第8話 トニーとジャック

 愛は、夜明け前に起きれなくて、起こしてくれたのはナイトだった。

 ナイトは、最初に会った次の夜から、愛のベッドの足元で寝るようになっていた。

 昨夜はジュリアと図書館に行って攻撃魔法の勉強と、ほんの少しの芋虫のレシピを頭に入れ、更に、遠くにいる魔物の魔法の当て方の本を見ていたら、寝るのがかなり遅くなってしまった。

 夜明け前、ナイトが耳元で優しくニャーと鳴いて起こしてくれて、心配そうに愛を見た。


「ナイト、大丈夫だよ。

 まだ眠いけど、起きれるわ」


 起き上がって窓に行き、雨戸を開けて外を見たら、東の空がオレンジ色に染まっていた。太陽はまだ昇っていなくて海面が少し見える程度だった。海面をよく見ると、既に多くの漁船が漁をしており、船上で忙しそうに働いているのが分かった。

 着替えて、急いでナイトと一緒に一階に行くと、更にナイトは地下に降りていった。朝食を捕まえに行ったのだった。

 愛が厨房に入ると、既に多くの料理師が働いていて、朝ごはんを作っていた。厨房の中は、干し魚の焼けたいい匂いが充満していて、食欲をそそられた。

 既にマリサとトニーが来ており、焙煎の準備を始めていた。お互いに朝の挨拶を交わした後、トニーが嬉しそうに愛に言った。


「愛さん、お陰様で騎士団候補生になれました。

 特例だそうで、今後一年間頑張れば正式に騎士団になれると、先程マリサから聞きました」

「本当に?おめでとうトニー。

 でも、どうして私のお陰なのか分からないんだけれど?」

「今度の旅で、旅の目的の一つであるバルガス伯爵家に行く時に、私だけ肩書きが無いのは、先方に対して失礼に値するそうで、急遽決まったんだそうです。

 今度の旅が計画されなかったら、こんな幸運はありませんでした」

「そうだったんだ。

 でも、実力的には騎士団と同じレベルと聞いているから、トニーが実力で騎士団候補生になれたんだと思うわ」

「それは・・・。

 でも、チャンスを作ってくれたのはやはり愛さんなので。

 それと、後、もう一つあって・・・」

「え、何?

 どうしたの?」


 トニーはなかなか言い出せないでいた。


「王様が開く晩餐会に、トニーも呼ばれたのよ」


 そう言って、後ろから声を掛けてきたのはジュリアだった。


「バルガス伯爵は必ず晩餐会を開くだろうから、それに慣れる為ね」

「でも、どうしてトニーはそんなに悩んでいるの?」


 愛がトニーに聞いた。


「それは・・・、公式の晩餐会に出席した事が無くて、その時の作法とか礼儀を全く知らないのです。もしこれで失敗したらと思うと・・・」


 大きなトニーが、段々と小さく小さくなって行った。


「トニー、胸を張って!!

 あ〜〜もう。焦れったいわね。私がマナーを教えるわ。

 夕食後に、晩餐会の部屋で特訓するわよ。覚悟してしていなさいよ!!!」


 寝不足からか、ジュリアはトニーに強く言った。

 でも、トニーの顔が急に明るくなり、ジュリアに深くお辞儀をしながら言った


「ジュリアさん、どうも有難うございます。よろしくお願いします」

「本番と同じ様にするから、服もちゃんと着て来てよ!」

「服ですか?」


 トニーは困った顔になって、ジュリアに言った。


「実は、それ用の服を持っていなくて、誰か持っていないか探さなければならないんです」

「あ〜〜もう。そこからなの!!

 仕方ないわね。えーと、トニーと同じ体格の人は・・・。

 居たわ。愛が投げ飛ばしたジャック。あ、えーと」


 ジュリアは直ぐに言い換えた。


「愛が投げ飛ばしたと思われたジャックね。

 実際は私が投げ飛ばしたんだけどね」

「ジュリアさんが、あの大柄なジャックさんを投げ飛ばしたんですか?

 凄いですね」

「トニーはジャックを知っているの?」

「直接的には知らないんですが、騎士団の中で強くて有名な人なので、憧れていました」


 横で聞いていた愛は、気になって交互にジュリアとトニーを見ていて、昨日投げ飛ばしたジャックさんが、強くて有名な人なので驚いていた。

 愛にとっては、自然に出来た動作で、相手の力を利用して投げ飛ばしただけだった。


 マリサも二人の会話を聞いていて、ジュリア姉さんが愛を庇う為に言い換えたとすぐに分かり、あの強くて大柄なジャックさんを投げ飛ばした愛の能力の高さに、再び驚いていた。


