第4話武器と芋虫
しばらく歩いたら、トニーの叔父さんの店に着いた。
「叔父さん居ますかー?」
トニーが表のドアを開けて、叔父さんを呼んだ。
しかし返事がなく、奥の方で物音がしていた。愛達も店の中に入っていった。
トニーは更に、奥に行って叔父さんを呼びに行った。
三人は、初めてこの店に来た。
右側には防具、左側には武器が陳列されており、予想を遥かに上回る数の多さに三人は最初びっくりしていた。そして、使い古された防具や武器の匂い、あるいは新しい武器や防具など、一種独特な匂いがこの空間を満たしていた。
しばらくすると、トニーだけが戻って来て言った。
「今叔父さんは、焼入れをしているので少し待ってくれとの事でした」
「焼入れって?」
ジュリアが聞いた。
「焼入れは、高温で加熱して急激に冷やす作業で、金属が更に硬くなるんです」
「へー、そうなんだ。知らなかったわ。トニー、よく知っていたわね」
「小さい頃からここに遊びに来ていたので、叔父さんが何度も何度も、耳にタコができるくらい繰り返して教えてくれましたから」
「あら、それはちょっとした災難ね」
「はい。
ですが、武器や防具などを作る工程には詳しくなって、今では聞いていて良かったと思っています」
トニーが言い終わらないうちに叔父さんが店に入ってきた。
「で、トニー。誰の武器を作って欲しいって?」
「こちらの愛さんの武器です」
「え、このお嬢さんの。冗談だろう。まともに戦えるとは思えねーな」
そう言うと、クゥイントンは右手で髭のある顎を触りながら、愛を見た。
「愛さんは、薙刀と言う棒術ができるそうなんです」
「棒術だって?
それは珍しい。殆ど廃れた術だよ。名前は愛でいいんだよな?」
「はいそうです。よろしくお願いします」
「愛、こっちに来て腕を見せてくれ。
腕から、ある程度の熟練度が分かるから」
愛はクゥイントンの近くに行って、服の裾を出来るだけ捲った。
クゥイントンは愛の腕を持って、入念に調べ始めた。
手首、肘、肩、などを回しては、どの位まで回せるとか、ここは痛くはないかとか色々と聞いた。筋肉の付き具合も入念に調べていた。
調べるのが終わって、クゥイントンは興奮して話し出した。
「今まで何十年もこの商売をしてきたが、鞭の様にしなやかで、強靭な腕を持っているのは初めてだ。かなり長い間棒術の修行を積まないとここまでにはならない。
それに、元々の体の柔らかさに加えて、それを維持していくのは毎日の鍛錬が必要だ。
ただし、気になる事が一つある。ここ四、五年棒術の稽古をしていないので、棒術を扱う筋肉が少し衰えている」
愛は、とても驚いた顔になった。腕を触っただけで、薙刀の稽古を五年間していなかったのが分かったからだった。
「愛、裏庭でトニーと試合をしてくれ、それで武器と防具をどう作るかのが分かる。棒は臨時に、そこの練習用の槍を使ってくれ。トニーも練習用の剣だ。
そうだ、言い忘れるとこだった。トニー、全力を出しても構わない。愛は相当強いぞ」
トニーはいきなり愛と試合をする事よりも、彼女が相当強いと叔父が言った事に驚いていた。
愛は少し困ったと思った。
ヴィッキーから、人前では全力を出したらダメだよと言われていたからだった。しかし、自分に合った武器と防具を作ってもらうにはクゥイントンしかないと思い、全力を出すことにした。後で、クゥイントンとトニーには口止めをするしかないな、と思った。
