第5話御前会議と猫
目の前にある書類の山の殆どがマイナスの傾向を示していて、宰相のキースは頭を抱えていた。
国家収支を始め、貿易量、雇用などの主な指標は軒並み下降線をたどっており、難民数、犯罪数、地方の土地を収めている伯爵からの騎士団の要請の書類はうなぎ上りに増えていた。このままの状態が続けば、国が極めて危機的な状況になると予測できた。
もうすぐ御前会議が始まるが、国王に何と言って報告をしていいのか全く分からなかった。
全ては魔物の影響でこの様な状態になっているのは国王は知ってはいるけれど、宰相として何らかの対策を考えて報告をする必要があった。
幸い、三日前に召喚した橘愛は、思っていた以上の能力をその日に示して、国王と第一王子の命を救った。
ただし、勇者を召喚したと思っていたのが女性だったので、ある意味期待外れだった。
マリサの報告によるとファイアの魔法で、いきなり薪が全て燃えるほどの魔力を持っていた。更に、ジュリアのシークレットサービスの報告によると、引ったくりの犯人が逃げるのを、瞬時に棒を使って足に絡ませて倒れさせたみたいだった。真偽が分からないまでも、もしかしたら勇者になる可能性はあった。
しかし、可能性だけで御前会議には報告が出来ない。
先ほど来たマリサの話によると、コーヒーに浸す焼き菓子のビスコッティを作るために、アーモンドの産地のレディングに四、五日後に採集に行くと言っていた。
これは丁度良いかもしれないと思った。
何故なら、レディング地方を収めているバルガス伯爵から騎士団の要請が来ており、この地方は魔物が弱いので、少人数の騎士団員を派遣する予定だった。
それにこの旅で、橘愛の本当の実力が分かるのではないかと期待をした。
あと、もしもの為にもう一人、ジュリアを守る騎士団員が必要と思われた。シークレットサービスは今回は町中でないので使えないからだった。
誰にするかは、御前会議で決めるしかないなと思った。
執務室のドアを誰かがノックした。
「何だね」
返事をしたら、ドアの向こうから返事がきた。
「もうすぐ御前会議なので、お越しくださいとの事です」
「分かった」
短く返事をして、国王に報告する内容を反復していた。
「こちらの席にどうぞ」
執事が席に案内をしてくれた。
既に国王以外、二人の王子と魔法騎士団からは副団長のリサ、騎士団からは団長のジョンソンが席に着いていた。今回は報告が主だったので、このメンバーしか呼ばれていなかった。
お互いに挨拶を交わした後は、国王が来るまでは誰も話をしなかった。
「国王様がいらっしゃいました」
執事がそう言うと、ドアから国王がゆっくりと入ってきた。
日増しに良くなっているとは言え、毒の後遺症はまだ残っていた。
席に着いている者全員が起立して、国王に挨拶をした。
手で国王が合図をすると、全員席に座った。
国王が話を始めた。
「コリーのお陰で日増しに良くなってはいるが、まだ完全に回復しておらん。
それで、今日の会議は手短にしてもらえれば助かる。
まず、キースの報告から聞こうか」
キースは国王に軽く頭を下げて、報告をまとめておいた紙を見ながら手短に話を始めた。
経済の報告から始まって治安報告をしていき、殆どの報告が終わったのでキースは、橘愛の話を始めた。
「例の橘愛様の話に移りたいと思います。
皆さんご存知の事件に加えて、非常に高い能力を他の分野でも示しています。
魔法に関しましては、カマドの薪が一瞬で燃え尽きる程の魔力をマリサが目撃をしております。それに、その時に使ったファイアの魔力は自分と同じくらいだったと、ジュリア様が言ったそうです。
剣術に関してですが、ジュリア様のシークレットサービスからの報告によりますと、引ったくりの犯人を、瞬時に近くにあった棒を使って足に絡ませて倒させました。彼らの推測ですが、騎士団レベルの実力を持っているのではないかとの報告を受けています。
幸いなことに、橘愛の能力を確かめる良い機会がもうすぐ訪れます。
それは、コーヒーに会う焼き菓子の材料にアーモンドが必要だそうですが、アーモンドの産地は魔物が出没しており、最近は収穫があまり出来ていません。それを聞いた愛達は、自分達で行って収穫する予定だそうです。
その地を収めていますバルガス伯爵からは、魔物退治の為の騎士団派遣の要請が来ていますので、数名騎士団から派遣する予定でした。ジュリア様の警護と橘愛様の能力、そして魔物退治の為に彼らと同行してもらう騎士団員を一人か二人、選んで頂けたらと思います」
「私が行こう」
すぐにユリア王子は答えた。
「バルガス伯爵は遠い親戚に当たるお方で、先週息子さんが結婚された。そのお祝い行くといえば橘愛様に怪しまれません。それに、騎士団員だとジュリア様の行動を抑えきれない側面もありますし。
その点、私だったら問題ないと思います」
「しかし、公務はどうするのですか?」
聞いたのはキースだった。
「それは問題ないです。
兄上が日増しに元気になられており、今の兄上だったら問題なくこなせると思います」
アンドリュー王子が申し分けなさそうに、弟に話し始めた。
「ジュリアが行くのであれば、本来ならば自分が行くのが筋なのですが、まだ旅に耐えるだけの体力は回復していません。今回だけはユリアに任せたいと思います」
「そうですか。分かりました。
それでは、この件はこれでいいでしょうか?
