プロローグ その十三 猫と薙刀


愛は、王宮と魔法騎士団の宿舎以外行った事がなかったので、市場に行くのを凄く楽しみにしていた。その為、夜明け前には目が覚めてしまった。

窓の外を見ると、すでに東の空が少し明るくなってきていた。今から眠れなかったので、習慣の体のメンテナンスを始めた。

ナイトが興味深い目で愛の動きを追っている。

彼女は最後に、母から習った薙刀術の稽古を五年ぶりにした。母の否定の言葉でそれ以来稽古をしていなかったけれど、この世界には魔物が居ると聞いて稽古を再開した。薙刀に適した棒がなかったので、部屋の横に隣接していた衣装部屋にあった箒で代用した。

薙刀の稽古中、突然ナイトが高く飛んで愛に襲って来た。反射的に箒でナイトを切った動作をおもいっきりしてしまった。しかし、叩いたと思った瞬間にナイトは空中で器用に身をかわして、彼女の頭を軽く叩いて向こう側に着地した。


「にゃーー」


勝ち誇ったようにナイトはないた。


「ナイト、凄いね。

おもいっきり斬りつけたのに身を交わして。しかも、反撃までしてくるなんて。

もう一回やってみる?」

「にゃー」

「ようし。今度こそ負けないわよ」


愛とナイトは相対峙し、互いに間合いを取りながら相手の目を見ていた。

最初に仕掛けたのはナイトの方だった。ナイトは飛び跳ねるように愛に猛進して来た。愛は足さばきでナイトの進行方向から横にずれて、箒で素早く斬りつけた。今度もナイトは難なく身をかわして、愛の右足の脛を軽く叩いて通り過ぎた。ナイトのあまりの早さに、愛は避ける事が出来なかった。


「ニャー」

「もう、また負けたわ。

私の動きが鈍いにしても、ナイトは素早いね。

まだやる気はあるナイト?」

「にゃーーー」

「やる気満々みたいね。

ようし、では行きます」


愛が速攻を仕掛けた。やはりナイトにかわされて、反撃を食らってしまった。

こうして、マリサが朝食を持って来るまでの間、愛とナイトは繰り返し試合をしていた。


マリサが、朝食を持って来てドアをノックした。

愛はドアの方に向いて返事をした。


「はい。どうぞ」


愛がドアに向かって返事をした隙を狙ってナイトが仕掛けて来て、難なく攻撃されてしまった。

彼女はナイトに抗議した。


「ナイト。それは反則よ」

「にゃー、にゃー」

「ナイトにとっては反則ではないのね。

試合が始まってたからね」


部屋に既に入っていたマリサが、不思議そうに愛とナイトを見た。


「愛。箒を逆さまに持ってどうしたんですか?

それに、試合とはなんですか?」

「ナイトと試合をしていたのよ」

「試合ですか?ナイトと?」

「 母から教わった薙刀という棒術を五年振りに稽古をしていたら、いきなりナイトが襲って来たのよね。反射的に攻撃をしたら難なく交わされて。

しかも、反撃をされたので少し悔しくって、さっきまで何度も試合をしていたのよ」

「愛は、棒術が出来るのですか?」

「少しだけね。

五年も稽古をしていなかったので動きが遅くて、ナイトにやられっぱなし」

「それで箒を逆さまにして持っていたんですね。

最初見た時は、何事かと思いました」


愛は少し笑って、マリサに聞いた。


「マリサは剣術とかはするの?」

「そちらの方は苦手で、短剣での護身術ぐらいですね。

ユリア王子は騎士団員として、アンドリュー王子は魔法騎士団員として魔物と戦っていました」

「ジュリアは剣術とかは?」

「ジュリアお姉さんは剣術は駄目ですが、魔法が凄く得意なので、それでカバーしている感じですね」

「そうなんだ。

この世界に魔物がいるので、私もある程度攻撃出来る何かを身に付けなければいけないと思っていた所だったんです」

「攻撃魔法ならジュリア姉さんに教えてもらえると思いますよ。剣術については二人の王子は公務でお忙しそうなので、トニーに頼めば喜んで教えてもらえると思います」

「いい考えですね。二人に頼んでみます。

ジュリアは今朝もアンドリュー王子と一緒ですか?」

「はい。

多分、毎朝招待されると思います。

今日は市場に行くので、王宮の正門前で待ち合わせしましょう、との事でした」

「市場に行くのはとても楽しみ。どんなお店があるんですか?

