第7話最強魔法と芋虫
愛は、一日の仕事が終わった夕食後に、ジュリアと図書館に行った。
王宮だけあって、本の数は相当なものだった。
二百畳を超える広さに加えて、本棚の高さはどれも四メートルは超えており、その中に本がギッシリと種類別に並べられていた。すぐに見つけ易いように工夫もされていた。
夕食後の図書館は予想通り人が誰も居なくて、動いているものはローソクの炎だけだった。
ジュリアが攻撃魔法に関する本を集めてくれて、一番奥の、誰かが来てもすぐ分かる場所の椅子に二人は座った。
「こんなにあるんですか?
しかも、一冊一冊が分厚いです」
「これでも厳選したのだけれど、やっぱり多かったかしら?
時間がないので途中を飛ばして、この本で攻撃魔法の種類と、その最強の魔法を説明するわ」
ジュリアは本を開けて、指で示しなが説明をした。
攻撃魔法は大別して、ファイア、ブリザード、ウインドー、サンダーの四種類だけれども、最後のサンダーは今では継承者が居ないから誰も知らない魔法になるわ。
最後に使われたのが確か・・・、古の勇者が使ったとここに記載されている。
え、それって・・・」
「何故、誰も知らないのですか?少し不思議な気がします」
「それは単純明解で、サンダー以外は身じかにあるのでイメージして魔法が発動しやすい。でも、サンダーは雷なので、感じた途端に死んでしまう。それが理由ね」
その魔法をイメージ出来なければ、やはり発動出来ないと愛は判った。
でも、雷は電気なので、静電気など身じかにあると思うのだけれど、と思った。
もしかして、ここの世界の人達は静電気と雷の原理が同じ事を知らないのではと思った。
「ジュリア。
雷が何故起こるのかを、私は知っています。
そして、今ここで、簡単な実験をする事が出来るのですが?」
「愛、それ、本当なの?
信じられない!!
本によると、サンダーは最強の魔法で、ほぼ全ての生物の命を絶つ事が出来ると書かれたあるのよ。
実験で私が死ぬ事はないわよね?」
「ウフフ。
見てみれば、すぐに判りますよ」
そう言うと愛は懐からお守り袋の中身を出した。
これは、元いた世界の物をいつも持っていたかったので、ヴィッキーに渡したピンクダイアモンドの代わりに、料理学校のロッカーのカードキーをお守り袋の中に入れていた。
これを、着ている服の上を何度もこすって、静電気が起きやすい様にした。
「ジュリア、準備ができたわ」
「なんだか怖いけど、お願い」
「それでは、ジュリアの髪の毛に、これを近づけますね」
愛はゆっくりカードキーをジュリアの髪の毛に近づけた。
予想通り、カードキーにジュリアの髪の毛が引っ張られ、部分的に毛が逆立った。
ジュリアはこの現象を目の前で見、驚きのあまりしばらくは声を出せなかった。
「愛、どうしてこうなったの、凄く不思議」
「生物を含む全ての物には電気が中にあるのですが、殆どの物は中で移動していません。
しかし、ある条件を満たすとその電気が溜まって移動し、この様に物を引っ張ったりします。雷はこの電気が雲から地上に流れる動きなんです」
「え、この現象と雷が同じなの?
「はいそうです。
魔法はイメージできれば発動できるんでしたよね。
なんだか出来そうな気がします」
「本当に?