無いのでしたら、私からの話は終わりにしたいと思います。
次は騎士団団長のジョンソン、お願いします」
キースは安堵した。
報告に対して国王からの質問も無く、橘愛様の召喚を推進した立場上、その咎も受けなかった。
もしかしたら、彼女が将来勇者になって、悪の大魔導師を倒す可能性はまだ残っている。
今回の旅が、ある意味成功しますようにと、心の中で祈った。
「本当ですか?」
「ええ、直接本人から聞きましたから」
愛の部屋にマリサが夜遅く訪ねて来て、今回の旅にユリア王子が同行すると聞いて愛は驚いた。
「どうして同行するんですか?」
「二つの理由からだそうです。
一つ目はその地方を治めているバルガス伯爵から魔物退治の要請が来ており、騎士団員を数名派遣する予定だったこと。
二つ目はバルガス伯爵はユリア王子の親戚で、息子さんが先週結婚されたそうです。例の事件の前は、ユリア王子一人で王室の公務をしていたので行かれなかったそうです。国王とアンドリュー王子がかなり回復をしているので、公務は二人に任せて今回は行けるのだとおっしゃっていました」
「そうなんだ。
予定が少し狂ったね」
「仕方ありませんね。
今回は基礎的な魔法の習得と、薙刀は愛が一人で練習するしかありませんね。
それと、コーヒーを祝いの一品に加えたいと言っておられて、ある程度の量を持って行きたいそうです」
「魔法騎士団の方達も、もっとたくさん欲しいと言われているのに、さらに量が増えるわけね。
みんなに喜んでもらえるのは凄く嬉しいんだけれど、旅の前なので時間も限らているわ」
「そうですね。
朝早くから、作業をするしかありませんね」
「そうなりますよね。
それに、今回の旅は魔物が出るので、図書館で魔物の勉強。それと旅の途中で作るスキレットの料理のレシピがあれば、それも見てみたいんです。
そして何よりも、魔法の勉強はしとかないといけないと思うんですよね。ユリア王子が一緒に居ると、基本的な魔法しか覚えられないので」
「それは、かなりハードな日が続きそうですね」
マリサは少し考えて、愛に言った。
「夕食後の図書館は人が居ませんから、私とジュリア姉さんと交代で、愛に魔法の理論を教えるのがいいと思います。どうでしょうか?」
「本当に?助かります。
でも、マリサ達は大丈夫なの?」
「私は全く問題ありません。
夕食後は、編み物をしているだけですから。
ジュリア姉さんも、夕食後は横笛を吹いているだけですね」
「マリサの編み物はあまり違和感がないんだけれど、ジュリアが横笛ですか?」
「母が横笛の名手ですから、幼い頃から私たち三姉妹は自然と習っていたんです。でも私は途中で興味が無くなって、編み物の方が面白くて辞めてしまったんです。
今思えば、続けていればよかったかなー、と思う事が最近あるんですよね。
あ、それで。アンドリュー王子とジュリア姉さんが知り合うきっかけが、横笛繋がりなんですよ」
「そうだったんだ」
「あの二人が一緒に演奏をしているのを一度だけ聞いた事があるのですが、それは素晴らしい演奏でした。でも、例の事件で体調を崩されて最近では横笛も吹けないくらいに弱っていたんです。
でも、事件が解決して、アンドリュー王子もメキメキと体調を回復してきているそうですよ」
「フフフ。
マリサのメキメキの表現が、なんだか面白いわ」
「あ、そうだ。
もしかしたら旅の前の夜に晩餐会が開かれるかもしれません。国王様が希望なさっていて、愛と食事を共にしたいそうです」
「本当ですか?今度は国王様?
なんだか、凄く緊張しそうです」
「仕入れ業者の噂なんですが、変わった食材で今度の接待客を喜ばせたいと言っていたそうです。
たぶん、例の事件のお礼の一部ではと思うんです」
「変わったもの?」
愛は、今日の昼に食べたあの蠢くものをまた思い出して、少し気分が悪くなった。
例の食べ物が、少しトラウマになっていると思った。
王様お願いですから、普通のご馳走でお願いしますと祈っていた。
愛がナイトを見ると、こちらをジッと見つめていた。
「ナイトはお留守番だよ」
「ニャー、ニャー」
「え、ナイトも旅に一緒に行くの?」
「ニャーーー」
「魔物が出るんだよ!怖いんだよ!殺されちゃうよ!!
本当に大丈夫、ナイト?」
ナイトは右の前足を愛の方に向けて、爪をゆっくりと出していった。
数センチぐらいだと思って見ていたら、6センチは超える鋭い爪が現れ、突然テーブルの足を引っ掻いた。足には、深い爪痕が 残っていた。
「ニャー」
「凄い。
でも、えーー、どうしよう。
ナイトが行く気になっている。
ユリア王子も行くのに、ナイトまで行ったら・・・!!
どうしようマリサ」
マリサは少し考えてから、愛に話した。
「えーーと、それは困りました。
でも見ての通り、猫は相当強いと聞いています。ですから大丈夫と思います。
それにしても、猫が旅に同行するのは初めてだと思います」
「やっぱりそうなんだ。
どうなるんだろう、初めての旅は」
行くまでのハードスケジュールに加え、王様の変わった食べ物。旅にはユリア王子にナイト、芋虫に初めて戦う魔物。
愛は明日からの事に、先が思いやられるのだった。
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