第11話 母からのメッセージ

 あれから忙しい日が続き、ようやくそれも終わりに近づいて来た。

 明日の朝はいよいよ旅に出る。コーヒーの焙煎は予定通り午前中に終わり、午後からは旅の為の買い物と、頼んでいた薙刀とブレスレットを取りに行く。

 トニーが、ジュリアに聞いた。


「自分も一緒に買い物に行きましょうか?」

「コルセットなどの買い物もあるんだけれども、それでも来てくれるの?」

「え、そ、それは・・・。」


 トニーの顔が、ほんの少し赤くなった。

 どうやら、コルセットを想像したみたいだった。


「いいわよ、無理して来なくても。

 今回は重い荷物もないし。三人だけで大丈夫。

 それよりも、騎士団に行って剣術の訓練をしたいんでしょう?」

「はい。正直な話、そちらに行きたかったので。

 ありがとうございます」

「礼を言う必要はないわ。

 でも、コルセットの店に行きたかったら、いつでもついて来ていいわよ」

「え、えーと、それは・・・。

 これで失礼します」


 トニーはジュリアから逃げる様に、足早に去って行った。


「ジュリアお姉さん、トニーをからかわないで!」


 マリサが少し怒った口調で話したので、ジュリアがびっくりをした。


「貴女まさか、トニーの事を?」

「え。違います!

 ただ、からかうのは良くないと思っただけです」

「本当に?」

「お姉さん!」

「分かったわよ。

 もう、トニーをからかわないわ」


 マリサが、強い口調で話したので、ジュリアはマリサの本当の気持ちが直ぐに分かった。

 愛は、二人の会話の核心が分からなくて、話に加わることができずに、聞いているだけだった。


 最初に、ヴィッキーおばさんの店に行った。


「いらっしゃい、待ってたんだよ。

 マリサ、また表のドアを閉めてくれるかい。

 ありがとうね。

 愛はそこに座ってもらって、ちょっと待っておくれよ」


 ヴィッキーはそう言うと、後ろの一番下の引き出しから、白い布に包まれたブレスレットを取り出した。

 愛の前に置いて、丁寧に白い布をほどいた時、布の中から見事なブレスレットが中から出てきた。


「これは、うちの旦那の会心の作だね。

 こんなにも大きなダイアモンドを二つもはめ込んだブレスレットを作った事がなくてさ。これを使って、人生で最高のブレスレットを作ると言って、今まで以上に時間をかけて丁寧に作り上げたんだよ。

 愛の希望だった鳥と花の絵柄なんだけれども、どうかね、気に入ってもらえたかね」

「はい、本当に素晴らしい出来だと思います。

 クリスさんにお礼を言いたいのですが、今日はどちらに?」

「あいにく出かけているんだよ。

 今朝、クリスのお母さんが倒れた連絡が来て、そっちの方に行っている。

 いつ帰るか分からないんだよね」

「そうなんですか。

 それでは、クリスさんが帰ったら、宜しくお伝えください」

「ああ、分かった。ちゃんと伝えておくよ。

 さて。そろそろ、ブレスレットを手に通してくれないかい。

 それから、地下に行って、試しの魔法を見たいからさ」

「はい、分かりました」


 愛はブレスレットを取って、ユックリと手に通した。

 いきなりブレスレットから、母からのメッセージが聞こえてきた。


「このメッセージを愛が聞いているなら、魔法の世界にいるんだね。

 このメッセージは、ピンクダイアモンドがブレスレットの一部になって、愛が手を通した時に流れる様に魔法かけた。

 私も、お父さんも、恵もみんな愛が居なくなったら寂しくなるけれど、頑張って。

 そこは、お父さんが生まれ育った世界。お父さんは、ウィーラント国の第八代国王の第一王子だった人。当時の悪の元を滅ぼすと、国元には帰らず私の世界に来てくれた。何故なら、二人は愛し合っていたから。少し照れくさいね、娘に言うのは。

 そこで、恵と愛が生まれた。私とお父さんは本当に嬉しかった。二人は私達夫婦にとって何物にも変えられない存在になった。

 二人が育っていくのが私達夫婦の何よりの生きがいになって、どんなに辛いことでも、二人を見たら吹き飛んでいった。

 でも、別れの時が来たね。少し悲しいけれど、そちらの世界を救うのを手伝うのは、やり甲斐があると思うんだ。何たって、お父さんの世界だからね。

 言い換えるなら、貴女の遺伝子の半分はそちらの世界から来ている。つまり、そこは貴女の世界でもある。

 愛は社交的だから、もう既にそちらの世界で仲間も出来たと思う。

 もしかしたら、親戚の末裔かもしれないね。ウフフ、そう思うと少し楽しくならない?