それに、今回は魔法が含まれてないので、一応安心をした。
練習用の武器を持って、みんなは裏庭に出た。そこは塀や建物で囲まれた広々とした場所だった。地面は硬く平らされていて、試合用に整地していた。
クゥイントンがジュリアとマリサのに向かって言った。
「お嬢さんのどちらか、治療の魔法を使えるかね?」
マリサがすぐに答えた。
「はい、私が使えます」
「丁度いい。
そこで待機していてくれ。トニーと愛が痛がったら、よろしく頼むよ」
「はい、分かりました」
トニーはそれを聞いて、尚更驚いた。
明らかに叔父さんは、自分が負けるかもと思っている。愛には悪いけれど、本当に全力でぶつかる事にした。
「では、始め」
クゥイントンの合図で試合が始まった。
始まった瞬間に、愛はいきなりトニーに猛進し、槍を回しながら斬りつけた。
愛が使った技は、トニーには見慣れない技だったけれど、斬りつけた太刀筋は見えたので防御する事が出来た、と思った。でもそれは揺動で、愛は素早い足の動きでトニーの横をすり抜け様に、右足に一撃を与えた
「痛い」
トニーは思わず声を漏らした。
マリサがすぐにトニーに近づいて、魔法で治療をしてくれた。
「マリサありがとう。さっきは油断した。
今度こそ」
トニーは気合の入った言葉で、気を引き締めた。
今度はトニーが仕掛けた。
ジワリジワリと間合いを詰めていき、隙のない様に近づいて行った。
何度か斬りつけたが、全て愛に打ち流された。
剣と槍の懐の深さを利用して、愛が鋭い猛攻を開始した。トニーは、上下左右からくる太刀筋を全て読み取る事ができなくなり、脇腹に一撃を食らった。
「うー」
唸り声だけが聞こえてきた。
マリサが、今度もすぐに行って治療をした。
トニーは、マリサにお礼を言って今度は無言で愛と相対した。
愛は、今度は突きを繰り返してトニーに迫った。
トニーは少しづつ後ろに下がり始め、壁際に追い込まれそうになった。彼は左に素早く移動して、愛の横を狙って会心の一撃で今度こそは決まった。しかし、同時に愛は隙の出来た足を狙って、素早く槍を回転させて一撃を与えていた。
トニーは痛みから横に倒れてしまい同時に低い唸り声をあげた。
愛も、太ももに激痛が走り、手でそこを抑えた。
マリサがすぐにトニーに近寄って治療をした。
愛の方を見ると太ももを手で押さえて、痛みを我慢していた。すぐにマリサが近づいて、治療をした。
「マリサありがとう。
痛みが消えたわ」
「愛、頑張って」
そう言って、マリサは元の場所に戻った。
十回近くなってクゥイントンが試合を止めるように言った。
トニーは額から汗が流れており、肩で上下するぐらい息が上がっていた。
愛は少し息が上がったくらいで、汗は全く掻いていなかった。
結局ほぼ互角で、練習試合は終わった。
「トニー、思っていた以上に出来るようになったじゃないか」
「でも愛さんは、叔父さんの言った通り強かったです」
「まあな。たぶん幼少の頃から毎日やっていたからだよ。
愛、これで大体分かった。焼入れ、焼き戻しなどで、四日あれば武器と防具は完成する。
あと一つだけあるんだが、その薙刀の形を紙に書いてくれないか?
