第9話最強の盾と治癒

 夕食が終わった愛は、今夜はマリサと図書館に一緒に行った。

 昨日と同じ席で、誰かが来たら直ぐに分かる席だった。

 マリサが本を選んで、持ってきてくれた。


「参考になりそうな本を持ってきました。

 少し少ないと思ったのですが、時間がないのでこれだけにしました」


 愛は本の多さと、分厚さを見ただけで呆気に取られた。

 姉妹だと全く似てない所もあるけれど、今回の様に同じ感覚で対応されると、やはり姉妹なんだなと思った。

 ふと、愛の姉の、恵お姉さんの事を思い出していた。五年前の出来事以来、愛は高校は寮に住んでいたし、高校を卒業したら直ぐに都会に出て一人でアパート暮らしをしていたので、あれ以来、お姉さんとはあまり話したことがなかった。

 ジュリアとマリサを見ていると、ふと羨ましくなる事があった。


「最初はこの本がいいですね」


 愛の前に置いた本を見ると、「盾と矛」と書かれていた。


「マリサ、この本は剣術の本なの?」

「この本は防御の本ですが、最終的には矛の方が勝ると書かれているんです。

 どんなに強い防御魔法、あるいは盾を使っても、それ以上の攻撃を使うと結果的には防御が破られると結論をしているんです。ですが、伝説の勇者の防御だけは破りにくかった、と書かれてあるんです。

 この、最も難しい問題を愛に聞いたら答えが返ってくると、ジュリア姉さんに聞いたので、この本にしました」


 愛は、軽いめまいを感じた。

 姉妹から受ける、期待への重圧からだろうかと少し思った。

 昨日は、たまたま解っただけで、今回も解るとは限らないのにと愛は思った。

 諦めて、マリサに聞いてみた。


「その防御の大まかな説明からお願いします。

 それから、その疑問に答えられるか考えてみます」

「はい、それでは説明をします。

 防御には騎士団で使う盾と、魔法騎士団で使う魔法の盾があります。

 騎士団の盾は鉄の量を増やせば防御力が増すのですが、それでは重たくなって敵の攻撃に対応できません。逆に軽いと、簡単に穴が開いてしまうので、個人にあった盾が用いられています。

 魔法の盾は、一回の攻撃で霧散するので、その度に魔法をかけ直します。

 利点はどんなに強い攻撃でも一回は防御できるのですが、欠点は、連続してかけるのが困難なので、普通は騎士団の後ろから魔法攻撃をします。

 最後は、個人が付けているブレスレットの宝石の中に既に入っている防御魔法で、盾が破られた時に、宝石一個に対して一回だけ発動します。以上が大まかな盾の説明です。

 それで、小さな魔法の盾で実験をします。そうすると分かりやすいのではと思うのです」

「マリサ、それでお願いします。

 実際に見た事がないので」

「それでは、魔法で盾を作ります」


 マリサが、右手を出して、直ぐにテーブルの上に十センチぐらいの小さな盾が現れた。

 愛は、マリサの魔法の発動の早さに関心をした。

 マリサはそれを、正面からペンで叩いた。ペンは跳ね返されたが、魔法の盾も霧散した。


「愛、どうでしょうか?

 魔法の盾は一回しか効力がないので、霧散しない盾の魔法は可能でしょうか?」


 何故霧散するのだろうと、愛は考えた。

 明らかに攻撃の物理的エネルギーが大きいために、魔法の盾がそれに耐えきれず霧散したのかと推測出来た。しかし、霧散しない方法はあるのだろうか?

 ふと、母の言葉を思い浮かべた。


「攻撃は受けるのではなくて、受け流しなさい」


 愛は、盾の形が固定されたイメージだから、物理エネルギーを受け止めた瞬間に、盾の形が耐え切れずに霧散すると思った。

 そうすると、攻撃を受けた時に盾が変化して、物理エネルギーの方向を変えると、殆どの物理エネルギーは横にそれる。盾にはダメージが少なく、元に戻るイメージを加えれば、発動した魔法のエネルギーの限界まで盾は機能するのではと思った。


「マリサ、何とか出来るかもしれない」

「本当ですか?」

「これから実験をするけれど、考え通りになれば良いのだけれど」


 愛はそう言って、突き出した右手の中で、強力なゴムの盾のイメージを最初に思い浮かべて、次に、攻撃が来たら受け流しやすい様に盾を変化させ、その後、元の形に戻るイメージの三つを付加して魔法を発動した。

 マリサが先程出したところに、同じよ様な盾が現れた。しかし、色が違って、半透明のゴムの色をしていた。


「では、行きます」


 愛は、ペンを持って盾を叩いた。

 思っていた様に、ペンが当たった瞬間に盾は形状を変えて、ペンをそらした。そして、盾はすぐに元の形に戻っていった。


「これは凄いです、一回で霧散しなかったです」


 マリサは盾を触ってみた。

 鉄の硬い感触ではなくて、弾力があったのでびっくりした。


「愛、この弾力は何ですか。

 生き物みたいな感触なんですが?」

「えーと、それはゴムですね」

「ゴム?」

「木から取れる樹液から作られるんだけど、確か、ここのポケットの中にあったはず」


 愛はポケットの中に入れていた、ゴムの髪留めを持ち出した。

 焙煎の時に髪が邪魔になるので使っていたもので、夕食の時に外していた。これも、元いた世界から、こちらの世界に来た数少ない物の一つだった。

 周りは布で覆われていたので、ローソクで少しだけ布を焦がして穴を開け、中のゴムを取り出し、ゴムが伸びたり縮んだりするのを見せて、マリサに手渡した。

 マリサがゴムを受け取ると、伸ばしたり、縮んだりした後、驚きの表情になった。


「それがゴム。

 このゴムで盾のイメージをして、攻撃があったら受けるのではなくて、流す様な形に変えるイメージを加え、更にその後、元に戻るイメージも加えて魔法を発動したのよ」

「愛、今なんて言いました?

