼少の頃習っていた棒術で使う槍みたいなものなんです」

「そうか、それは頼もしいですね。

 旅の途中で時間があれば、手合わせをお願いするよ」


 ユリアは愛の武器を始めて見て、今までこの様な武器を見た事がなかったので非常に興味を覚えた。それに、愛の本当の実力も判るのではないかと期待をした。


 愛は、予めユリアからこう聞かれると予想していた。


「はい、その時は全力で頑張ります」

「こちらこそ宜しく」


 愛は心苦しかったけれども、嘘をついた。

 実際は、全力を出さずに、半分の力にするつもりだった。


 ふと、ナイトの鳴き声が聞こえて来た。ナイトがマリサの馬の前に行って啼いていたのだった。その後直ぐに、ナイトはマリサの馬の後ろに飛び乗った。

 それを見ていたマリサはナイトに聞いた。


「ナイト、私の馬に乗ってくれるの?」

「ニャー」


 ナイトは仕方なく返事をしたみたいだったが、マリサは大喜びだった。

 周りで働いていた馬子の人達がこの珍しい光景を目の当たりにして、集まって来た。


「マリサお嬢様、この猫を良くしつけていなさるな。

 この年で始めて見ましたよ。馬と猫が会話をして、猫が馬に乗るなんて」


 そう言ったのは、ここを取り仕切っている年配のアンディだった。


「違うのよアンディ。この猫はあちらにいる愛様の飼っている猫なのよね」

「ほう、あの噂の。

 やはりユリア王子の知り合いの方は違いまするな〜」

「みんな、おはようございます」


 そう言って最後に来たジュリアがマリサの後ろから言った。


「おやおや、ナイトはマリサの馬に乗るの?

 じゃ、愛は?」

「愛は馬に乗った事がなくて、急遽、ユリアの馬に乗る事が決まったんです」

「あの愛が、馬に乗った事がない?

 不思議な事があるもんだね。どうやって移動していたんだろうか?」

「ジュリアお姉さん!」


 そう言ってマリサは、ジュリアを少し突いた。

 それに気づいたジュリアは馬子から馬を受け取ると、黙って黙々と旅の準備を始めた。

 ユリアが全員に聞こえるように合図をした。


「みんな準備はいいかい?」


 それぞれが返事をして、各自の馬に乗った。

 愛は、ユリアが先に乗った馬の横に行くと、彼が手を差し伸べてきた。一瞬愛は躊躇したけれど、しっかりと彼の手を始めて強く握った。

 急に心臓が早くなるのが自分で分かって、それが彼に伝わるのが恥ずかしい感覚に襲われた。

 次の瞬間に、彼の力強い腕力で馬の上に引き上げられた。

 小さな声で、少し恥ずかしげに彼に言った。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。

 しっかりとその綱を握っていてくれ」


 愛は言われた通り、しっかり綱を握った。

 ユリアはそれを確認するとみんなに聞こえる様に言った。


「出発!」


 いよいよ旅が始まった。

 愛は、背中でユリアの温もりを感じ、彼の息遣いが耳に聞こえて来た。

 そして、暑くはないのに、頬が少しずつ火照って来るのを感じていた。














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