「そうね。それだったら話が早いわね。

 まだ奴は騎士団の宿舎にいるはずだから、服を借りに午後から行くわよ」

「え、あの、ジャックさんから服を借りるんですか?」

「そうよ。文句ある?」

「いえ。全然ないです。

 ただ、恐れ多くて、自分に服を貸してくれるかどうか?」

「大丈夫よ、愛が一緒に付いて行くから」


 愛は、いきなり自分の名前が出たのでびっくりして、ジュリアの顔を見た。


「愛が一緒に行った方が奴から、服を借りれやすいのよ」

「私がですか?」


 愛は理由が分からず、少し頭を傾けて何故かを考えた。

 でも、考えても理由が分からなかった。


「いいのよ、愛が分からなくても、そこにいるだけで。

 はい、今朝のミーティングはこれで終わりね」


 ジュリアはそう言うと、焙煎用のカマドに歩いて行った。

 愛とトニーは、今回もジュリアに振り回されているなと、同時に思っていた。


 朝食も昨日と同じように交代で食べる忙しさだったけれど、お昼ご飯の時にほぼ同じ時間に担当の仕事が終わったので、四人で狭いテーブルを囲んで昼ごはんを食べた。

 今日の昼ご飯は豚肉を細かくし、卵でとじて、レタス、アボガド、トマトを入れたサンドウィッチだった。もちろん飲み物はコーヒーで、試飲を兼ねて飲んでいる。

 愛が、サンドウィッチを食べた後、少し考える動作をしたので、マリサが気になったのか聞いた。


「愛。何か気になることでもあるのですか?」

「大したことはないんだけれども、このサンドウィッチの豚肉の代わりに、チョリソの卵とじを入れたらもっと美味しくなるのかなと思っていたんです」

「チョリソというのは何でしょうか?」

「豚肉にパプリカを沢山入れたソーセージなんだけれど、この国にはパプリカがないみたいなのよね」

「パプリカは見た事があります。カラフルなピーマンみたいなものですよね」

「ええ、そうよ。どこにあったのマリサ?」


 愛は嬉しくなって、マリサに近づきながら言った。


「よく思い出せないのですが、四、五年前までは市場でよく見かけた記憶があります。ですが、ここ、二、三年は見てないです」

「あーあ。ヤッパリ魔物の影響なのね」


 愛は、頭がガクッとなって、残念がった。

 パプリカがあれば料理の幅が広がるのにな〜、と思った。


「私も行っていいですか?」


 マリサが急にみんなに言い出した。


「マリサが来なくても、服は借りられるわ。

 ここで、ゆっくりとしていればいいのに」

「騎士団の習慣で、新入りの団員がどの位のレベルか、強い人が試合をすると聞いています。命を預ける団員の実力を知りたい為だと。トニーが候補生でも、騎士団と名がつけば彼らは誰か試合を申し込んでくると思うんですよね。その時、治癒の魔法が必要になるのではと思って」

「マリサって、本当に先を読むのが得意よね。

 そうね、その可能性は十分あるわ。魔法騎士団だって同じような事しているし。

 マリサ。こちらからお願いするわ。トニーが怪我をしたら、私達だけでは連れて帰れないもの」


 トニーが心配そうにジュリアを見ながら言った。


「それは、本当なんですか?」

「本当よ。

 どっちみち、遅かれ早かれ洗礼は受けなければならないわ。それに、マリサが居るから大丈夫よ」

「はい、分かりました。

 マリサさん。今度もお世話になります」

「ハッキリと決まったわけではないから、トニー、そんなに固くならなくても」


 トニーは軽く頷いてはいたけれども、自分を鼓舞していた。


 騎士団に行くついでに、ある程度のコーヒーの粉が出来たので、種類別に袋に詰めて、その横にコーヒーの特徴をそれぞれ書いて貼り付けた。

 そしてもう一種類、愛がブレンドしたコーヒーも同じく持って行った。


 騎士団の食堂に四人が着くと、数人の騎士団員が談話をしていた。

 愛達が入っていくと、一人の団員が気がついて、話しかけてきた。


「ジュリアじゃないか。何か用なのか?」

「ジャックと話がしたいのと、コーヒーの粉を持って来たんだけれど」

「本当か?

 コーヒーの粉がもう出来たのか?」

「取り敢えず二週間分ぐらいかな。

 それで、ジャックは?」

「ああ、俺が呼んで来るよ。

 多分、練習場だ」


 そう言って、その団員は足早に食堂を出て行った。

 残っていた団員がコーヒーの粉を取りに来て、お礼を言った。

 種類別に味と香りが違うことを、愛が簡単に説明をしている時に、ジャックが食堂に入って来た。かなり汗を掻いており、息も少し上がっていた。


「ジュリア、愛さん、今日は。

 今日はわざわざ、俺に会いに来てくれたんですか?」

「まあね。

 ジャックのディナー用の服を借りたくてね」

「俺の?

