第6話騎士団と薬師

 今日から五日後に出発することが正式に決まった。


 最初の日、東の空が少し明るくなる頃には一階の厨房に行って、四人でコーヒーの焙煎をしていた。朝食も交代で食べる忙しさで、お昼頃にはクタクタになっていた。


 昼過ぎには騎士団に約束していた、試飲の為のコーヒーを愛とジュリアで持って行った。

 騎士団の食堂に着くと、二十名近い騎士団員が談話をしていた。

 愛達が入って行くとすぐに気付いて、全員が集まって来た。


「待っていたよジュリア〜〜」


 そう言ったのは、魔法騎士団と騎士団の共同作戦で一緒だった、戦友の大男のジャックだった。


「もしかして。これを目当てに、こんなにも集まって来ていた?」

「勿論だよー、ジュリアー。

 おーい。誰か、他の奴らにもコーヒーが来たと伝えてくれー」


 誰かが早足で食堂を出て、ここに駐屯している全員を呼びに行った。


「俺達は、噂のコーヒーとやらを飲みたくて待っていたんだよ。

 魔法騎士団の連中が自慢していてよ。あのクソ不味い豆が、本当に美味しいか確かめたくてよ」

「分かった。今入れるよ。

 ジャックは黒砂糖とミルクはどうする?

 甘いのが好きだったら大目に入れるし、ミルクが好きだったらミルクも多めに入れるけど?」

「えーとだな。黒砂糖もミルクも少なめで頼む」

「分かった、少し待ってな」


 そう言うとジュリアは、ジャック好みのコーヒーを作って渡した。


「お、待ってました。

 香ばしい、いい香りだなこれ。

 では早速」


 言うが早いか、すぐに一口飲んだ。


「これ、美味しいよ。まじかよ。

 おい、お前らも入れてもらって飲んでみなよ」

「それとジャック、この焼き菓子を浸して食べてごらん。

 柔らかくなって前よりは美味しくなっているから」

「お、そうか。じゃ、それも」


 ジャックはすぐに焼き菓子を浸して一口食べた。


「お、本当だ。これも美味いよ。

 これらを考えたのは、こちらの愛さんですよね?」

「そうだよ。

 でも今は、コーヒを他の人に入れて上げているから、ジャックの声は聞こえないよ!!」

「あー、そんな。

 独身だと聞いたので、話がしたいですね」

「あ〜〜あ。ここでも同じ反応か!!

 ジャック。向こうに行って、ゆっくりとコーヒーを飲んでいてくれない。

 他の連中にコーヒーを入れられないから」


 後ろで順番を待っていた団員が、無理やりジャックを横に押しのけて、次の団員がジュリアに黒砂糖とミルクの量を言ってコーヒーを入れてもらった。


 団員達にコーヒーを入れている途中、愛は嫌な感覚に襲われた。

 今度はどうやら、誰かが自分を観察している様だった。

 ジュリアから予め聞いた話によると、愛の実力を看破できるとすれば、騎士団団長のジョンソンであろうと言っていた。しかも、遠征から戻ったばかりで、しばらくはここに滞在する予定だった。

 自然な動作でそちらの方を見ると、風貌の一致する人物がこちらを見ていた。

 彼が何かするわけでもないのに、愛は緊張をしていた。

 殆どの団員にコヒーが行き渡ると、騎士団団長のジョンソンが愛に近づいて来た。

 緊張していると彼に判るので、愛は無理に脱力し、そして、わざと無防備にした。

 何気ない自然な動作で、そちらに愛は振り向いた。


「コーヒーはどの様に入れましょうか?」

「そうだな、黒砂糖とミルクを少なめで頼むよ」

「はい、分かりました。少々お待ちください」


 愛は少し無駄な動きを入れて、能力があまりない様に振る舞った。


「お待たせしました。はいどうぞ」

「ありがとう」


 そう言うとジョンソンは、今来た方向に戻り、ドアを出ようとした瞬間に右手を広げて耳まで上げた。そして、また下ろす動作をした。

 それはまるで、誰かの勘違いだと言いたげな動作だった。

 愛はそれを見て一安心をした。

 ジュリアが言っていた様に、看破出来るのは彼だけであり、もしジュリアの情報がなかったらと思うと、冷や汗が流れる思いがした。


 全ての団員にコーヒーを入れ終わる頃になると、独身の団員達が愛の周りに集まって来て、色々と質問責めにしていた。

 彼氏が居ないのは予め魔法騎士団員から聞いていたらしく。さらに、例の事件に加えて今回のコーヒーの件で、料理上手な黒髪の美しいお淑やかな女性だと噂が広まっていた。その為、愛は彼らにとってはアイドルみたいな存在に既になっていた。