それはすごい事だわ。試しに小さな雷を起こせる?」
愛は考えた。
冬にセーターを 脱ぐ時に起こる、あの静電気を思い浮かべれば小さな雷が起こせると思った。
「はい。多分大丈夫です。
どれに、小さな雷を落としますか?」
「銅貨を持っているので、これでどうかしら」
「銅は電気が流れやすいので、成功すると思います。
それでは雷を落としてみます」
愛は、あの嫌なセーターの静電気を右手の中でイメージした。その途端、バチ、バチとあの嫌な感覚が右手の中で起きた。すぐに10センチ先の銅貨めがけて魔法を発動した。
バチっと、小さな音とともに、細い小さな雷が愛の手から銅貨に落ちていった。
「愛、凄いわ。こんなに簡単に出来るなんて」
「でもこれはきついです。
手の中でイメージしている時に、さっきのようにバチっとなっていましたから」
「それは問題はないわ。
何故なら、ファイアの魔法を使った時に手の中が熱い感覚だったと思うけれど、実際には火傷もしていない。
要するに、あくまでもイメージだけで暑くなったり、冷たくなったり、バチっと感じるのよ」
「手の中でイメージが出来れば、どんな魔法でも可能なんですか?」
「理論的には可能だわ」
「すると、イメージであの雷を手の中で再現出来たら、魔法が発動するんですね」
「でも、それには条件があって、魔力の低い人には高度な魔法は発動しないのよ。
重たい物を持てる人が、それを持ち上げる事ができるように、魔力の強い人が、強い魔法を発動できる。その為、魔法を高める方法として、みんな宝石を使うのよね」
「大体分かってきました。
ウインドーの最上級はどんな魔法なんですか?」
「ウインドーの魔法の中には二系列あって、一つ目が竜巻の様に全ての物を巻き上げる魔法。二つ目は、全ての物を切り裂いていく魔法。
一つ目の魔法は、リサお姉さんが得意としているもので、敵を全て巻き上げて叩き落とす。でもこの魔法は、飛んでいる魔物には通用しない。一時的にその場所から遠くに飛ばすだけで、致命傷にはならないのよ。
でも、戦況が悪化している時には凄く有用な魔法ね」
「リサさんを怒らしたら、何だか怖そうですね」
「そうなのよね。
この間、私が大失敗した時にリサお姉さんを怒らしてしまい、凄く怖かったわ」
「ジュリアが大失敗ですか?」
「あ、しまった。言うのではなかったわ。
あまり思い出したくない話なんだ。
今は魔法の話を優先しないと時間がないので、旅の途中で話すわ」
「分かりました。楽しみにしています」
愛はそう言うと、少し笑った。
「それで二つ目の魔法なんだけれども、これもサンダーと同じでイメージが出来ないので魔法が発動しないのよね。
風が何故、切り裂くことが出来るのか謎なのよ。風でなぎ倒す事は出来るのだけれど」
愛は考えた。
風は気圧の高い方から低い方に流れる現象だ。もし、気圧が凄く低いと、どうなるのか。
飛行機は、空気の中を落ちる事なく飛んでいる。それは翼が空気を切る時に、翼の上に真空に近い状態を作り出して、その力で浮いている。
答えが段々と見えてきた。
「ジュリア、その魔法も出来ると思います」
「え。愛。本当に?」
「はい。これもイメージできますから」
「それはすごい事だわ。サンダーだけでも凄いのに。
それで、どの様にイメージしたのか教えてくれる?」
「はい。
風は気圧の高い方から低い方へと流れます。
これは分かりますか?」
「気圧が分からないわ」
「ジュリアさんは横笛を吹きますよね?」
「ええ。
それと関係が?」
「はい。
口から空気を吐き出して横笛の音が鳴るのは、周りの空気よりも横笛の中の気圧が高いので、低い外に流れているんです」
「それが気圧ね、分かったわ。それで」
「風は押すよりも、引く方が遥かに強い力があるんです。
先程出た竜巻も同じで、気圧が周りよりも凄く低いから、あの様な現象になるんです。
これも、簡単な実験で分かります。やってみましょうか?」
「ええ、是非。
私が死ぬ事はないわよね」
ジュリアは冗談で、少し笑いながら言った。
愛は、メモ用に用意していた紙を一枚取って、紙飛行機を折り始めた。
横で見ていたジュリアは興味シンシンでジッと見ている。
「はい出来ました」
