第3話アーモンドと魔物



愛はヴィッキーの店を出た後、この世界に来て今までに起きた事を色々と思い返していた。

たった三日なのに、随分と色々な事があったと。


ジュリアが何かを見つけて、少し興奮していた。


「あったわ。ナッツを売っている店。

おじさん今日は」

「いらっしゃい。

何が欲しいんだね」

「アーモンドが欲しいんだけれど」

「アーモンドかね。

それは困ったなぁ。最近入荷が無くてそこにあるだけなんだよ」


ジュリア達がテーブルの上に置かれたナッツ類を見ると、アーモンドは小さな袋に入っているだけだけで、しかも値段が凄く高かった。


「えー。たったこれだけですか。

それに、高いわ」

「お嬢さんも知っているだろう、魔物があらゆる所に現れているのを」

「はい、それは知っています。

もしかして、アーモンドの産地にも魔物が出て収穫できないんですか?」

「お、さっしがいいね。その通りなんだよね。

仕入れの業者の話によると、収穫しているのは女や子供達なので、弱い魔物でも彼等にとっては命取りになりかねない。だから、収穫出来ないみたいなんだよ」

「そうか。ここでも、魔物の影響が出ているんですね」

「騎士団の人達も頑張っているみたいだけど、優先順位て言うやつで、小麦や米などの主食の地域は魔物がいない。けど、アーモンドなどのナッツ類は食べる人が少ないので、産地を守るには騎士団の数が足らないらしい。

ま、そう言う訳だね。悪いねお嬢さん」

「あ〜あ、それは困ったわ。

おじさんに一つ質問があるんだけど、アーモンドの産地を知ってる?」

「ああ、知っているよ。

ここから南に歩いて一週間の所にある、レディングとよばれている地域でアーモンドが収穫出来るよ。そう言えば、今が収穫の時期だよ。勿体無いよね、木には一杯アーモンドが成っているのに、収穫出来ないなんてさ。

え、もしかして、そこに行こうとしているのかい?」

「このお兄さんはとても強いので、行ってみようかなと今思った所」

「止めときなよ。アンティが出るんだよ。

一人だけ強くてもさ、奴らは集団で襲って来るから、少なくても三人は強い人が必要だよ」


ジュリアは、魔物のアンティの事はよく知っていた。

何度も戦った事があり、集団で来ても一人で楽勝で勝てる相手だった。


「おじさん、情報ありがとう」

「おいおい、本当に行こうとしていないかい。

俺が場所を言わなければよかったよ」

「おじさん、気にしないで。

強い人をあと二人ぐらいは知っているから」

「そうか。ま、それなら安心だけど。

気をつけて行けよ」

「はい、ありがとうございます」


ジュリアがおじさんに挨拶をして、この店を出た。


愛は、ヴィッキーおばさんの言った勇者について今度は考えていて、ジュリアとおじさんが何の話をしていたのか、全く頭に入ってこなかった。

トニーが少し安心した顔になった。これ以上荷物を持つ必要がなかったからで、今でも重い荷物を長い距離を歩いてかなり疲れていた。

マリサが心配顔でジュリアに聞いてきた。


「ジュリア姉さん。本当に行くんですか?」

「え、何で?

行かない理由の方が分からないけれど」

「でも、魔物が出るんですよね?」

「そうか、マリサは魔物と戦った事がないからね。

アンティは集団で来ても、とても弱い魔物なのよ。

力のない女性や子供達では太刀打ち出来ないけれど、騎士団のレベルの人が一人いれば大丈夫なレベルなの。だから心配しないで。

それに、愛の魔法の訓練には丁度いいわ」


愛は、ジュリアが自分の名前を言ったので、ジュリアを見てキョトンとなった。

何で名前を言われたのか、話を全く聞いていなかったからだった。


「愛、あの事を考えていたんでしょう?

でも、仕方がないわね、とても大事な事だから。

さっきから話をしていたのは、アーモンドが魔物のせいで収穫出来ないみたいなのよね。今が丁度収穫の時期だから、この際アーモンドを収穫しに行く話をしていたのよ。それに、魔物が出るので愛の魔法の訓練にもなるし、棒術でトニーが相手をしてくれる。