 彼らの質問の中で、どこから来たのかなど、すぐに答えられないのが多くあり、口籠る仕草も可愛いと言っている団員もいた。


「お前らさ、愛さんが困っているだろう」


 ジュリアがそう言って彼らを押しのけ、愛の手を取って彼らから少し離れた所に移動した。


「ジュリアー、それはないだろう。

 愛さんと話すのを楽しみしていたのに」


 そう言ってきたのはジャックだった。


「本人が嫌がっているのが分からないのかジャック。

 だ・か・ら、お前は女にモテないんだよ!」


 そう言うと、独身の団員以外から賛同の声があちこちから聞こえてきていた。

 ジュリアは、すぐに出口に向かって歩き始めた。


 この後、後になって語り継がれる事件が、またもや起きた。

 ジュリアの横を愛が歩いていると、後ろからジャックが駆け寄りながら言った。


「ちょっと待ってくれよー」


 ジャクが愛の肩に手を置いた途端に彼女が屈み込んだと同時に、大男のジャクが宙に逆さまに浮た。と思ったら、次の瞬間には向こう側に背中から落ちていた。


「イッテー!!」


 本人はもとより、そこにいた誰もが何が起きたのか判らず、呆然とした。

 あの大男のジャクが逆さに宙に浮いて、次の瞬間には床に倒れていたのだから。


 愛は、しまったと思っていても既に遅かった。

 ジャクソンが居なくなって、この食堂からもうすぐ出られると思ったら、気が緩んでいたのだった。後ろから肩を掴まれたので、防衛本能でジャックを、つい、投げ飛ばしてしまった。

 後悔で屈み込んだまま、体が動かなかった。


 ジュリアは、ヴィッキーの言った事を自分なりに解釈していて、何が何でも愛を守ると心に決めていた。彼女は愛の能力を知っていたので、この状況をすぐ把握でき、行動に移した。


「ジャック。気安く女性の体に触るんじゃないよ」

「え?

 俺を投げ飛ばしたのジュリア?」

「そうだよ。愛さん怖がって屈み込んだままだよ」

「本当にジュリアが俺を投げ飛ばしたの?」


 立ちながら、ジャックはそう言った。


「何だったら、もう一回投げてあげようか?」

「え、それは・・・。

 俺は女性とは戦わない主義なんで、そのー、遠慮しときます」

「ジャックは、少しは利口になったみたいだな」


 ジュリアがそう言うと、クスクスと笑い声があちこちから聞こえてきた。

 ジュリアが言った事で、みんなが納得をした顔になっていった。

 それを聞いた愛も、ようやく立ち上がる事が出来た。


 ジャクは愛に向かって、頭を下げながら言った。


「愛さん、申し訳ありませんでした。

 これに懲りて、ここにはもう来ないとは言わないで下さい。

 この通り、お願いします」


 愛は複雑な心境だった。

 実は、投げ飛ばしたのは私なんです、痛かったですか?と心の中で言っていたけれど、ヴィッキーの言葉を再び思い出してこう言った。


「ジャックさん、頭を上げてください。

 私、全然気にしていませんから。

 皆さんに美味しいコーヒーを届けに必ず戻りますので、安心して下さいね」

「有難うございます。

 記念に、握手してもらってもいいですか」

「ジャック。お前、何考えてんの?」


 ジュリアがそう言って、非難めいた目で睨みつけた。

 愛は、ジャックを投げて痛い思いをさせたので、それくらいの事はいいと思って右手を差し出して言った。


「これからも、よろしくお願いします」

「どうも恐れ入ります。

 こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って二人は握手をした。

 愛はその後、食堂にいる人達に向いて挨拶をした。


「皆さん、コーヒーを飲んで下さってありがとうございます。

 各自に合うような色々な種類の美味しいコーヒーを試作していますので、完成しましたら、ここに戻って来て試飲してもらいたいと思います。今回同様にお願いします。

 それと、コーヒーに会う専用の焼き菓子も作る予定なので、その時もよろしくお願いします」


 そう言って、愛は軽く頭を下げた。

 集まって来た多くの人達から、励ましの言葉を愛に送っていた。


 愛達が食堂を出るとすぐに、ジャックが愛達にも聞こえるような大声で言った。


「俺、愛さんと握手したんだぜ。

 羨ましいだろう。お前達」


 ジュリアはそれを聞いて、思わず手で頭を押さえていた。

 愛は、何で握手が羨ましいのか判らず、首を少し傾けた。


 厨房に行って焙煎を再開する前に、薬師のコーリー爺さんに会いに行った方がいいのではとジュリアが提案をした。愛も賛同して、残りのコーヒーを持って二階の薬師の部屋に行くことに決めた。