「これで、終わりなの?」
「いえ。これからが本番です。
よく見ていてくださね」
愛はそう言って、紙飛行機を飛ばした。
初めて見るジュリアは、目を見開いて、食い入る様にずっと見ていた。
やがて、紙飛行機は床に着陸していった。
ジュリアがすぐに紙飛行機を取りに行って戻ってきた。
凄く興奮して。
「愛、どうしてこの紙が、あんなにも遠くに飛ぶの?」
「二つの理由があると思うんです。
一つ目は空気抵抗で、これは風の強い日に手を広げた状態と握った状態とでは受ける風の力が違うのは分かると思います。これは、空気に対して抵抗する面積が増えるからなんです。
それは紙飛行機という名前のオモチャなんですが、先の尖った方から見てください」
ジュリアは先の尖った方から紙飛行機を見た。そうすると、殆ど見えないくらいになっていた。
「これは分かりやすいわ。
これだと、空気の中を抵抗もなく進めるとういう訳ね」
「そうなんです。
それで、二番目なんですが、同じようにある二つの形の部分を翼と言うのですが、空気の中のを進む時に、ほんの僅かに気圧が上と下では違うんです。
先程言ったように、高い方から低い方に流れるので、翼の上が下よりも低いので、紙飛行機が上に引き上げられていたんです」
「そうか、それでなんだ。
後は分かったわ。その気圧を物凄く低くすれば引き裂く事が出来る、でしょう?」
「はいそうです。
でも、それだけだと竜巻までにしかならないんです。」
「え!!
では、どうすれば?」
「物凄く低くするのは当たっています。
答えは気圧をゼロにする事なんです」
「気圧をゼロにする?」
「水の中にコップを逆さまに入れると、コップの中には水がありません。
ですが、コップを逆にすると、いきなり水がコップの中に入ってきます」
「分かったわ。
ふ〜〜。これだけ説明されてやっと分かった。
どうりで誰も出来ないわけね。
さて、イメージが分かったので、今度は私がやってみるわ。
えーと、愛のその紙を一枚くれる?」
「はい、もちろんです。
でも、これをどうやって使うんですか?」
ジュリアは紙を受け取ると、クシャクシャにして丸め、テーブルの上に置いた。
「よし、これでいいわ。
魔物に見立てたのよ」
ジュリアはそう言って、右手を紙の方に出した。
少し経って、ジュリアの右手が少しだけ動いたかと思ったら、ポンと音が鳴ってクシャクシャの紙が凄く小さくなった。
「やったわ。
クシャクシャの紙の中心部分に、気圧をゼロにするイメージで魔法を発動したら大成功。
これだと応用が沢山出来るわね。気圧をゼロにする部分を剣の様に魔物に使うと、切り裂く様になる。
ありがとう愛。これで私が使える魔法の種類が増えたわ」
「どういたしまして。それで、最後の二つもお願いします」
「ええ、そうね。
これも、最強の魔法は誰も使えないけれど、本には書いてあるわ。
ブリザードの最強の魔法は、全ての物を一瞬で凍らせて動けなくさせると書かれてあるけれど、今ではそれを使える人がいないのよ。
ファイアの魔法の方は、一瞬で魔物が蒸発したと書かれてある。
同じく、これも使える人がいない。
リサお姉さんの得意の最強のブリザードでも、相手の周りを凍らして動けなくさせるだけで、氷を打ち砕く力のある強い魔物には通用しない。
ファイアも、魔法騎士団団長のリッキーが得意とする魔法で、岩をも溶かす高熱の魔法は発動するんだけれど、火を吐く鱗の硬い最強のドラゴンには全く通用しないのよ。
それで、愛には何故出来ないのか解る気がするんだけれど、どう思う?」
「ドラゴンがいるんですか?」
「ええ。
魔物の中では最強の部類に入るわ」
「えーと、ちょっと待っててくださいね。
考えてみます」
愛は、ドラゴンがいると知って驚いたけれど、今回の旅には出てきそうにないので頭の隅に追いやって、温度について考えた。
“氷が凍る温度がゼロ、ブリザードの温度が凄く低くてもマイナス六十度ぐらいだろうか?
全ての物を動けなくさせるには、絶対零度のマイナス二百七十三度ならば動けなくなるはず。
高温の方は、岩が溶ける温度と蒸発する温度が分からないけれど、上限がないのだけは知っている”
「多分、分かったと思います」
「本当に、本当なの?