 三つのイメージを同時に魔法で発動したら、こうなったんですか?」

「ええ、そうだけど?」

「違うイメージを同時に魔法で発動するのを、聞いた事がありません。

 これは凄いことです」

「マリサ。今までは一つのイメージだけで魔法を発動していたの?」

「仰る通りです。ですから、この小さな盾は凄いんです。

 それに、このゴムも今までに見た事がない物です。

 こんなに伸ばしているのに切れないで、更に驚くことに、元に戻っていくんです」


 マリサに言われてみれば、この世界でゴムを見た事がなく、紐を使っていたのを改めて思い出していた。元いた世界では当たり前のゴムが、ここでは驚きの対象になっているので、逆に驚かされた。

 マリサが少し考えて、右手を出して魔法を発動した。

 愛が出した盾の横に鏡の盾が現れた。


「愛のアイデアに、更に鏡を加えてみました。

 半透明なので人間側からは見通しがいいです。魔物側からは鏡なので、内側にいる人間は見えずらく、更に、自分を映し出しているので仲間と思い、攻撃でき難いのではと思ったのです。

 どうでしょうか?」


 愛は、マリサの応用力に驚かされた。昼間も、先を読むのが得意とジュリアがマリサに言っていた。

 魔物は鏡を見た事がないので、間違いなく一瞬惑わされる。その隙に攻撃すれば、通常よりも勝機が上がるはずと愛は思った。


「マリサ。これ、凄くいいと思う。

 魔物は鏡を見た事がないので、隙が生じやすいわ」

「ありがとうございます。

 これを土台にして、最強の盾も夢でなくなりました。

 時間がないので、今度は治癒の魔法に行きたいと思います」


 マリサの早い切り替えに、愛は少し困惑したけれど、彼女の能力の高さに追いつかなければと思った。


「治癒の魔法は、基本的には傷が元の状態に戻るイメージで魔法を発動します。

 小さな怪我も、大きな怪我も同じイメージで治癒しますが、怪我の度合いによって魔力の消費が変わってきます。つまり、外傷の場合は魔力さえ高ければ殆ど治るので問題ないのです。しかし、それ以外に二つ、どうにも出来ない事があるのです。

 一つ目は頭を強く打って気を失った時に、元に戻る魔法を発動しても、意識が戻るだけで、すぐには動けないのです。

 二つ目は、心臓が止まった時に、魔法を使っても蘇生しないのです」


 愛は、二つの問題を考えた。

 一つ目は、脳の中は複雑なので、脳外科医でないと分からない分野。明らかにこれは、愛にはレベルが高すぎて解らなかった。

 二つ目は、すぐに答えは見つかったけれども、どのレベルで魔法を発動してよいのか実験ができないので、難しいと思った。


 愛は申し訳なさそうに、マリサに言った。


「一つ目は、難しすぎて解らなかった。

 二つ目は解ったけれど、どのレベルで魔法を発動していいのか、実験が出来ないので難しい。

 ごめんなさい、こんな回答しかできなくて」

「愛が謝る事なんて全然ありません。こちらがかえって恐縮します。

 それにしても、二つ目の解決方法が解っただけでも凄いです。

 でも、どうやって治療をするんですか?」

「昨日、ジュリアに見せたんだけれど、もう一回やるね」


 愛は昨日と同じ様にカードキーを擦って、今度はマリサの前髪に近づけていった。

 予想通り、カードキーに前髪が引っ張られ、部分的に毛が逆立った。それを見たマリサは驚きながらしばらく考えていた。


「魔法を使っていないのに、何故こうなるのか解りませんでした。愛、どうしてこうなるのですか?」


 愛は、ジュリアに言ったと同じように説明をして、最後にこう言った。


「人間の体の中で、脳からの電気の信号によって動いている臓器があるのですが、それが心臓なんです。もし、心臓が何かのショックで止まったら、電気を流せば動く時があります。この電気はサンダーの魔法で出来るのですが、どのレベルで発動していいのかを実験をする訳にもいかないので、それで難しいんです。

 マリサ、銅貨を持ってる?」

「はい、ここにあります」


 そう言って、マリサは愛に銅貨を渡した。愛はそれをテーブルの上に置いた。


「これから小さなサンダーの魔法を発動します」


 愛は今度は出来るだけ早く魔法が発動するように、一連の動作を早くした。昨日の半分くら

 いの時間で、愛の手から銅貨に、小さな音と共に電気が流れた。


「あまり小さなサンダーだと効果がないし、大きすぎると逆に良くないと思うんです」

「これがサンダーなんですね。初めて見ました。

 これを心臓に流せば、動くかもしれないんですね。

 でも、実験が出来ないのに、いきなり本番の時はどうしたらいいでしょうか?」

「小さなサンダーから徐々ににレベルを上げるしかないような気がする。

 でも、それだと、魔力の消耗が激しくなる。難しいね」

「そうですね。本番が来ないことを祈るばかりです」


 この後、マリサは自室に戻っていった。

 愛は一人残り、眠いのを我慢して、もしもの為に「魔物の種類、得意攻撃と弱点」を読んで勉強をした。最後のドラゴンの章だけは、今回の旅に間違っても現れないと誰もが言っていたし、眠気が限界になって来ていたので、読まないで部屋に帰った。

 愛は後で、この事を非常に後悔をした。








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