 そこには数人の人達が働いていた。その部屋には多くの棚があり、棚の上には乾燥された植物とか、壺、瓶に入った生物の乾燥した部分だとかが、所狭しと並べられていた。さらに、色々な匂いがごちゃ混ぜになって、なんの匂いか愛は殆ど分からないほどだった。でも、慣れ親しんだ匂いもあったので、それが何かは判った

 近くにいた若い細っそりとした女性がジュリアに聞いた。


「ジュリアさん、今日は

 今日はどんな要件ですか?」

「リリア、今日は。

 コーリー爺さんに会いに来たのだけれど、愛さんも一緒だと伝えてくれればわかるわ」

「こちらの方が噂の愛さんなんですね。

 初めまして愛さん。コーリーの孫娘のリリアです」

「初めましてリリアさん。よろしくお願いします。

 食べ頃の、黒にんにくの匂いがたまらないですね」


 リリアが驚いて、愛の顔を思わず見た。


「愛さん、この沢山の匂いの中で、黒ニンニクが食べ頃と分かるんですか?」

「はい。自分でよく作っていたので。

 料理に入れると、アクセントがついて美味しくなるので、好きな食材のひとつですね」

「黒ニンニクを料理に入れるんですか?」

「甘みと独特な味は、殆どの料理に合うんですよ。

 少しだけ入れると味に深みができて、とっても美味しくなるんです。

 もちろん、お酒のおつまみにも最適ですね」

「それは思いつきもしませんでした。

 確かに黒ニンニクは甘いので、薬の中では服用しやすいです。

 それに、料理にニンニクを入れるのは私もするのですが、黒ニンニクを入れたらダメな訳がないですよね。凄く参考になります」

「リリアもコーヒーを飲んでみる?」


 そうジュリアが聞いた。


「本当ですか?

 王宮中が今、コーヒーの噂で持ちきりなんですよ。ここにいる人達の分は有りますか?」

「大丈夫。まだ あるので」

「有難うございます。

 みんなをここに呼びますね」


 リリアはそう言うとみんなに声をかけていき、最後に奥の部屋に彼女は入っていった。ジュリアと愛は、集まった人からコーヒーを入れていった。

 しばらくすると、白髪頭とあご髭のある少し背中の曲がった老人がゆっくりと歩いて来た。


「何やらいい香りがするが、これはジュリアが何か持って来たのか?」


 近くに来ないうちに、歩きながらコーリーは言った。

 ジュリアが親しげに話した。


「コーリーさん、今日は。コーヒーを持って来ました。

 それと、橘愛さんをお連れしました」

「おー、愛殿を連れて来てくれたか。話がしたかったんだよ」

「コーリーさん。よろしくお願いします」

「そうか、貴女が愛殿か。こちらこそよろしくな。

 愛殿と話をする前に、この香りが気になってのう。

 ジュリア、そのコーヒーとやらは何だ?」


 リリアが横で手を振って、噂話は知らないと言う合図をジュリアに送った。

 ジュリアは了解の合図を小さくリリアに送った。


「コーヒーは愛さんが考えた飲み物で、アカネ科の豆を煎って、紅茶の様に入れた飲み物なんですよ」

「お爺様、コーヒーはとっても美味しいですよ。飲んでみますか?」


 リリアがコーリーに進める動作を右手でした。


「アカネ科の豆だって?眠気覚まし用の?

 それは是非とも飲みたいものだ。お願いするよ」


 ジュリアがすぐに答えた。


「コーリーさんは黒砂糖とミルクを入れますか?そのままだと少し苦いので」

「甘いのは好かん。ミルクだけで頼むわ」

「少し待ってくださいね」


 ジュリアは早速コーリー爺さんに入れて渡してあげた。


「香ばしいいい香りがするのう。

 どれどれ、頂くか」


 コーリーは一口飲んで、細い目が見開いて話した。


「なんと、これがあの豆か。愛殿、これは美味しい」

「お爺様。愛さんは黒ニンニクが食べ頃だとここに来てすぐに言ったんですよ」

「本当か?