 誰が着るんです?」

「このトニーだよ」


 ジャックはいきなり目付きが変わり、トニーを見た。


「お前が例の騎士団候補生のトニーか」

「はい。そうであります」


 ジャックはしばらく考えて、ジュリアの方を向いて言った。


「ジュリアも知っての通り、新入りは、その実力を示さなければならない。

 今日から騎士団候補生と名が付いている、こいつの実力を知りたい。

 構わないよな?」

「お前がそう言うと思って、妹のマリサも連れてきた。

 治癒魔法ができるんでね」

「そうか、用意がいいね。

 それじゃ、練習場に行こうかトニー。

 服は後で渡してやるよ」

「はい。分かりました。有り難う御座います」


 トニーは軽く頭を下げた。こうなると予想をしていたので、さほど緊張もせずに応えることが出来た。

 ジャックは、愛さんの前でいい格好を見せる絶好のチャンスと思って、気合を入れていた。


 練習場に着くと、トニーの実力を知りたいが為に、続々と見物人が集まって来ていた。


「この、練習用の剣を使ってくれ。それと、今回は盾は使わないからな。それの方が実力が分かる」

「はい。分かりました。お願いします」

「それでは、見物人も増えてきたので始めますかね」


 そう言ってジャックは、ある程度の間合いをとって、彼に目で合図をして試合が始まった。


 見た目はどちらも大男で、体格差がある様には見えなかった。

 違ったのは、ジャックは左右どちらの手でも剣が使える騎士団の中でも珍しい存在だった。彼は、刀を左右に持ち替えながら、だんだんとトニーとの間合いを詰めて行った。

 トニーは愛と試合をした事で、左右上下から来る早い動きの対応を、あれ以来猛練習していた。その成果もあって、ジャックの剣の持ち替えも、さほど威圧されなかった。

 最初に仕掛けたのはトニーの方だった。左右からの早い剣さばきで、ジャックが少し押された。しかし、さすがにジャックは経験を生かして反撃を開始し、猛攻をトニーに仕掛けてきた。ジャックの猛攻を全て受け流していたが、ジリジリと後ろに下がっていった。

 いきなりトニーが左に移動しながらジャックに数回、素早い剣さばきで切りつけていった。しかし、もう少しの所でジャックに跳ね返された。

 二人は再び間合いを取った。ジャックが少し頭を傾げて、こんなはずではなかったと言う動作をした。

 愛は二人の動きを見て、トニーがこんなに短い期間に凄く上達したのに驚いていた。

 再び二人は剣と剣がぶつかり、ほぼ互角の戦いが続き、また離れては、再度剣と剣がぶつかり合っていた。トニーとジャックは互角の戦いをしばらく続けていたが、やはりジャックは強く、トニーの弱点を見つけた。ジャックはそこに猛攻を仕掛けて来た。トニーは全ての太刀筋が見えなくなり、足に一撃を食らって、倒れそうになった。

 トニーは苦痛で顔が歪んでいた。


「よし、ここまでだ。

 マリサさん、トニーの治療をお願いします」

「はい」


 マリサはそう言って、トニーに近づき治療をした。

 トニーは無言で、マリサに頭を下げた。ジャックは愛が見ていると確認して、トニーに言った。


「思っていたよりも出来るようだな。

 剣さばきも良いし、スピードも申し分ない。

 ただし、足への守りが薄い。今後はそれを気をつけるように。

 合格だ。認めてやるよ」


 周りの見物人は大騒ぎを始めた。

 ジャック相手に、ここまで互角近く戦った奴は数人しかいないなどと。


 トニーは姿勢を正して、ジャックに深く頭を頭を下げた。

 目には、ほんの少しの涙を溜めて。


「ご教授、有難うございました」

「おー。

 お前だったら、いつでも練習にここに来て良いぞ。

 誰でも相手をしてくれるよ」

「有難うございます」


 トニーは満面の笑みを浮かべてジャックに再度、深く頭を下げた。

 トニーが頭を上げたら、ジャックは直ぐにジュリアと愛の所に来た。

 ジュリアが言った。


「ジャック。また腕を上げたんじゃない?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。

 それよりも、トニーはかなり強いのに、なぜ今年の試験を落ちたんです?

 それが気になるよ」


 ジュリアはジャックに近寄って耳元で小さな声で話した。


「言葉遣いが悪かっただけだってさ」


 それを聞いたジャックは、突然大笑いを始めた。


「そうか、それだけか。それで騎士団候補生か。

 納得がいったよ。俺は気に入ったね」


 ジャックは愛を見て話し出した。


「愛さん、トニーとの試合を見ていてくれたでしょうか?」

「はい、もちろん見させて頂きました。

 ジャックさんて、本当にお強いんですね」

「いえいえ、それほどでもありませんよ」


 ジャックは、照れながらいった。


「だって、左の手首を庇っていたのに、あれだけ戦えるなんて凄いと思いました」


 ジャックは一瞬固まった。

 左の手首を魔物との戦いで怪我をして治療をしてもらったけれど、完全に元には戻らなくて、少しだけ痛みが残っていた。治療をしてくれた人は、自然治癒に任せるしかないといわれ、完治には数週間かかると言われていた。試合をした時も、殆ど気にならない状態まで痛みは少なくなっていた。騎士団の連中は誰もそんな事に気付かなかったのに、どうして愛さんにだけそれが分かったのか、ジャックは不思議でならなかった。

 その後、愛さんと何を話したのを思い出せず、それだけが頭に残っていた。















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