おっと、大きさもな」
「はい分かりました。
それで、お二人にお願いがあるのですが、いいでしょうか?」
「ん、何だい」
「私の本来の職業は料理師です。薬草などを採取する時に魔物が襲って来た時、もしもの為に武器を作る事に今回決めました。
料理に専念したいので、トニーと試合をしたことは内緒にして欲しいのですが」
「それは心配ない。
俺は、客の個人的な情報は一切人に言った事がないし、今後も言うつもりもない。
それに、トニーもお嬢さんと五分の試合をしました、とは口が裂けても言えないよ」
トニーも真剣な眼差しで愛に言った。
「それは、こちらからお願いするつもりでした。
愛さんと五分の試合をした事が分かったら、いらぬ噂で、来年の騎士団の試験がどうなるか分かりませんからね。
それにしても愛さんの強さには驚かされました。
アーモンドの採取の旅が、これで楽しみになりました。旅をしながら剣術の稽古も出来るとなると一石二鳥になりますから」
「なんだ、そのアーモンドの採取とやらは」
「愛さんがアーモンド入りの焼き菓子を作るんですが、アーモンドが必要なんですよ。でも、生産地ではアンティが出没するので、女性や子供では採取できなくて。さっき市場に行ったのですがほんの少ししかありませんでした。今が時期なので、このメンバーで採取をしに行こうと計画をしている所です」
「ああ、あのアンティか。
それだったら愛一人でも簡単にやっつけられるな。
それで、武器か。なるほどね。
分かった、四日後に武器と防具を取りに来てくれ」
「はい。
クゥイントンさん、有難うございます」
「いや、こっちこそ。
久しぶりにやり甲斐のある仕事で、こちらが礼を言いたいぐらいだよ。
ところでこのメンバーだと、トニーは荷物持ちになりそうだな。
ハハハ」
クゥイントンはトニーを見て大笑いした。
それに釣られて、みんなも笑い出した。
ただ、トニーだけが渋い顔になっていった。
クゥイントンの店を出ると、ジュリアがいきなり言った。
「お腹が空いたわ。
みんなも、お腹が空いていない?」
ジュリアの言葉に、他の三人も急にお腹が空いてきた。既に、お昼はとうに過ぎていたので、三人が同時に頷くとジュリアが言った。
「市場の中に、美味しそうなスープを売っている店があったのでそこにしない?」
ジュリア以外は、誰も食べ物屋の店を覚えてなかったので、再び三人は頷いた。
疲れていて、返事が出来なかったからだった。
今度はジュリアが先頭になって、みんなを誘導した。
お昼をとうに過ぎていたので、その店は空いており、座る場所もすぐに確保できた。
ジュリアとトニーが買いに行き、愛とマリサが荷物の番をした。
しばらくしてから、ジュリアとトニーが食べ物を買って戻って来た。
パンとスープを各自の前に置いて、ジュリア達も座った。
「お待ちどうさま。みんな食べましょう。
もう、お腹がペコペコ。頂きます」
ジュリアは言うが早いか、スプーンで掬ったスープを口に入れるのが早いか分からないくらい、素早く口に入れた。他の三人も、食前の頂きますを言って食べ始めた。
しばらくは、お腹を満たす為に会話は一切なかった。
食事も半分くらいになった頃、愛はこのスープが気になり始めた。
濃厚でとても美味しく、白子の様な味でパンとの相性もよく、この様なスープは今まで味わった事がなかった。それから何度もスプーンで掬って味わっても、元になる素材の材料の見当が全くつかなかった。
ジュリアが既に食事が終わって寛いでいたので、聞いてみる事にした。
「ジュリア。このスープは美味しいのですが、元になる食材が分からないのです。ジュリアは知っていますか?」
「ええ、勿論知っているわ。
でも意外ね。愛に分からない食材があったなんて」
「今までに食べた食材は殆ど分かるのですが、これはたぶん始めて食べる食材と思うんです」
「えーと、口で言うより、実際に見てもらった方が一目でわかるわ」
ジュリアはそう言って立ち上がると、愛に手招きして店の裏にあった木桶まで行った。
「この中に、その食材があるわ」
何やら、木の桶の中で動いている。
愛が覗き込んでみると、芋虫みたいな大きいのがモゾモゾと蠢いていた。
愛は、吐き気がいきなり襲って来たので、両手で口を押さえて蠢いているものから視線を逸らした。
ジュリアがこの芋虫を説明してくれた。
「このウィチェッティは蛾の幼虫で、松の木の倒木に沢山いるのですぐに見つかる。
料理の仕方は簡単で、スキレットで葉面がきつね色になったら塩と。胡椒だけで食べるのよ。表面はパリッっとしていて、中はトロリとしてとても美味しいわ。
旅をする時には貴重なタンパク源で、今回の旅でも沢山食べれるから楽しみの一つね」
愛は、ジュリアの話を聞くと一瞬目眩を感じた。
今までは、どんな食材も食べる事ができた。けれど、今回の芋虫だけは生理的に受け付けるのが困難だった。
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