 このワシでも近くに行かないと判らないあの匂いを、ここから判断できるとは予想をはるかに超えた臭覚をしておる。

 どうりで、トリカブトの蜂蜜の味が判るわけだ。

 愛殿、他にも判る匂いがあるかな?」


 愛は少し考えた。コーリーは私を試験しているのではないかと。

 しかし、ヴィッキーの話を再び思い浮かべて、ここでは素直に判断出来るハーブを答えることにした。


「そうですね。

 まず、すぐに分かったのが桂皮ですね。料理でよく使うので、すぐに判りました。

 あと、ローズマリー、コリアンダー、ウコン、ターメリック、クミン、ガーリック、そして、セージ、タイム、バジルなどがここにあるのではと思うのですが?」

「なんと、全て当たっておる」


 近くにいた全員が驚きの声を上げた。

 コーリーは更に話を続けた。


「愛殿はもしかして、薬師の経験がおありかな」

「薬師の経験はありませんが、先程述べた薬を料理に使っていたので判ったのです」

「料理に使うだって?

 想像もつかんな。少しは薬の中には、その様なものもあるが。

 例えば、どんな料理で使うんじゃな」

「私の生まれ育った島国の日本では、カレーと言って野菜と肉などの他に、ターメリック、コリアンダー、クミン、赤唐辛子、ニンニク、ジンジャーなどを煮込んだ料理が有名ですね」

「ほう、そんなにも沢山薬を入れる料理があるのか。食べてみたいものだな。

 しかしながら、その中では入手が困難な薬が数種類ある。食べたくても食べれないな」

「やはり、魔物の影響でしょうか?」

「そうだ。薬草の採取は主に女と子供の仕事だからのう、弱っちい魔物でも怖がって外に出られない。薬がないと治る病気も治らん。困った事だよ。

 話は変わるが、愛殿。是非検討してもらいたい事がある」

「コーリーさん、どの様な事でしょうか?」

「薬師になってくれないか?突然で申し訳無いが、理由があるのだ。

 横にいるリリアは、ここの薬師の中でも群を抜いてレベルが高い。将来はわしの後継者として育てているのだが、愛殿の味覚と臭覚のレベルになるにはまだまだ時間がかかる。わしも歳になってきて、味覚と臭覚が衰えてきた。このままだと薬の品質が維持できないのだよ。仕入れの薬草の中にはカビや異臭、あるいは劣化しているものがなど入っている事がよくある。突然で申し訳無いのだが、考えてはくれぬか?」


 コーリー爺さんの突然の申し出に、最初は困惑した。

 けれど、料理と薬草は切っても切れない関係なので、協力は出来ると愛は思った。


「日本では、“医食同源”という言葉があります。

 これは、食べる事と治療は、命を養い、健康を保つためにはどちらも欠かす事ができないと言う考えから来ています。

 別の言葉では“薬膳”があります。

 これは予防の為の食事で、健康な人がどの食材を取ったら病気になりにくいかを、個々の体質に合わせて考えるものです。

 二つの言葉で判る通り、料理と薬草などは切っても切れない関係にあるんです。

 ですから、私は薬師にはなれませんが、協力は出来ると思うのです。

 コーリーさん、これが私の答えですが、よろしいでしょうか?」

「医食同源と薬膳か。どちらも理に適っておる。

 そうか、お互いに協力が出来るわけだ。これは盲点だった。

 愛殿。改めて、お願いする。

 お互いに協力しあって、これからも宜しく頼むよ」

「はい。喜んで協力したいと思います。

 それと、薬草の中で料理に使えるのがあったら、宜しくお願いします」

「おーおー、それは問題ない。その薬草が必要な人に料理して食べてもらえれば満足が増えて、気力も増して病気も治りが早いはずだ。

 いくら体にいい薬草でも、苦いのであれば、気力もなくなる。

 愛殿に会えて本当に良かったわい。

 ところで、このコーヒーが気に入ったんだが、余分があればいくらか欲しいのだが」

「あ、はい。もちろんです。

 数日待ってもらえれば、持って来ます」

「おおそうか。それはありがたい」


 愛は、ダメですとは答えられなかった。

 これで焙煎の量がまた増え、マリサとトニーになんて言ったらいいのか分からなかった。


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