ご飯を食べながら聞かせくれれば、嬉しいです。朝からナイトと試合をしていたらお腹が空いて」

「ミャー」

「アハハ、ナイトもお腹が空いているそうです」

「今朝はナイトの為に、ベーコンを余分に持って来ましたよ」

「ミャー」

「え。私にも返事をしてくれたんですか?」


ナイトは、ないた途端にマリサから別の方に視線を移した。


「たぶん。

でもー、単にお腹が空いているからだと思うけど・・・?」

「ニャー、ニャー」

「え、違うの?」


ナイトはすぐに、昨日ベーコンをもらった場所に移動した


「なんか怪しいなー?

不利になったから、向こうに行ったみたいな気がする」


マリサが一人で小声で笑っている。


「もうー、マリサ笑わないで」

「面白くて、つい」

「あー、トニーと同じ事言っているよ」

「つい、ですか?

本当ですね」


マリサは、自分の言い回しとトニーの言い回しを重ねたのが面白かったのか、口を抑えて笑い出した。愛もそれに釣られて、つい、笑い出した。


朝食が終わって二人は王宮の正門にたどり着いた。けれど、ジュリアとトニーはまだ来ていなかった。

王宮は高台に立っており、そこから港に向かって長い石畳の下り坂が蛇行しながら続いていていた。その道の両側に臨時の店が多く軒を連ねていて、数えきれない程の人達で賑わっているのがここからでも見えた。

港は大きく、大型の帆船が十隻以上、小型の船は少なくとも五十隻はいるのが見えた。道の周りは民家が軒を連ねており、数多くの煙突からは煙が立ち上っていた。港の周りにも民家が密集しており、民家の屋根は赤茶色の瓦がほとんどだった。その後ろには深緑の山が連なっているのが見え、右の山の先には更に高い山の頂が微かに見えた。


愛は、部屋の反対側の景色を見るのはこれが初めてで、まるっきり違う景色に魅了された。


「私の部屋から見える景色と随分と違うわ」

「こちらの景色を見るのは初めてでしたね。

愛の部屋は外洋に面しているので、台風などの被害を避ける為にこちら側に民家などが集中しているんです。ここから見える大型の帆船の半数ぐらいがこの国の所有で、残りの帆船は外国の貿易船ですね。ここの市場は規模が大きいので、各国の特産品をここに持ってきて取引されているんですよ。港の向こう側に見える大きな建物の群れは倉庫で、そこに一時的に荷物を置いているんです」

「この国だけでなく、諸外国の物も取り引きされているんですね」

「はい。

でも、以前よりは少し活気が無くなってきているんです。

例の、闇の大魔導士の影響で。

最盛期には、常に二十隻以上の大型の帆船が錨を下ろしていました」

「そうなんだ。

これで活気が無くなって来ているって事は、前は凄く賑わっていたんですね」

「そうなんですよ。

外国の珍しい物が段々と入手出来なくなっているのが現状ですね。

特に、宝石類は魔物との戦闘に必要なんですけれど、必要数が足りていないとジュリアが言っていました」

「宝石が戦闘に必要なんですか?」

「宝石には大きく分けて四種類あるんです。

一つ目は魔法を増幅してくれて、その人に合った宝石が見つかれば倍の威力が出るんです。

二つ目は防御魔法で、いざとなったら発動するように魔法を宝石の中にあらかじめ入れておきます。

三つ目は魔力そのものを貯めておくことができる宝石で、ダイアモンドなどのごく限られた宝石しかその力が出せないんです」

「装飾用の宝石とはまた違うんですね」

「四つ目がその装飾用の宝石なんです。魔法には使われない価値の低い宝石になります。

魔物の脅威が増している今は、どうしても魔法が優先しますから。

ジュリアお姉さんがディナーの時に付けていた真珠が、最も高価な装飾用の宝石でしょうか」

「まーた、私の噂を二人でしていたでしょう?」


マリサは、ジュリアが突然後ろから声をかけたので驚いてビクッとなった。

愛は、少し前からジュリアとトニーの気配を感じていた。

しかし、彼女は二人以外の気配も感じていた。











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