それに、アーモンドがあればコーヒーに合うビスコティも作れるわ」


驚きのあまり、愛の大きな目が更に大きくなった。


「魔物が出る所に、いきなり行くんですか?」

「魔物と言っても弱いので、私一人でも倒せるレベルね。

だから大丈夫よ。

それに、行くには準備に四、五日はかかる。その頃には愛のブレスレットも出来上がっているし、何たって騎士団レベルのトニーが一緒に行くから尚更大丈夫」


ジュリアはそう言うとトニーを見た。

急に自分の名前を言われたトニーは、今度はしっかりと話を聞いていたのですぐに答える事が出来た。


「魔物のアンティでしたら自分も戦った事があります。

素手でも勝てる相手なので、全く問題ありません」

「トニー、今度はしっかりと話を聞いていたのね。

つい、と言う言葉を聞きたかったのに」


ジュリアの洒落た言葉に、四人は同時に笑った。

愛は、ジュリアが魔物と戦うと言ったので、自分にあった武器が欲しいと思った。


「魔物と戦うのでしたら薙刀が欲しいのですが、多分ここにはないと思います。

それで、武器を作って頂ける店があるといいのですが」

「そうよね、うっかりしていたわ。私が魔法だけだから。

箒では魔物と戦えないわよね」


マリサは、箒を逆さまに持った愛が魔物に向かっていくのを想像して、また笑い始めた。

愛が言った。


「マリサ。また何か想像して笑っているでしょう?」


マリサが、笑いながら言った。


「ご、ごめんなさい。

愛が、愛が、箒を逆さまに持って、魔物に向かっていくのを思い浮かべたら、可笑しくって」

「もう、今朝の出来事ね。

でも、考えたら可笑しいわよね」

「武器やでしたら、叔父がやっている店はどうでしょうか?」


トニーが自信ありげに話した。

ジュリアが難癖を付けた目付きでトニーを見た。


「あの頑固親父のクゥイントン?

気に入らない相手には、お金を積まれても武器を売らないで有名な?」

「ええ、そうです。

でも腕は確かなので、愛さんに合った武器を作ってくれると思います。

たしか、この先に臨時の店を出していると思います」

「えーと、どうする愛?」

「お願いしたいと思います。

トニーさんの推薦なので、間違いないと思うのです」

「愛が言うなら仕方ないわね。行きますか?」

「はい。

トニーさん、お願いします」

「はい、分かりました」


トニーは、愛の役に立てるのが嬉しくなって、少し浮ついた返事をしてしまった。

それを隠すかのように、人混みの中を掻き分けながら叔父の店を目指した。

行った先の叔父の店は、人集りで大変混雑していた。

叔父の店なので、四人は裏から入っていった。

入っていくと叔父の姿は見えず、叔母さんと息子さんが店を切り盛りしていた。

トニーが叔母さんに聞いた。


「叔父さんはどうしたんですか?」

「朝早く客と喧嘩してさ、高く武器を買い取ると言ったお客さんと喧嘩したんだよ。

ま、いつものことだけどね。

うちのがいたら商売ができないので、常設の店で留守番をしているよ」

「そうなんですか」

「会いに行きたいんだったら、喜ぶと思うよ。意外とうちのは寂しがり屋だからさ」

「そうですか。分かりました。商売頑張って下さい」

「ああ。最近は商売繁盛でね。嬉しい限りだよ」


愛達が店の外に出て叔父の店に行く途中、長い行列ができている横を通り過ぎた。

しかし、並んでいる殆どの人達は見窄らしい格好をしていた。

何の店か気になったので、愛は聞いた。


「この行列の先には、何のお店があるのですか?」


マリサが少し悲しい目で話し出した。


「 この先には魔物に追われた浮浪者の為に、食事を無料で提供している建物があるんです。

でも、そのスープは凄く不味くて、人々はこれを貧者のスープと呼んでいます。材料は大麦、塩、ニシン、少しの薬草、そして水だけです。

私も、ボランティアでこのスープを作って味見をしたのですが、とても人間の食べ物とは思えませんでした。でも、それを受け取った人達は私に、ありがとうと感謝するんです。笑顔で、どういたしまして言うんですが、内心はとっても悲しかったです」


マリサは、更に話しを続けた。


「ヴィッキーおばさんの様に、魔物のせいで商売ができなくなってきている人達もいるし、荷揚げの人達も仕事が少なくなってきていると言っています。ここは安全なので、多くの浮浪者がここに来ている。仕事が余り無いので治安が急速に悪化して、先ほどの引ったくりをする人が増えてきた。

人は誰もが幸せになる事が出来ると思うのに、今の世の中は歪んでいる。でも、どうにもできない自分が悲しい」


マリサが言った後、誰も話す事が出来なかった。

マリサの言った事は核心を突いており、誰もが思う共通の思いだった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る