それって凄すぎるわ。
全ての最強魔法が使える可能性があるって事よ。
それで、何故だか教えて」
ジュリアは興奮しながら愛を見つめた。
「まだ使えると決まった訳でもないのですが、理論だけは解ります」
愛は紙に一直線の線を書いて、左の方に二点の小さな丸を少し離して書き入れた。
更に、その上の左側の丸の上にゼロと書き込み、右側には百と書き入れた。
最後に、線の左の最後には、左の方向の矢印を書き込んだ。
「まず、私の右手の温度を確かめてください」
そう言って、愛はジュリアの手を触った。
「次は熱を作り出します」
愛は、両手で思いっきり擦り合わせて、すぐにジュリアの手に触った。
「この様に手を擦る、言い換えるなら振動させる事で熱が発生します。
ここまではいいですか?」
「ええ。寒い時によく手を擦っているから、暖かくなるのは知っていた。
でも、それが振動によるものだとは驚き」
「それで、この線は温度を示していて、ゼロと書かれた所が水が凍る温度で、百と書かれた所が水が沸騰する温度になります。
振動は熱を発生させますが、振動がなくなったら一番左の所の温度になります。
その温度はマイナス二百七十三度になり、それが一番左の線の最後になります。
そして、この温度になると、全ての活動が停止します。
えーと、ここまでは大丈夫ですか?」
「全ての活動が停止ですって?それは凄いわ。
この下の温度はないの?」
「それが下限なんです。
振動が止まっているからで、つまり、熱が発生しないからなんです」
「振動していないから、全ての動きが止まるわけね。
何となく分かってきたわ。
ブリザードのイメージだと、それ以下に温度は下がらないけれど、振動を止めるイメージで魔法を発動すると、もっと温度が下がる訳ね。
高温の方も、やはり限界があるの?」
「線の左側の最後の、左に向いている矢印は上限がない事を示しているんです。
つまり、振動がいくらでも増える事を示しているんです。
ですから、より高温の魔法を発動したいのであれば、岩が溶けるイメージではなくて、振動数を増やしていけば更に高温になるんです。
でも、理論ではそうですが、実際に魔法を発動していないので、何とも言えないのですが」
「低温の方はイメージがしやすいけれど、高温の振動数を増やすのはやってみないと分からないわね。
ここで試す訳にはいかないし。
今夜は、私が愛に教えるはずだったのに、逆に教えられる事ばかりだったわ。
ありがとう愛」
「ジュリアの的確な説明があったから解ったのであって、私一人では凄く時間がかかっていたました。こちらこそ本当に有難うございました」
「愛から言われると、少し照れるね。
で、考えたんだけれど、これらは秘密にしないといけないわね。
ヴィッキーの話から既に、ここの出来事が筒抜けになっている可能性があるみたい。騎士団に教えると向こうに伝わって、かえってこちら側が危険になるわ」
「そうですね。ジュリアの言う通りだと思います。
でも、問題はどこで練習をするかですよね」
「それなのよね。今回の旅はいい機会だったのに。
それは宿題にして、もう寝ない?
夜明け前から動きづめで、もうクタクタ。これだといい考えが浮かんでこないわ」
「賛成です。私もクタクタ。
でも、もう少しだけ私はここにいます。
旅行の途中で作る料理の本を少し見てみたいので」
「若いわね愛は。
私はもう限界なので行くわ。
おやすみ、愛」
「おやすみなさい、ジュリア」
ジュリアは、ほんの少しふらつきながら図書館を出て行った。
愛は、先程目をつけていた料理の本棚に行き、芋虫の料理の本を探した。
一冊だけあった本は薄く、中を見るとレシピも十数種類しか載っていなかった。
先程の椅子に戻り、全ての料理方法を頭に入れた。
でも、この中では、唯一原型を留めてない料理方法がスープだった。この本は期待はずれで、ある意味、今回の旅は覚悟を決めるしかないと思った。
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