 お父さんが横で何か言いたそうなので、私の口からお父さんの言葉を伝えるね。


 愛。今回の事は本当に申し訳ないと思っている。

 こちらの世界にいたら、魔物の居ない平和な時間を過ごせるのに。でも、そちらの世界では愛を必要としている。これは分かって欲しい。

 人間同士の戦争はない代わりに、魔物が常に人を脅かしている。歴史が示している様に、その魔物を操って悪い奴が常に現れる。

 これは、ある意味宿命なのかもしれない。光あるところには必ず影があるように、善があれば必ず悪が生まれてくる。何故そうなるのかは、お父さんには分からない。

 でも、ありふれた言葉だけれども、善は必ず悪に勝つと思っている。

 愛。頑張って。

 お父さんはこれぐらいしか言えないけれども、いつも愛の事を思っているよ。

 愛の事を愛している、お父さんより。


 あーあ、お父さん泣き出したよ。こっちまで泣いてきちゃった。


 恵お姉さんも、私の後継者として頑張っているよ。

 あの時、どちらか一方に後継者を決めなければならなかったのは、今だから言えるけど、本当に辛かった。

 後継を決める試合に負けた愛は、そのまま二度と道場には戻ってこなかったね。本当は二人に後継者と思った時期もあったんだけれど、やはり橘流の掟なので、どうする事も出来なかった。ごめんね。

 でも、おばあちゃんの助言で料理の道に行ったので、少し安心していたんだ。そちらの世界で料理を作っていると思うけれど、香辛料の数が少ないので、物足らないかもね。

 あ、そうだ、もう芋虫の料理を食べた?最初は気持ちが悪くなったんだけれど、途中から好物になって、最後の方では好んで食べていたよ。話が脱線したね。

 あまり長くなるといけないのでそろそろ止めるね。

 最後に言いたいのは、お父さんも言ったけれど、お母さんも愛の事を愛している。いつも愛の事を思っているからね。食べ物と健康には気をつけて。

 さようならとは言わない。いつかまた会おうね。

 愛を愛している、お父さんとお母さんより」


 愛は涙が出て止まらなくなり、こちらの世界に来て初めて泣き出した。


「年を取ると涙腺が緩んでいけないよ。

 おやおや、マリサも、ジュリアまでも、もらい泣きしているよ。これは誰が聞いたって涙が出る話だよ。愛の両親は思っていた以上に立派な人だね。

 それにしても、愛が王家の直系だと薄々は分かっていたけれど、本当だったとはねえ」


 ジュリアがそれに対して、ふと先祖に関して読んだ事を思い出していた。


「私達一族のデオラルドの先祖の一人は、第八代国王の長女だったと聞いています。その人がデオラルド伯爵家に嫁いで来たと家系図で読んだことがあります。遠い昔に、祖先の一人が王族だったので興味があって、今でもそれをハッキリと覚えています。

 愛は、私達姉妹の先祖の娘にあたるお方だったんですね。

 今度から愛を、伯母様と呼ぼうかしら?」

「お姉さん!

 こんな時に、もう」

「マリサ、怒らないで。

 泣いてばかりだといけないと思って、笑いを誘ったのだけれど、ダメだった?」

「ダメです!!!」


 非常にきつい口調で、マリサはジュリアに言った。

 愛は、姉妹の会話を聞いて、今度はクスクス笑いだした。

 姉妹の自分に対する対応は違うけれども、愛情を深く感じていた。


「ほら、愛が笑っている。

 愛、大丈夫?」

「はい。

 気を使ってもらって、ありがとうございます。

 姪っ子のジュリアさん」

「え?姪っ子?」


 突然、姪っ子と言われたので、ジュリアは驚いた顔になった。

 それを見たマリサが、今度は笑いだした。

 愛とマリサが笑って自分でも可笑しかったのか、ジュリアもいつしか笑いだしていた。













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